貴方に会えないその日から 4話



 撤退を決めたらしい侵入者たちが来た道を引き返すのがインカムの情報から確認できる。後方に回っていた私たちが彼らの行く手をふさがなくてはいけない。自然、握りしめたスタンガンに力が籠りミシッと音がして慌てて力を抜く。




 「私たちが前に出ます、マリア様は後方でお願いします。」




 御者のパニャが小さく鋭く声を出す。私付きの侍女、エイラが小さくうなずき私の肩を引き、後方に押し込む。




 「気持ちはありがたいけど、私も前に出るわよ。心配しないでも誰一人けが人すら出ないから。私にも見せ場を頂戴。」




 言っては見るものの誰も納得してくれない。




 「エイラ、前には私とパニャが出るから貴女はマリア様の側で後方に下がってて。マリア様を前に出しちゃだめよ。」




 「わかった。」




 侍女のラナの言葉に短く了承の意を伝えて私の手を引いて壁の様に私の前に立つエイラ。横顔が青ざめているし少し震えている。いくら強化されてシステムに守られていると言われても、それがどのくらい効果のあるものなのか実感としてはわからないわけで。



 しかも生まれて初めて悪意に満ちた敵対者と相対するわけだから、怯えるのは当り前よね。その上でも職務を全うして主人を守ろうとする。私たちは彼女たちの気持ちをちゃんと受け止めて無駄にしないように行動しなくちゃいけない。自然とそんな風に思えたし、彼女たちの気持ちに反発して前に出ようなんて気はなくなってしまった。




 ただ、やはり不安からか握りしめるスタンガンがミシミシと悲鳴を上げて、慌てて力を抜くという事を何回か繰り返してしまった。




 侵入者の退路に着いて時間にして1分もかかっていない。彼らは出来るだけ音を立てずに警戒しながら動いているようで、この広い屋敷を移動するのに想像以上に時間をかけているようだけど、その短い時間の間にもローズは4階から侵入者へ近づきつつ矢継ぎ早にインカム越しに小声で指示を出している。




 インカムの情報を確認しながらタイミングを計る。否応なしに緊張が高まる。ローズ達も相手に気取られないギリギリの位置まで詰めてきている。窓の無い階段通路を通る。今だ!




 「そこまでよ!あんた達は既に囲まれているし、逃げ場はないわ。諦めて投降しなさい。」




 灯りの落ちた暗闇の中、2階から1階へと続く階段。足早に降りてきた4人に曲がり角から大声で彼らに投降を呼びかけた瞬間。




 ノータイムで4人が無言で此方に飛び掛かってきた。まぁ、当然そうなるわよね。屈強な男達に囲まれているなら躊躇もするかもしれないけど。女の声で投降を呼びかけられても素直に応じる訳がないか。




 戦闘状態に突入したせいか体内のナノマシンの作用で神経系と思考速度が強化されて、飛び掛かってくる奴らの動きがゆっくりに見える。



 前に出ているラナとパニャも私と同じような状態になっているようで、スローモーションの4人に対してまるで動画の再生速度を1.25倍にしたかのような速度で迎え撃つ彼女達。



 無意識下にインストールされたという戦闘技術が自然と体を動かしているのか、きれいな動きで先頭の男の鳩尾に回し蹴りを入れるラナ。同時にパニャは右側の男の顎をアッパーで打ち抜いた。予想外の展開に動きが止まるネームド2人に上半身と下半身が泣き別れになった男の血飛沫、その他が降りかかる。動揺して動きを止めるラナとパニャ。



 見るとパニャに顎を打ち抜かれた男は首から上が奇麗に弾け飛んでしまい、あおむけに倒れ伏して痙攣している。




 暗闇の中でも強化された視力はまるで昼間の様に周囲を見渡す事が出来る。その為にモロに見てしまった。その、千切れるところと弾けるところを。ヤバい、腰が抜けたかも。隣を見るとエイラも腰が抜けたみたいで、座りこんじゃっている。






 あ、ヤバいやばいヤバイ……。あぁ、やっちゃった……。



 強化された聴覚は隣のエイラからも私と同じ音をとらえてしまっている。と、いう事はエイラにもバレちゃっているって事だよね。



 小さい声でお茶を飲み過ぎたせいよと涙目でポツリと呟くエイラ。多分私も同じような表情になっていると思う。先におトイレ済ませておけばよかったね。そんな暇なかったけどさ。



