貴方が帰るその日まで 4話

エリス視点


 昨日から色々ありましたから。まぁ、アイク様が海に出られてから気が張っていたのか夜に集まったりはしなかったですし。



 エリア達も今日初めての戦闘訓練を終えた後に皆で集まって反省会をするとか言っていたわね。




 ただ、ローズの部屋に呼ばれた時点で既にローズが何本か空けてしまっているあたり、今日は雲行きが怪しいわよね。何故かマリアもローズに呼ばれる前に呑み始めてしまったみたいですし。




 二人に聞こえないように、小さくため息を漏らしてしまう。今日は荒れそうですね。



 三人が揃って最初に盃交わしてから30分もしないうちに、部屋の中はカオス状態に陥っていました。





 異常に速いペースでローズとマリアのお酒は進んでいった。不安になった私がもう少しペースを落とした方がと声を掛けたけどそれが切欠になって二人が弾け始めた。



 ローズは自分の勘違いとはいえ長子相続の件を勘違いしていたせいで打てる手を自分から狭めてしまった事と、最初からあきらめてしまった幾つかの夢の話。



 お爺ちゃんが自分に託した財産の意味を取り違えてしまった事。お祖母ちゃんの遺言をちゃんと理解できていなかったこと。



 マリアからは自分の判断が足りずにラナとパニャ二人に心理的なダメージを追わせてしまった事とその後の醜態に関しての愚痴が、まるで泉のように溢れ出してきて……。お互いがお互いの話を聞いているようで聞いていない状態。



 相槌をうった後にその話とは関係のない自分の話を始める、を交互に繰り返しては同じ話で嘆いている。




 もう本当にカオスですね、これ。



 見るとローズが呑んでいるお酒は普段あんまり手を付けない度の強いウォッカだったりしますし、マリアはブランデーをストレートで逝ってます




 そう言えば最初の乾杯の時点でそのチョイスだったことを思い出して、少し顔が青くなる私。これをあのペースで呑んでしまえば、こうなるのも当然ですよね。




 私までがこれに巻き込まれるわけにはいきません。幸いにも二人は強引にお酒を進めるタイプではないから、私は自分のペースを守る事に集中します。




 二人の話に適当に相槌を打って芋をコクコク。マリアを慰めてから麦をコクコク。いつものペース、1時間で芋1本コクコク、麦一本コクコク。合計2本。



 体が強化された結果、私たちは極度に酔ったり酔いつぶれたりという事は無いみたいですけど、それにしては二人はいつも以上に乱れているような気がします。




 因みに二人の話を聞きながらお酒を進めている私は、いつもよりも少しのんびりとしたペースをキープできているわ。ローズの何回目かのお爺ちゃん御免なさいを適当に流して慰めて、次の芋を開ける。



 やっぱり見た目ほどには酔いがまわっているわけではなかったローズがふと正気に戻って私に話しかけてきました。




 「相変わらず、凄いペースよね。エリス。それ三本目じゃなかったかしら。」




 「今日のあなた達ほどじゃありませんよ。それにいつもよりゆっくり目のペースですし強化されているからか、いつもより余裕ですよ。」




 1時間騒いですっきりしたのかマリアも正気に戻ったようで、私に突っ込みを入れてきました。




 「お祖母ちゃん、前からそのペースだけど、あんまり酔わないのはすごいわよね。っていうかさ、私とローズはペース早そうに見えてもマリアよりは遅いから。」




 私をお祖母ちゃんと呼んだ時にまたローズが落ち込みそうになりましたけど、そこは予想していたのかマリアが直ぐにフォローに入って愚痴大会の2週目スタートとはならなかったようね。




 「前世の頃からこのペースでしたからね。ただ、70を過ぎた辺りからそんなに呑めなくなっちゃって、80手前で一滴も呑まなくなっちゃったのよね。呑むためのお金もなかったしね。」




 「やっぱり呑み過ぎて体を壊しちゃったの?」




 ローズが心配げに聞いてくるけど、私呑まなくなったのはお金が無くなっちゃったのもあるけど、呑みたいと思えなくなったのも原因なのよね。



 基本的に一人酒はしないタイプだから。




 「一緒に呑んでくれる人がいなくなっちゃったから。」




 そうしょんぼりと言う二人は言葉に詰まってしまいました。




 「今は一緒に呑みたいと思える人たちがいるから、気にしないでくださいね。」




 空気を変えようとそう付け足すと、二人とも調子を元に戻して「そうよね。」、「私もあなたと飲むのは楽しいわよ。」と口々に相槌をうって呑みを再開する。




 時々話が元に戻って、二人の嘆きが何回か繰り返されているけど、もう最初の方の感情の爆発とは違って、お互い自分をいじってもらうために同じ話を繰り返している感じよね。私も二人も心得たもので、適当に突っ込みを入れて適当に流して、適当にいじり倒して笑っていたわ。




 それにしても、とポツリとローズが始める。




 「良く手元にあの程度しか情報が無い状況であそこまで推論を重ねる事が出来たわよね。特に周辺の相場情報からあそこまで判断して状況をまとめてきた辺り、私じゃ其処まで頭回んなかったわ。



