貴方に会えないその日から 3話
侵入者の警報を受けてインカムを素早く装着する。もしかしたら来るかもしれないとはローズと話し合ってはいたけれど、まさか本当にこんなに早くちょっかいをかけてくるなんて思わなかったわ。
インカムからは警備室に詰めていた侍女から状況報告が繰り返し流れてくる。その声は緊張から少し上ずっているように聞こえる。
早く声を掛けて安心させてあげたいけど、おそらくローズも即応体制を整えていただろうから、少し待てば。
「ローズよ警備兵は当直の……。」
タイミングよくローズからの指示が飛ぶ。一応、侍女や御者達の指揮権、といっていいのかしら?指示はローズが出すことになっているし、彼女がうちの女主人みたいなものだからね。今の内からそうやって慣らしておいた方が、後がもめなくて楽よね。
まぁ、ローズ曰く男女の仲なんて結局のところ誰が女主人かとか、身分、立場なんか平気で飛び越しちゃうものらしいから。
私達を差し置いて新入りのメイドがアイクさんの寵愛を受けて今まで構築してきた人間関係があっさりと崩壊する、なんて事も普通にありうる話だし、それは私も同感だわ。そうならないように、私達も個人としてアイクさんに気に入られるよう努力しなくちゃいけないけど、こればっかりは努力が必ず実るといった類の事ではないしね。
おどおどしているエリスの顔を見ながらローズの指示を聞き流し、そんなことを考えていたら、ふと気が付く。これってナノマシンの強化のお陰なのか、緊張状態で一時的なものなのか、思考速度がいつもよりも早くなっているような気が。
「……マリアとエリスの担当者は彼女たちを確保してすぐに私達と合流して。」
ローズの指示が終わった瞬間、私も応答してこちらの行動予定を伝える。ローズが再び応答して、皆に檄を飛ばす。ほぼ同時に私とエリスの担当侍女がノックもせずに部屋に飛び込んできた。
何となく思うんだけどこれってあんまりインカムの必要性、無い様な気がするんだけど。広い屋敷とは言っても、強化される前の状態でも緊急時に皆が集合するのにそれほど時間はかからないし。
まぁ、普段からインカムを持ち歩くようにアイクさんから言われてるからおとなしく従っておこう。少し大げさな気もするけどね。
足早にローズの部屋に集合して簡単に状況の確認と情報の交換を終わらせておく。ローズも緊張しているようで少し顔が強張っているわね。
彼女も自身の言葉通り、この襲撃で自分達の身が害されるとは考えていないけど、それとこれとは別。本当にアイクさんが防衛力とナノマシン強化、その他を実施してくれてよかったわ。
もしかしたら今日にも襲撃があるかもしれないとは考えていた。夕食前には警備隊長にもそう伝えてある。
隊長からは警戒を強化すると言われていたし、実際に今日から夜番当直の兵は2倍に増えていた。それでもそんなことは関係ないと言いたげに簡単に敷地内への侵入を許してしまっている。
警備兵がほとんど役に立っていないという事になるわね。警備プランを考え直さないといけない。これで何の強化処置もしていなかったら、あっさりと私たちは彼らの餌食になっていたでしょうね。
そうこうしているうちに警備室から状況報告の続報が続く。
「警備室メグリから皆さんへ。えっと侵入者6名中4名が屋敷東側一階応接室の窓から侵入。2名が屋敷の外に待機している模様。
監視ナノプローブの報告から6名全員の性別及び屋敷内侵入者の内2名の名前が判明。情報をインカムへ送ります。
御免なさい、操作になれていないのでもう少し時間がかかるかも。」
そう謙遜する割にはそれほど待たされることなくインカムには情報が送られてくる。これってイヤホンとマイクだけじゃなくてアイウェアもついていて、視界の邪魔にならないように目の端に様々な情報が表示され、装着者の思考で操作する事が出来る。
令和日本の数世代先の技術が詰め込まれているオーバーテクノロジーが詰まった一品ね。まるで某竜の球に出てくる敵の強さが解るガジェットのようね。だけどあれは片目に装備するタイプだったけどこちらはヘッドセットで両目にグラスの部分がかかるようになっていて、使っていて違和感が少ない。
インカムには相手の大体の位置関係が表示されているから、余程の間抜けじゃない限り奇襲を受ける心配はない。
「これってFPSとかTPSのゲームかなんかのウォールハックとかいうチート行為にそっくりよね。」
「現実の世界でずるいとか言われても困るんだけどね。もともとフェアな勝負を求めているわけじゃないし。」
「で?どうやって迎撃するつもりなの。皆を一か所に集めたのは防衛的には正しいのかもしれないけど。
このまま相手が来るに任せてここで迎え撃つのはあんまりいい手だとは思えないんだけど。外の二人も逃がすことになりかねないし。」
