貴方に会えないその日から 5話

ローズ視点


 今夜の襲撃で私たちの物理的被害はほぼ皆無だったけど半数の人員の人生に汚点を作ってしまった事と、並びに精神的に馬鹿にできない被害を出してしまった。特に侍女と御者のラナとパニャの状態は良くないわね。




 完全に今夜の事がトラウマになるんじゃないかしら。今はシャワーを浴びさせて、服も着替えてくるように指示を出してある。一応、強化内容に精神的なものも含まれているはずなんだけど、限度はあるし、心理的負担は人それぞれだもんね。



 二人も心配だけど、モロにその場面を目の当たりにしたマリアとエイラもちょっと心配よね。二人とも腰を抜かしちゃったし、まるであの時の私の様だった。やらかし仲間は一晩で6人も増えたしね。




 ……、一応念のために早めにおトイレ済ませておいて正解だったわね。正直心構えをしていてもアレをいきなり目の前で見ちゃったら、2回目の大解放を経験してしまう所だったかもしれないわ。



 普通に乙女のピンチを逃れる事が出来たのは不幸中の幸い。マリア達には同情しかないわね。




 エリアがマリア達が身支度を済ませたと報告に来たけど、私達三人だけならネットワークを通じて打ち合わせをしようと思えばできるし、現場のとりあえずの処理はストレージの機能を駆使して既に済ませてある。



 今日の所はいったん解散して皆を休ませてほしいと伝えて、私の部屋に集まっている者達にも解散させたわ。




 名前が判明している、マリア曰くネームドの2人は勢いよく足を刈られて吹き飛ばされたせいか、派手に後頭部を強打して昏倒していた。二人とも足は、まぁこの世界の医療技術じゃ完治は不可能で今後歩けるようになるとは思えない状態だけど即死したわけじゃないわ。



 頭を強く打っているわけだし、そちらの方は絶対に大丈夫とは言えない。その上自分で逃げようと藻掻いたせいで足の方がちょっとヤバイから時間が停止しているストレージに確保したままにしているわ。





 因みに外側で待機していた2人は無事にエリアとフィミルによって比較的優しく撃退されたんだけど、二人とも4階、東の窓からダイレクトに襲撃者の頭を狙って着地したらしい。



 必要以上のスプラッタにはならなかったけど、2人共首の骨を折ってそのまま帰らぬ人になってしまった。




 屋敷の外で騒ぎになったのは、壁の外側に警備兵が向かったことが原因ね。結局外側では成果はなかったとの報告を受けているわ。




 つまり今回の襲撃者で生存している者はストレージ内に確保している2名のみ。本当なら直ぐにでも尋問して情報入手を優先すべきなんでしょうけど、まぁ、外に出せる状態じゃないし。今回の襲撃の真相を含めた情報がどうあれ、あんまり関係ないのよね。私たちの目的は、アイルグリスと一悶着起こす事で、誰が真犯人であっても関係ない。




 此方から挑発気味に餌をまいたのは、純粋に私たち以外に手を出されると困ったことになるから。取引先の商人達が一家丸ごと皆殺しにされて、香辛料取引から手を引けなんてメッセージが残されていたら、面倒この上ないわね。



 こちらに手を出したらただでは済まないという認識を持ってもらうためにも、ここは私達に直接ちょっかいをかけてもらいたかったという事情があった。




 襲撃されたという事実を持って、こちらが勝手に犯人をでっちあげてしまう方法も取れるのよね。この時代に限らず大体戦争が始まる時って一方的な難癖をつけて開戦ってパターンはよく使われる黄金パターンだし。




 私たちの予定しているアイクが英雄になるまでの流れは、こちらから難癖をつけるのではなく、あちらから難癖をつけさせて攻め込ませる。そして国威が一番発揚される状況、国防の危機を演出した上でそこをアイクが活躍して救国の英雄になるっていうのが大まかな筋書き。



 当然、私たちの都合のいいように話が進むとは限らないし、今後の事を考えればどこで役に立つかもしれない今回の襲撃の情報は、あればあったでいいのは間違いないけど、急いで手に入れるべき情報ではないしね。



 彼方がどういう判断をしたか、これからどういう行動に出るか、そのあたりの判断材料を手に入れる為の手がかり、それ以上に彼らに価値はない。



 これが単純にアイルグリス側のリアクションであるのなら、ね。






 現時点で考えられる襲撃の黒幕は、当然一つはアイルグリスよね。あとはルーフェスで私たちの取引の影響で割を食っている商人。これにはアイルグリス系列だけじゃなく、他の商会も可能性はあるんだけど、名前が判明している2名の襲撃者から考えると犯人の可能性が広がっちゃうのよね~困った事に。




 名前が判明したうちの一人は今日ムルド商会に紹介された商人。名前はどうでも良いわね。出身や経歴はまだ把握できていないけど、少なくとも数年は商人として実際に活動していたらしいことは別の複数の商人から確認が取れている。




