貴方に会えないその日から 2話

ローズの侍女 侍女頭 エリア視点



 「お嬢様、午後に予定しておりましたムルド商会の会頭様より使いの方がいらしまして、こちらに伺う際に一人、紹介したい者がおりますので、御目通りをお許し願えますでしょうかとの事です。」



 午前中の商談の合間に一息ついてお休みになられていたローズお嬢様に、先程こちらに届いた使いの方からの伝言をお伝えすると、少し考えた末にマリア様と情報の確認を始められた。




 「ムルドってあっちに情報を流した商会だったわよね。」




 「動いたにしてはあからさまだと思うけど。こちらがその情報を把握していないと判断しているなら動くかな。」



 普通に商取引の一環として、知り合いの商人を紹介する、そんな流れであれば屋敷内に侵入することも出来ると踏んだのかもね。そんな風にお二人の間で確認なさっている。




 「了承しておいてちょうだいエリア。それとマリア、ダニエルから子爵に状況は伝わっているとは思うけど、アイルグリスの動きが活発になった件で公爵家に直接被害が出る可能性も大きくなっているから、そちらのケアも考えないと。」




 お茶の時間も碌に休めずに次の案件に取り掛かるローズお嬢様とマリア様に礼をして後をメイドに任せて部屋をでる。使いの者の所へ戻りお嬢様のお言葉を伝えると彼はほっとしたような表情になってお礼を告げて屋敷から立ち去っていった。




 近いうちにもしかしたら屋敷に襲撃があるかもしれない。アイク様から、なのましん?強化というものを中心としていくつかの処置を受けた翌日、お嬢様から御者や侍女に説明がありました。



 元より、ルーフェスに居を構えてから3か月後に、アイク様にお仕えし、寵愛を受ける事。そして忠誠をつくせば、いずれ加護を得る事が出来るかもしれないというお話は受けておりましたが、その加護を私まで受ける事が出来るとは思っていませんでした。




 他の御者から侍女全てお嬢様と年頃も近く、アイク様のお手付きになる可能性が高いもの達で構成されていましたが、私は侍女たちの纏め役として、またローズお嬢様がまだ幼いころから側に居たものとして選ばれただけでしたので。




 家の事情があり、嫁に行く事もなくお嬢様に使え続け、このまま死ぬまでお仕えする覚悟ではありましたが、まさかこのような事態になるとは思ってもいませんでした。






 既に40歳近かった私の身は、なのましんと言うもので体を強化された結果、15~6歳くらいの肉体年齢まで若返ってしまったのです。久しく感じていなかった体中からあふれる若さ。処置を受けた者たちの中でも一番劇的に効果が出たようですわね。



 毎朝顔を洗うたびに水をはじくこの肌ツヤ!目立つようになった目皺の一つもなくなって、動作の一つ一つが今まで以上にキレをまし、一日のお勤めが終わっても全く疲れを感じないパワフルな肉体。



 少しお腹周りについてきていた無駄なお肉がすべてすっきりとして、その分胸とお尻が強調された結果、用事で街中にお使いに出る度に周囲の飢えた男共の目線を惹きつけて離しません。



 身に覚えのない戦闘知識と体の動きは不埒者を撃退するのに大いに役に立ち、護衛についてきているはずの者たちが呆れてしまう程の戦闘力を誇っています。




 はぃ。心配するのでお嬢様方には黙っておりますが既に簡単にではありますが実戦を経験してしまいました。




 まさに物語にある騎士様の如く、逆上して切りかかってきた男達をちぎっては投げちぎっては投げ、という感じで撃退し、大活躍したと言えれば格好いいのですが、実際の所は逆上して殴りかかってきた男に咄嗟に反応できずにそのまま殴られて、その衝撃で拳の骨を折ってしまった男を反射的に腕で振り払った衝撃で吹き飛ばしてしまい、男は気を失ってしまったという塩梅でした。




 ちょうど護衛の兵が頼まれた品を運ぶために側を離れた時だったので、側に居たのは同じ立場の御者のフィミルだけ。



 口裏を合わせてもらい気を失った男を裏道に捨ててきてもらってなかったことにしたのですが、もしかしたらこれも屋敷の襲撃に関係があったりしたらどうしよう、と悩んでいたりします。




 使いの男の私を見る目がなんとなく怯えていたように感じたのは気のせいでしょうか。




 本来ならお嬢様にお知らせするべきなのかもしれませんけど、おしとやかにしてくださいと何度も口酸っぱく言っている私が、必要な事だったとはいえ一番槍を上げてしまった事実は何とも相談しづらいものがありますし。




 結局悩んだ末にお嬢様に事を打ち明けたのはその日の午後、面談の予定がすべて終わってからでした。







 一日の業務が終わり、就寝前の情報共有を兼ねたちょっとしたティータイム。旦那様にお仕えすることになってから、本当に便利になりました。ぺっとぼとるという入れ物に入っている冷たくて少し甘い紅茶を各々手に取ってお気に入りのお菓子を持ち寄り、皆思い思いに語り合う。




 ここ数日、会話の内容は強化された結果得た恩恵についての情報交換が多い。お肌のハリやツヤに関しては私以外に共感してくれる人がいなくて少し悲しかったけど、外見が15~6歳になったせいか、なんとなく他の侍女達から感じていた壁の様な物をあまり感じなくなった。