 朝にマリアにも確認したけど、私もマリアもたいして変わらない結論だったもんね。」




 「時々お祖母ちゃんはヒット飛ばすよね。」




 二人がそう言ってくれるけど私はただ王女として受けた教育と前世の経験から想像がついただけで、二人の様に人の心理や人間関係から相手の行動を読む様な力は無いし、今回の推測だって正しいとは限らない。そういうとローズはそれはそれでいいのだと笑いながら答える。




 「まぁ、相手の考えとかさ、打ってくる手を逐一読んで手を打ち返すって事も出来ればその方がいいけどね。その辺の碁盤をアイクがひっくり返しちゃったからさ。



 今更慎重にやる必要はあんまりないのよね。今の私たちはいざとなったらアイクの様に盤面をひっくり返しちゃう力があるわけだし、アイクの「英雄になる」って望みも別にこの時代に達成させなきゃいけないわけでもないのよね。」




 「そういう事。まぁ私じゃ其処まで長期的視点に立てなかったから、ローズに言われて目から鱗だったんだけどさ。



 数日前の私達だと時間があんまりなかったのよね。アイクが英雄になるのも私達がアイクのお嫁さんになるのもタイムスケジュール的にはかぶってきちゃうわけだから。




 出来れば私達がまだ若いうちにアイクを英雄にしたいじゃない?具体的なタイムリミットって4~5年位かなって考えていたけど、強化を受けた時点でその括りは無くなっちゃったわけ。」




 なるほど。確かに今の私達には時間がたくさんあるわね。それこそ百年単位で物事を考えても丁度いいくらいには。




 「まぁ、だからこそ別の問題も出てきたけどね。」




 ローズのいう問題が何か、全く想像がつかなくて頭を悩ませていたら、同じように考え込んだマリアがはっとしたような顔をしてその後苦笑を浮かべた。




 「アイクさんの本命はそっちだった可能性について。」




 二人の言っていることがわからない。これって私の頭が悪いのもあるかもしれないけど、多分私とこの二人の思考法が違うのよね。この二人は多分似たような考え方をしてきたのかもしれない。




 「私にもわかるように教えてほしいかな。」




 「別に大したことじゃないけどね。普段のアイクのヘタレっぷりから考えればなんとなく想像がつくと思うけど。




 まぁ、ナノマシンの強化を受けて私達が年を取らなくなったとしたら、さっき言った方な制限時間が無くなるけど、それはアイクにとっても時間的猶予が生まれるって事なのよ。



 つまり私達との関係をこの後100年間保留にしても、私たちは若いままだし子供も産めるから問題ないでしょうって考えている可能性があるって事。」





 ローズの言葉に衝撃を受けて黙り込んでしまう私。むぅ……それは色々と問題が出てくると思うけど。私達だけの事に限定しても私はそんなに待たされるのは寂しい。




 私の表情を見て二人も同意するようにうなずく。




 「私もそれを許容するつもりは無いわよ。アイクさんには出来るだけ早いうちに覚悟を決めてもらうつもりだし、その時には皆も協力してよね。あ、抜け駆け無しね。」




 「「夜討ち朝駆け抜け駆け夜這い。恋の戦にルールは無用」とか私の友達に言われた記憶がありますけど、少なくとも私達はアイク様のハーレム要員な訳ですし。



 せめてアイク様から気軽に手を出してくれるようになるまでは、競争するわけにもいきませんしね。



 間違えたらアイク様がどっかに行ってしまう可能性もあるし。」




 「そういえばさアイクさんのコピーを通じればアイクさんが今何をしているか、本人が許可する範囲でわかるのって気が付いてた?」




 マリアさんが爆弾を投下してくるけど、その事実に気が付いていなかったのは私だけだったようで、ローズとマリアがその事で盛り上がり始めて、一人取り残されてしまいました。




 どうやらアイク様は世話係をつけられて新兵として訓練と雑務、時々オール漕ぎを頑張っているようで、周囲の人たちと段々と打ち解けてきているようね。




 「話を少し戻すけど、エリスって普段状況把握とか分析って苦手な感じなのに、今回はすごかったわよね。



 もしかしてネットワークか何かで参考になるデーターとか見つけたとか?」




 「ネットワーク上で手に入る情報は前と変わらないと思いますよ。単に王女としての教育内容と前世の経験のお陰で、たまたま私が分析しやすい内容だっただけだと思います。



 私としては二人の様に相手の心理とかを読んで行動の先を読める方がすごいと思いますよ。



 相場に関しても、一応これでも経済学部卒業したんですから、そっちの方の視点はあったんですよ。」




 私の言葉に二人が驚く。




 「ちょっとまってお祖母ちゃんって経済学部出身だったわけ?」




 「それが本当だとしたら、それで数々の詐欺に引っかかっていた辺り、経済学部の存在意義を疑うわね。特に先物の詐欺なんかに良く引っかかったわね。」




 ちょっとムッてきて言い返す。




 「経済学部を出たって色々な人がいますわよ。大学在中に経済学部の友達数人でねずみ講まがいに引っかかった事だってありますから、私だけが例外じゃないはずですよ。」




 「ちょっと待ったー!ねずみ講まがいの件は初耳なんだけど。」




 「ちょっと感心したらまた色々と出てきそうな感じね。どれどれ、ちょっと何があったのか話してみなさいよ。大丈夫、ここには私達しかいないから。」




 なんとなくいい笑顔で迫るローズに私には反論の言葉はありませんでした。



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