 問題はもう一人の方なのよね。襲撃者の商人を紹介した人物、ムルド商会の会頭、ムルド自身が襲撃者になっていた事が事態をややこしくしているのよ。ムルドは最初にダニエルに紹介してもらった商人の一つで、こちらから出していた条件、ランシス王国出身の商人である事と10年以上前から商売をしている人を満たしている一人なのよね。




 初期から私達と取引をしているという事は、当然莫大な利益を上げているという事で、今回の割を食った商人には当てはまらない。一応、挙動は不審だし、アイルグリス系列の商会へうちの情報を売り渡したのは間違いないから、怪しいって言ったら怪しいんだけどね。




 ただ、アイルグリス系列へ情報を漏洩するのは、他の商人でもありうる話だから、その一点を持ってアイルグリスのスパイとは決めつけられない。




 むしろ彼の経歴からはランシス王国国内の貴族との拘わりを強く感じるわね。そこから考えられる黒幕の候補は一気に広がってしまう。




 公爵領内の反公爵家の勢力、もしくはレイモンドがちょっかいを掛けてきた可能性。公爵家に関わっている対立している2つの勢力からの干渉。今は無きアルベルト元王太子の旧勢力の意趣返し。エリス王女の輿入れを狙っていた勢力からの嫌がらせ。




 それだけじゃない。以前から存在しているランシス国内の反体制派が今回の相場荒らしの件でアイルグリスの反ランシス派閥と結んで、ランシス国内での実行部隊を貸し出した可能性も考えられるのよね。




 彼らのあの身のこなしは、当然強化された私達からしてみれば容易に対応できる程度でしかないけど、一般的にみればどう考えてもただの商人の範疇にはないわ。あれは荒事を専門に、しかも裏で活躍するような隠密行動に長けたタイプの人たちだし、どう考えても本業は暗殺者かその類の人達よね。




 商会は表の顔だったって事だと思もうけど、そうなるとかなり初期の段階から私たちの行動は私たちの敵対者に筒抜けになっていたと考えた方がいいわよね。アイルグリスに情報が流れたのも、もしかしたらかなり初期の段階の可能性もある。




 けどアイルグリスが動き始めたのは今になってから。本当にそうなのかしら?海賊行為を活発化させたのがアイルグリスの国としての意思なのか、現場クラスの判断なのかでこの先の反応が変わってくるわよね。



 今夜の襲撃がランシスかアイルグリスかでも同じか。




 今までは戦場の幽鬼エイリークに国内の貴族が下手に手出しをしてくるはずがないって単純に考えていたけど……。前回、ランシスが受けた被害の数々を知ってその上でエイリークに手を出したら不味いと判断できない脳味噌が無い貴族が一定以上いる可能性は頭から抜けていたわね。




 喉元過ぎれば熱さを忘れるものだし、自意識が過剰に成長してしまった貴族も一定以上存在しているのは事実だから仕方ないのかもしれないけど。



 なんか自分勝手に何も考えないで「高貴なる貴族の自分にエイリークを従わせるのは当然の権利だ」とか平然と言い放ってこちらにちょっかいをかけてくる奴らの姿を一瞬幻視してしまったわ。




 今回の襲撃に関しても反省点もいくつもある。専門外の荒事の指揮を執ることの難しさも感じたし、やっぱり餅は餅屋よね。まぁ、自分たちの兵を無制限に信じる事は出来ないし、手元にあるテクノロジーを気軽に公開するわけにもいかない以上、私かマリアが餅屋になるしかないわけだけど。




 なんとか経験を積んでいくしかないわね。これからアイクと一緒に生きていくのなら、こういう事には慣れておかないと。




 焦る必要はないわ。最悪、アイクに自分たちの命は何とでもなるようにしてもらった。精神的な部分は置いておくとしても生命の安全は確保されている。この屋敷が襲われて兵が全滅しても。屋敷が燃やされてストレージの外に保管している財産が根こそぎ奪われたとしても究極的には大した被害じゃない。




 私たち自身とアイクがいれば後はどうとでもなるし、失地を取り戻すための時間は本当にいくらでもある。十年でも百年でも千年でも。




 ……こうしてみると、長い時間を得た利点って大きいわね。





 アイクが望むなら英雄だけじゃなくて、その先を見据えて行動しても面白かも知れない。今度はマリアと組んでざまぁ名人戦じゃなくて国盗り物語って言うのも悪くないかも。




 「まぁ、アイクがそんな事望むとは思えないけどね。」




 つい口に出てしまったけど、そんなIFの物語を夢想してみるのも楽しいかもね。




 ほんの少しだけ妄想の世界にトリップしてしまったけど早々に自分を取り戻す。現実問題として明日の午後には時間を作ってみんなで今後の対応を協議しなくちゃいけないし、今回の一件で精神的な被害を受けた人達のケアも考えないといけない。




 マリアの心が折れたら、この先かなり困るしね。このくらいの事でマリアが再起不能になるとは思えないけど。




 国盗りかぁ……。アイクに会えなくなってから、私ってば段々と過激になってきているかもね。






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