貴方が帰るその日まで 1話

ローズ視点



 午前中の内に午後の予定を調整してもらって2時間ほど時間を作った。常に4~5日先までスケジュールをギリギリに詰めて立てていた弊害で、2時間確保するのもかなり厳しかったのだけど、連日で予定の入っていたムルド商会の予定が……、まぁ空いたので何とかなった。後は面談終了の時間を後ろにずらすことで対応した。



 ムルドは個人商会だったから、会頭がストレージ内に滞在中なので商談に来られるはずがないしね



 家人が何処まで事情を把握していたかはわからないけど、まったく知らされていなかった場合、今頃あちらでは大騒ぎになっているでしょうね。



 一応警備兵数人にお使いを頼んで、こちらの都合で午後の予定をキャンセルしてほしいと伝言をお願いしたけど、どういう反応があったのかはまだ戻ってきていないから確認していないのよね。




 多分、外に出たついでに食事でも行っているのかもしれないわね。この世界はその辺は結構ルーズだったりするのよね。こちらもあんまり口うるさく言わないし。万が一彼らに異変があった場合、気が付くのは午後の面談予定が終わるころだろうか?




 その辺は警備隊長と副隊長に任せてあるから何とも言えないけど、こういう事があるから自分の所の兵隊だとしても完全に信頼を置く事が出来なかったりする。





 待遇は兵士としては比較的高給で、この時代には珍しく定期的な休暇がもらえる上に生きてさえいれば傷病兵にはならないという、現代社会でも実現不可能な特典が付いてくる。



 アイクが雇用した全兵士の前で過去に四肢欠損で除隊し、生活に困窮している兵士を複数名治療の実演をしたことがあってから、兵士の士気は高い。特に実際に治療を受けた兵士の士気と忠誠心は高いし、そういう兵は信頼できる可能性が高いから商人との面談の際に応接室内警護の職務を優先的に回しているけど。




 この治療の実演に関して当初私達三人は反対していたのよね。こんな奇跡としか言えない現象、トラブルにしかならない。兵士に緘口令を敷いたところで今まで不自由をしていた人たちが人生を取り戻し兵士として活躍するのだ。



 緘口令は意味をなさない。




 この時代は手足が使えないという事はそれだけで生きていく事が難しいし、それを支えていくような社会体制は殆どない。親戚、地域社会に余程余裕があるところなら生きていく事だけは出来なくもないだろうけど。皆、自分たちが生きていくだけで精一杯のシビアな時代なのだから。




 失った手足を取り戻すという事は支援体制がある程度整っている現代においても奇跡の類なのだから、この時代においてはどれほどのインパクトを周囲に与えるか分かったものではない。




 ただこの問題はアイクが兵士に認識齟齬の術を掛けた事で一応の解決を迎えている。治療の実演を見たはずなのに見た事はないという風に思い込み、兵士の中では、アイクが奇跡のような医術を自分たちに施してくれるという確信だけが残っている状態になっているらしい。



 実際に治療を受けた兵士たちには認識阻害と口外しないように術で縛りをかけたらしい。認識阻害の術の効果で他の人たちからは手足が不自由なのに頑張って動いているように見えるから、一応の問題は解決している。




 元々カトラリーの有志がこういう場合の対応法を幾つか指南してくれたらしいのだけれども、随分な力技よね。




 アイクが海兵として船出する前に兵士全員に配った守護のペンダントは兵士全員が実際に効果の実感できる品物であった為、皆肌身離さず常に付けている。実は守護のペンダントには仕掛けがあって、それを装着している兵士が私達に対して明らかな敵意や害意を持った時点で私たちのコピーに通報が行くようになっている。




 これらの処置があってからは、兵士を少なくとも疑うような事はしなくて済むようにはなったけど、悪意は無くても害を成す事はあり得るから、油断はできないわね。




 「二人とも、休んでいてくださいと伝えた筈ですけど、大丈夫なの?」




 会議室に集まった者たちの中には、大きな精神的ショックを受けたラナとパニャの姿があった。二人には今日と明日、明後日の3日間、せめてその位の間は休養を取るように言っておいたのだけれども。



 侍女頭のエリアを見ると彼女は首を左右に振っていた。




 「ローズ様、私たちは平気です。強化を受けたおかげか、昨日の事を思いだしてもそれほど辛くはありませんし、じっとしていると逆に余計なことまで考えてしまいそうですから。」




 「その……頭を弾いてしまった瞬間は色々と心が飛んでしまって、醜態を晒しちゃいましたけど、一晩経ったら意外と平気でした。



 それよりも、その……。色々と忘れていただけるとその方が心が安らぎますし。触れていただかない方が……、ねぇ……。」





 あぁ、まぁ確かにその気持ちはわかるけどね。気を使われるという事はあの時の事を思い出してしまっているという事で、つまりあの醜態が頭の中でリプレイされているかもしれないという事なのよね。




