貴方が帰るその日まで 2話


ローズ視点



 「以上が警備室の記録に残っている状況の推移です。



 屋敷の敷地外は周辺200メートルまでの視界が通る範囲では映像記録が残っていますが、襲撃者の侵入をサポートした者の確保には失敗しておりますし、監視ナノプローブの範囲外なのでそれ以上のデーターは手に入れられませんでした。」




 その日警備室の当番をしていたメグリの報告が終わるとマリアもエリスも考え込んでしまっている。




 当然私も昨日の時点で色々と考えてはみたけど、幾つかの推論が出るだけで結論は中々でなかった。マリアもおそらく同じような状況だと思う。今朝少し話した時点では私とあんまり変わらない推論を並べていたから。




 となると後はエリスの意外性に賭けるしかないんだけど、流石にそれは虫のいい話かもしれない。とりあえずの私の推論を幾つか皆に聞かせておく。




 「侵入者全員の名前は判明していないし、外側に待機していた協力者についても同じね。ただ判明している侵入者2名のうちの一人は名前だけ判明しているけど現時点では素性の確認はできていないわ。もう一人のムルドの名前は捨て置けないわね。



 ムルドは香辛料に関する取引の情報を事前の誓約を違えてアイルグリス系列の商会に売り渡したという情報が入っているわ。」




 「だけどムルド自身は純粋にランシス王国出身の商人だし、彼の経歴からも商売上の付き合い以上はアイルグリスとの関係も見えてこないの。



 情報がアイルグリスに漏れたと判明した際に、ダニエルからの情報だけじゃなくてその他何か所からか確認を取ったけどどの筋からも反証は得られなかった。



 だから当初、ムルドは単に目先の利益の為にアイルグリスに情報を売ったと解釈していたの。」




 私の言葉を受けてダニエルからの情報と合わせて、当初の推察をマリアが説明する。




 「だけど今回の襲撃犯の一人がムルドであった事と、ムルド自身の身のこなしから推察するに発作的に襲撃に参加したわけではないだろうとの点から、当初の想定を破棄せざるを得なくなったの。」




 「現時点で判明している情報から考えられる可能性は、ムルドが闇組織かその系統の組織の一員であって商人の顔は隠れ蓑。それを前提として大きく三つの可能性があるわね。



 一つはアイルグリスかその系列の商会に雇われた現地での実行部隊の線。それと国内のエイリークに不満を持つ勢力に雇われたか所属している可能性。雇い主の候補者には私の弟も含まれるわね。



 後は国内の反体制勢力とアイルグリスの反ランシス派とが結びついた可能性ね。」




 其処まで話すといままで黙って話を聞いていたエリスが徐に口を開く。




 「おそらく、現状は3つ目に移行しつつあるという所が正しいのではないかと思われますわ。」




 「う……ん、根拠はあるのかしら?」




 私の疑問に、自身なさげではあるけど順序だててエリスが応える。




 「まず大前提でこの時代は情報の伝達に時間がかかりますし、相場の動きも当然時間がかかります。私達が相場を荒らし始めてまだ4か月です。



 最初の1か月はルーフェスの相場もしばらくほとんど変化が見られない状況でしたよね。確かに一度相場が動き始めたら、状況の変化に敏感に相場が左右されますけど、そうであっても多国間での相場の動きは私たちの知る常識と比べて緩やかです。」




 「つまり相場が大荒れしても4か月じゃアイルグリス王国が動くのは早すぎると?」




 マリアの言葉にエリスは軽くうなずく。




 「現場のレベルで暴走する事は無くはありません。現にルーフェスに居を構えているアイルグリス系列の商会はこの数か月で大きな損失を被っています。



 単純に腹いせのつもりで香辛料を格安で卸しているこちらにちょっかいをかける可能性が無くはないと思いますが、国のレベルで動くとしたらもう少し時間がかかるかと。



 多分、感覚的には今ごろ上に情報が上がっていて対応の協議中でも可笑しくないタイミングだと思います。」




 「じゃぁ最近活発化してきた海賊被害はどう見るの?」





 「んー……。偶然の線はありませんよね。ただアイルグリス海軍が旗を降ろして私掠船として活躍しているとしたら、多分ランシス王国と同じように外海の方ですよね。私はその辺の事情はよく分かっていないんですけど。