ローズは苦い顔で答える。
「その通りなんだよね。本当は誰かに屋敷の外に待機している2人を確保してもらうつもりだったんだけどね。
私達、本当にこの手の荒事とは無縁の人間だったからねぇ。誰に貧乏くじを引いてもらうべきか。」
「それには同意いたしますわ。正直、いざ実戦!って気持ちを高めてはみましたがいったいどうすればいいのか。
少し怖いですけど私が行ってみたいと思わなくもないです。」
「少なくともお祖母ちゃんにいかせるわけにはいかないわ。それくらいなら私かローズが行った方が色々な意味で安心だし。」
エリスがしょんぼりとした顔で私を見つめてくる。いや、そんな顔で見つめても駄目なものはダメだからね。
そんな話をしているうちに侵入してきた4名は無音のまま1階のクリアリングを済ませたらしく、2階へ上がってきた。
「一応、予定通りには進んでいるかな。さてと、エリア、御免ね。ちょっと怖いかもしれないけど東側の窓から一階に飛び降りて下の待機している2名の対処をお願いできるかしら。フィミルとペアを組んでね。」
「お嬢様、ここは4階なのですが。」
「ええ、解ってるわ。でも自分で理解できるでしょう?そのくらいの高さなら飛び降りても何ともないって。
感覚的には椅子から飛び降りるのとそんなに違わないと思う。ガードシステムの補助があるから、その気になれば羽のようにふんわりと着地できるし。
使い方は実地でぶっつけ本番になるけど、意識するだけで特に操作は必要ないはずだから何とかなるでしょう?
私たちの中で曲がりなりにも実戦を経験したのはエリア位だし、正直貧乏くじだとは思うけど、無理を頼めるのは小さい頃から側に居てくれたエリアしかいないのよ。
フィミルにも申し訳ないけど、せっかく転がり込んできた獲物を逃がす手は無いしね。」
フィミルとエリアは顔を数秒合わせてから諦めた様な表情で了解いたしましたと頷いて東側の部屋に足音を立てないように向かう。
屋敷内を進んでいる4人の侵入者に対してはローズが直接迎え撃つことに決めたらしい。逃がさないようにとの話だから私が何人か連れて別のルートから奴らの裏を取る事を提案し、ローズが間をおかず了解する。ふと、インカムに表示されている身元が判明した2名の名前をみて眉を顰める。
「ねぇ、ローズこれって。」
「頭痛くなるでしょ?あんまりにも短慮なのか、それとも元からそういう役割だったのか。別の思惑があるのか。
とりあえず捕まえてから考えましょう?情報を引き出せるかどうかはわからないし、尋問も拷問もご免被るけど、そうも言ってられないかもしれないし。
捕まえちゃえば考える時間はいくらでもあるしね。アイクの話だと2~3万年だっけ。」
と、実に悪い笑顔で返事が返ってくる。本当にこのストレージって能力はずるいよね。動いているものを収納するにはコツがいるし、戦闘中に人を閉じ込めるなんて私達にはちょっとできそうにないけど。閉じこめておきたい人物を事実上いつまでも閉じ込めておけるって言うのは大きいわね。
脱出不可能のうえ監禁中のお世話をする必要もない。これって悪い事だけじゃなくて重病人や重傷を負った人の救助にも使えるし、前にアイクさんが言っていた人を大量に移動させるのにも使えるわ。
自分が閉じ込められたいとは思えないけど。
考えながら私付きの侍女2名と御者の計4名で反対側の階段を降りて侵入者の裏を取りに行く。途中、外で騒ぎの音が聞こえてきた。そう言えば外周の警備兵やエリアともタイミングを合わせていなかったことを思い出して思わず顔を顰めてしまう。
多分ローズも今頃頭を抱えているかもしれないけど、仕方ないわよね。初めての実戦、初めての指揮。しかも相手はこちらを始末しに来た暗殺者。冷静に対処しているつもりでも彼方此方に抜けは出てくるし、こちらの足元は浮ついてしまっている。
インカムから表示されている侵入者4名の状況が劇的に変化する。進む足を止め、なにやら相談を始めたらしい。
「メグリ、あいつらの会話って拾えないの?」
移動しながら警備室にいる侍女に確認を取る。
「できるはずなんですけど、ちょっと待ってくださいね。」
少し待つと中途半端に拾った奴らの会話が聞こえてくる。どうやら撤退を検討中みたいだけど、不法侵入者をただで返すわけにはいかないわよね。
即座にローズと簡単な打ち合わせをして侵入者のもとに急ぐ。ローズも待ち受ける体制を放棄してうって出るつもりだったみたいね。
こちらは裏取りのつもりだったんだけど、ローズと役目が変わりそうね。手にもったスタンガンを握りしめて使い方を頭の中で繰り返す。
うっかりスタンガンを握りつぶさないように注意しながら。
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