 もしかしたら私が一方的に感じていただけかもしれないけど。




 侍女の内一人だけ当番で寝ずの番をすることになっている。強化されてから数日、今の所当番をしたものの話だと一日寝ない位ではどうという事はないみたいね。




 私からは町でチンピラに絡まれた事、殴られたけど全く痛くなかった事。後で確認したら男の拳は私に触れる前に壁の様な物に阻まれて届いていなかったみたいね。



 夢中で腕を振り払ったら不埒者を吹き飛ばしてしまった事。慣れないうちは出来るだけ手加減しないと惨劇を起こしてしまう可能性が高いから注意するようにと伝えた。




 因みにローズお嬢様に報告した際には、報告が遅れた事を少しとがめられたけど、無事であったことを喜んでいただけた後、急に何かを考えるような表情になられたわ。



 暫くは思索されていたようだけど不意に我に返ったようで、私に皆と戦闘経験について情報共有しておくように指示を出された後マリア様の部屋に向かわれた。




 「ローズ様もマリア様も何を考えておられるのか、よくわからないわよね。」




 「私も理解不能ね。お二人が話されている内容ってどうしてそういう結論になるのかわからないことが多いもの。」




 「それは私達に話を理解するために必要な情報が無いからだと思うけど。」




 「何を考えているのかわからないと言えば、私はエリシエル殿下が一番理解できないわね。王宮で2年お仕えしていたけど、急に人が変わったようになってしまわれたし、あんなに執着なさっていたレイモンド様の事も今では会話にすら出てこないわ。




 それにあのお料理よね。いったいいつの間にあんな料理が作れるようになったのか。




 キッチンナイフだって今まで触れたことはなかったはずだけど、危なげない手つきで、あんな見た事もない形のキッチンナイフを器用に扱って。この前アップルパイを作られた時にはリンゴの皮を器用にクルクルと剥かれていたわ。



 いつの間にあんなにおいしい料理を作れる様になったのかしら。」




 包丁とか言っていたっけ。確かに使いやすそうなキッチンナイフで今じゃ屋敷のコックたちも皆使いこなしているみたい。






 あれこれ話し込んでいれば、いつの間にか各自持参したお茶もお菓子も奇麗に無くなっていたわ。



 就寝前だから、そんなに長い時間おしゃべりをしていられるわけではないけど、こんなささやかな機会でも私たちの関係性の潤滑剤として大切な役割を果たしてくれている。




 「さて、明日も早いですし、そろそろお開きにしましょうか。」




 私がいつものようにそう言いだして〆の合図を出し、皆が口々に了承の言葉を返した時、聞きなれない不思議な音が部屋に響いた。




 侵入者に気付かれないような音量で流れる音。これは何度か訓練で聞いたことのある、警報装置というものがあげる音だと数舜もしないで気が付く事が出来た。同時に皆の間に急速に緊張感が溢れ出す。就寝前で皆寝間着に着替えているけど、構わず訓練通りに行動する。




 「各自、担当のお嬢様方へ報告を。私は当番が詰めている警備室へ向かいます。御者の皆さんは各自武装をして所定の位置に。連絡は以前支給されたインカムを装備して対応してください。」




 そう指示を出し自分も手早くインカムを頭にかぶると警備室から登板の侍女から緊張した声で報告が耳に入ってくる。




 「当番のメグリです。東の壁から侵入者6名、警備兵に被害なし。現在警備にも警報を出しています。応答願います。どう動くべきか指示を願います。」




 早口で同じ内容を繰り返しているみたい。警備室に向う短い道のりで応答しようとしたらローズお嬢様の指示がインカムから聞こえてきた。




 「ローズよ。警備兵は当直の者は南門と北門をそのまま警備させて。緊急対応できるもの達で奴らが侵入してきた方面の壁、外側に展開。侵入をサポートしている奴らがいたら、そいつらを確保して。ただし無理はしない事。それと出来るだけ静かにね。



 エリア、警備室はメグリに任せて貴女は私の側にきて。マリアとエリスの担当者は彼女たちを確保してすぐに私達と合流して。」




 「マリア了解。エリスは今私の側にいるから今からローズの部屋に向かうわ。」




 ちょうどマリア様もインカムを付けたようでタイミングよく連絡が返ってくる。




 「ローズ了解。マリア、エリスの担当は彼女たちと速やかに合流して私の部屋に。



 さてと、良いわね皆。アイクにナノマシン強化されて、その他色々と仕込まれた私達に負けはないわ。たとえ相手が世界最高の暗殺者であったとしてもね。



 ただ、私たちにとってはこれが初めての実戦だし、心構えも出来てないと思う。本来なら警備兵に任せるべきだけど。



 アイクについていく選択をした私達は出来るだけ早めに実戦を経験しておくべきだと思う。警備兵に任せたらこちらに被害が出る可能性も高いしね。」




 「エリア了解です。メグリ、警備室の施錠をしっかりとね。」




 中々打ち合わせ通りにはいかないけど、それでも何とか迎撃態勢を整えていく。本来感じるはずの緊張や恐怖といった感情がなのましんの働きで、ある程度抑えられているのが解る。どう効果が出ているのかがわかるようになっているみたいね。




 このお屋敷に強化された私達14人がいるだけで過剰戦力になっていることは理解できているけど、何事も絶対という事はない。



 何があってもローズお嬢様だけは守り切って見せる。そう心に決めて走り出した。

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