 ただ、この所頻発している海賊被害って内海方面ですよね。



 アイルグリスがアイク様の情報を掴んでいるとしたら、香辛料の生産地を探すようなことはしないと思うんですよ。戦場の幽鬼エイリークは色々と不思議な噂のある方ですから。



 海賊被害が多くなってきているという事は香辛料の原産地を探っているという事。大量の香辛料を陸路で遠路はるばる運べば私達が卸しているような値段で香辛料を卸すことはできない。




 疑うべきは当然海路ですわよね。外海を通るルートは今までアイルグリスが散々開拓してきたルートですから今更新しい香辛料の産地なんか、自分たちを差し置いて見つけられるわけがない。



 北地では香辛料の産地にはなり得ない。可能性があるとしたら内海に属する国のどこかで、何らかのルートが開拓されて比較的安く香辛料が手に入るようになった。



 内海ルートの香辛料の産地なんか今まで開拓したことはないでしょうから、これがおかしいと判断できる材料はいま彼らの手元にはないのかもしれません。



 でも、それがあり得ないのは内海各港町の香辛料の相場をみれば明らかです。




 相場から判断すれば本来香辛料の産地になり得ないランシス王国内で香辛料が生産されていないと辻褄が合わない。



 もっと言えばルーフェスでその香辛料が産まれている事は相場をみれば自ずと出てくる結論です。



 今までアイルグリスでも何度も自国での香辛料の栽培に取り組んできましたが一度もうまくいったためしがありません。それをさらに気温が下がるランシスで栽培に成功するなどあり得ない。となれば外から持ってくるしかない。外海ルートが無いなら内海ルートしかありえない。



 もしかしたらアイルグリス系列の商会はおかしいと判断できても常識的にそこしかルートが見えてこないのかもしれません。



 アイルグリスの海賊や私掠船はこちら側のものと同じく、現場での判断で動く事もあると思います。現地の商会が情報を海賊に流して内海ルートを探っている最中と考えれば、海賊船の動きは説明がつくと思うんです。」




 「なるほどね。海賊の動きはアイルグリス系列の商会の独断という事か。それで今はあちらの上層部が情報うけて対応を協議中と。そうすると3つ目のケースに移行しつつあるというのもわかってくるわね。」




 私の言葉にマリアも頷く。ただ他の娘達がよく理解していないみたいではてなという表情でお互いに顔を見渡している。ただ会話には参加してこない。控えているのか何を発言すればいいのか思いつかないのかもしれないわね。




 「商会の動きがそうなるとムルドはエイリークの情報を流していないか、流していてもエイリークの伝説をあちら側が本気にとっていなかったという事になりそうね。」




 「なら、アイルグリスの上層部の判断も常識的なものになりそうよね。ん……という事は今回の襲撃にアイルグリスは直接関係ないって事になるわね。」




 おそらくマリアの指摘通りだろう。




 「たった4か月でここを襲撃する判断をしたという事はエイリークが香辛料の出元であると確信を持っている勢力があるって事かもしくはこちらに恨みがある勢力が黒幕って事よね。



 おそらく今回の襲撃の黒幕はエイリークの現在地と香辛料その他の相場が大荒れしている現状をみて、私達がアイルグリスにとっての敵になる事を理解したのだと思う。



 そうして自分たちが手に入れた情報をアイルグリス系列の商会にムルドを通じて売る事でアイルグリスに恩を売る。もしくはあちらの反ランシスと手を結ぼうと考えた。」





 「ムルドが売った情報は香辛料の卸元がアイクである事とおそらく私たちの情報かな。エイリークの存在と能力の情報を売ったかどうかは不明。



 アイクが屋敷を留守にしていることを知ったムルドが手下の一人を、商人を紹介すると偽ってこの屋敷に入れたのは、襲撃を実行する際に自分以外で現地を知っているものが必要だと判断した。



 と、いう事はムルドが雇われ者か誰かに仕えている事かな。一番情報をもっている自分が死んだとしても任務の遂行を目指したって事だもの。



 自分の利益が目的なら自分が死んでしまった時点で目的が果たせても意味がないんだし、自分が死んだ後を考えている時点で第3者の利益が介在していると考えてもいいはず。




 思想とか理想の為に動いているとしたら話は別だけど。あ、あと自分の愛する人の為に、って事もありうるか。



 まぁ、仮定を広げたら結論は無限大に拡散するから、それはいったん置いとこうとか。」




 マリアが私の言葉に今の時点でそこまで疑って考えても疲れるだけだけどね、と苦笑をもらした。



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