 うう……もうお嫁にいけないかもしれない。




 幾ら暗闇に目を慣らしているとはいえ、前の二人の惨状を詳しく把握したわけではないネームド2人は私達よりも衝撃が少なかったのだろう。



 動揺し動きを止めたラナやパニャ、そして腰を抜かして座り込んでしまった私達をみてチャンスと判断し、再び脱出の為に私たちの方に突っ込んできた。




 「させません!」「逃がすかぁ!」



 と同時に彼らの後方からサラクとラスタの御者コンビが回し蹴りで彼らの足を払う。加減がパニャ達よりもうまかったのか、それとも蹴りの衝撃がうまく前方に逃げたおかげか、彼らの両足が吹き飛ぶようなことはなくそのまま空中を何回か回転した後、後頭部から床に激しく落ちた。




 狙った場所が良かったのかもね。後頭部を床に強くぶつけたせいかピクリともしないネームド2名。どうやら死んだわけじゃなくて無事に気を失っているようね。




 「ねぇ、ちょっと大丈夫?あんた達。」




 ローズの心配げな問いかけにも。




 「パニャ?ラナ様?大丈夫?ねぇしっかりして……、ヒッ!。」




 ラスタの問いかけにも、私たち4人は反応することも出来ないでしばらく呆然としていたわ。そして後から来た娘たちもラスタも惨劇を目の当たりにして動きが固まってしまったみたいね。




 私は既に解放しちゃったせいか一回りしてかえって落ち着いてしまった。今の私の心を支配しているのは解放感と羞恥心、腰から下の不快感と後は少しの心配かな。



 私の心配した通り、惨劇を目にした娘達の何人かが私たちの仲間入りを果たしてしまったようで。よくわからなかったけど既に手遅れでラナやパニャもナカーマになっていたみたい。



 エイラと同じようにお茶を飲まなければとか呟いている娘もいたけど、多分お茶を飲んでいなくても結果は同じだったと思う。




 なにせ私は兎も角、他の娘たちは殆どが良い家の出のお嬢様揃いだし、こんなスプラッタなんか今までの人生で僅かでもかかわりなく暮らしてきた娘が大半なのだから。



 御者を務めている娘達も元は下女の中から御者の経験がある若い娘というだけで選抜されて巻き込まれてしまっただけで、王宮や公爵家で働いていたとなれば下女でもそれなりに身元がしっかりした平民の娘なのだから、当然こんな地獄のような光景に耐性があろうはずもない。




 交戦に入る前にローズ組と同じように足元を祓うように指示を出しておけばよかったかもしれないわね。今更遅いけど。




 気が付いたら右手に握っていたスタンガンは一度も使わない内に元スタンガンになり果てていた。ガワが壊れただけで握りつぶしていなかったのは不幸中の幸いよね。




 ローズが私達を心配するように、でもなぜか仲間を見つけて喜んでいる風にも見えたのは気のせいなのかな?やけに優しく私達にタオルを渡してくれた。




 「えっと、返り血を浴びちゃったかもしれないから、先にシャワー浴びてきて。後は私の方で何とかしておくから。」




 センシティブな部分にはあえて触れないその優しさが痛い。心の深い部分に突き刺さるわね。いっそ揶揄ってくれた方がまだ逆切れ出来て心のダメージをごまかせそう。




 いつもよりも優しい感じがするローズの勧めに素直に従って浴室のある部屋に向かおうとするけど、まだ腰が抜けていて立ち上がれない。



 そうやって少しの間ジタバタ足掻いているうちに外側の2名の迎撃に向かって、4階から飛び降りたエリアとフィミルが戻ってきて、私とエイラを抱きかかえてくれる。




 なにこれ、すごく恥ずかしいんですけど。ふと見るとエイラは涙目でごめんなさいって謝っている。



 多分私も涙目になっているかもしれない。いや、マジやめてエリアさん、お姫様抱っこはマジ勘弁。濡れている部分に手が振れちゃうし、汚いよ?



 それに、あんた少し男前の要素持っているから、そっちの道に引き摺られそうで怖いんです。所謂ヅカっぽいって奴?




 いやぁぁあぁ~駄目、恥ずかしいから。やぁめぇえてぇぇえぇ!







 私の心の悲鳴に一切耳を貸さずに2人は私とエイラを浴室までお姫様抱っこで連れて行ってくれた。



 因みにこの時点でガワだけ壊れていたはずの元スタンガンが、奇麗に握りつぶされて千切れているのに気が付いたのは、浴室について優しくエリアに服を脱がされている最中だった事を追記しておくわね。



 ナノマシン強化、恐ろしいわね。




 ラナとパニャの心理的なケア、考えておかないとマジでヤバいかも。後で二人と相談かな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る