 その辺は私の方が先輩だから安心して、とまでは口が裂けても言いたくないけど。




 「解った。ただ、本当につらい様な遠慮しないで申し出てね。私たちは同じ人を共に生きていくパートナーに選んだ、同士なんですから。」




 例えそのつもりが希薄だとしても、今更他の男性と人生を共にすることは難しい。なにせ既に生きる時間が決定的に違ってしまっているのだから。生物としての能力も身体能力から始まって思考能力、記憶力、バイタリティもしくはサバイバリティ。




 どれをとっても人間を大幅に超越してしまっている。この状態でアイク以外の男性に気を取られるようなことは多分ないと思う。男は甲斐性というこの時代の女性の認識もあるけれど、自分より強いものに惹かれる女性の本能というもの侮れない。こういう時代だからこそ余計にその傾向は強いわね。




 因みに自分よりも下だと感じてしまった男に対しては女は冷たかったりする。特に本気で馬鹿だなと思ってしまった男についていける女は少ない。所謂、少年っぽさを失わない「馬鹿な男達」というモノではなく本当の意味で「愚かな男」、「馬鹿な男」だと思ってしまった時点で百年の恋も冷めてしまうものなのよ。



 この辺は男と女は感じ方が違うみたいだけど。




 それはさて置いて、ちょっと小突いたら頭を弾けて死んでしまうかもしれない他の男と生活を共にできるかと言えば実際問題として難しいわよね。うっかり夫婦喧嘩でもしたら翌日には未亡人になっていても可笑しくないわよね。



 どうでも良い事だけど未亡人ってあんまりいい言葉じゃないけど、一部男性には人気のある言葉よね。前の時には付き合っていた彼氏が未亡人って言葉に惹かれるって言っていたのを聞いて私は引いていたわ。




 そう言えば強化された後マリアがアイクに黄金の右ストレートを食らわせていたけど、あれってストレージの件で最初につっこみを入れた時と同じように手加減なしの全力ストレートだったわよね。




 多分、今回パニャが侵入者の頭を打ち抜いた時よりも強力な一撃だったはず。当然、受けたのがアイクじゃなかったら部屋中に色々なものをまき散らしてついでに命も散らしていたのは間違いないわね。



 アイクも大丈夫だとは思っていただろうけど、避けもせずにまともに食らって痛ぇで済む当たりよっぽど頑丈よね。




 でも、せめて最低でもその位頑丈じゃないと私たちの旦那様にはなれないわね。




 「ありがとうございます。でも本当に大丈夫です。このくらいで寝入っていては生きていけませんよ。」




 「大したもんよ。後ろで見ていた私たちの方が情けないかも。私なんか腰抜かして暫く立てなかったもん。」




 「もしかしたら見ている方が現実感がない分、心に残るのかも。私は未だに右足に吹き飛ばした感触が残っていますけど、弾け飛ぶ瞬間とか蹴り千切った瞬間を見ていたわけじゃないので、その辺も関係しているのかもしれません。



 この感触はしばらく消えそうもありませんけど。」




 右足をさすりながら最後のあたりはポツリと漏らす。




 「私たちの場合は、敵の頭の上に着地しただけですから、それほど生々しい感触はなかったですね。」




 「感触がどうこうよりも飛び降りた際の恐怖が一番すごくて、次に頭に着地したけど当然、首の骨は折れるしバランス崩しますからね。



 着地の方に神経集中しちゃって、地面に着くまでの事は殆ど印象になかったです。」




 この話題に同じく東の窓の方で侵入者の命を絶ったエリアたちも参加する。因みに時間があんまりない事は解っているけど、この一件に関してはある意味今回のメインだったりするのでスルーしている私。





 今回の襲撃に関しての分析とか今後どうするかとかは確かに重要だけど、まだまだ私たちには私たちが運命共同体であるという認識が足りていない。理由の一つは当然、アイクが未だに清歴を続けていることに起因している。




 彼との関係性が事実上停滞しているのなら、それ以外の部分で集団をまとめる必要がある。こういう精神的なケアや共感を得る行為はその点について有効だと思うし、私達が纏まれなかったら、どんな分析も、対応も役に立たないでしょう。




 ただ、いつまでもこの話を続ける訳にもいかない。適当なところで話を切り上げて、本題に入る。




 「その辺の事は今後の私達にとって重要な部分よね。力だけがあっても制御して有効に活用できなければアイクの80年を繰り返すことになるだけよ。



 自分の力に振り回されて振るう事すら躊躇するようになったら宝持ち腐れになるだけだし。私たちは自身をよく知り自分の力を使えるようにならないといけない。



 その点も後で時間を作って話し合いましょうか。でもとりあえずは昨日の報告の確認からかな。」




 私の言葉にマリアが頷いて昨夜の段階ではっきりしている情報をみんなで共有する作業が始まった。

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