聞いてもらいたい事

アイク視点


 船内の敵が戦意を喪失して、次々と投降か不確実な生への脱出を決めて海に飛び込んでいく。この辺は内海で、彼方此方に島があるし、海流が複雑だから、うまくすれば都合のいい海流に運ばれて生き残れるかもしれない。


 季節は秋も半ばで風は夏の名残がまだ残っているが、日によっては肌寒く感じる陽気だ。だが海流の関係でこの辺の海は比較的暖かいし、海水の温度も高い。うまくすれば確かにここで投降するよりも生き残れる可能性は高いかもな。




 戦闘が一段落して、ようやく周りを見る余裕が出てきたんだろう、他の奴らも最後の海賊船が沈んでいるのに気が付き騒ぐ奴が出てきた。まぁ、その他のほとんどは敵も味方も俺を警戒しているのか、俺からつかず離れずの距離でこちらをうかがっているのだけど。


 最後の海賊船が転覆した時の状況を見ていた奴はどうやらいなかったようだ。俺のやらかした騒ぎに気が付いていなかったワッチの一人が最後の敵船の状況に遅れて気が付いて声を上げている。




 「敵船沈!原因不明!」




 「総員!波と揺れに注意しろ!」




 兵長の、そして自船では船長が声を張り上げて皆に注意を促す。



 もともとこの世界の軍船は積載物の積み方が悪いと波次第で転覆することがある。海賊船も何か不具合が起きて波に負けたのだと思われたのかもしれない。原因が不明である以上、敵船が転覆するという事はこちらも同じ目に合わないとも限らないという事で、皆が警戒するのは当然だろう。




 海に飛び込んだ奴は9割死ぬだろう。投降した奴はしばらくは生きていられるだろうが結局死刑になる。


 目の前で海に飛び込むのに躊躇していた海賊が捕縛されるのを見て、そんなことを考えていたら兵長が話しかけてきた。



 「まぁ、何かあるとは思ったんだよ。なんせ提督から直々にあんたから目を離すなと言われていたし、怒らせるなともな。


 船長もうまくやれとしか言わねぇし、ラーゼントから押し込まれたって話も聞いていたからな。


 ラーゼントっていやぁ、例のエイリークと縁のある家柄だしな。」



 「俺の名はアイクだ。エイリークなんて名前じゃねぇよ。」



 殆ど無意味なしらをきるが兵長はさもありなんと頷く。



 「わかってるよ。伝説が何処まで本当かはわからねぇけどよ。あんたがエイリークだとは俺も思えねぇ。ずっと見ていたけどよ特徴が一致しない点もあるし、大体年齢が若すぎんだろ。


 幾ら伝説では年を取らねぇって言っていても、そんな人間いる訳ねぇからな。


 あんたはあれだろ?エイリークの血縁か弟子なんだろうさ。まぁ提督からも船長からもあんたに関して深入りすんじゃねぇって警告は受けているからな。


 マーカスがうまく言ったな。エイリークの生まれ変わりか。それでいいじゃねぇか。」


 勝手にしゃべって、勝手に結論を出して周りの奴らにエイリークの生まれ変わりのお陰で圧勝だったなとか言い始める。


 班長とドーベルもその話に乗っかるようだ。



 「やっぱりただもんじゃなかったなアイクさんよ。あんたについて行きゃ死に番の手当てで稼げそうだ。」



 「流石はアイクさんっすよ。模擬戦で何度も吹っ飛ばされてたから、バケモンだとは思っていたんすけど、やっぱり思った通りでした。


 これからもついていきますんで宜しくお願いしますよ?」



 これは、まずい。今回はうっかりやらかしたけど次も同じことを繰り返したら皆に怒られる。落ち着け。魂の改造を受け入れた俺ならこの程度のトラブル、何の問題なく解決できるはず。



 勢い頭は高速回転するがいつもの通り、答えは無難なものしか出てこない。



 「いや、アレは俺の奥義の様なものでな。そう簡単に何度も使えるものじゃねぇんだ。体に負担もでけぇしな。次はいつ使えるか……。


 あんまり期待はせんでくれ。


 まぁ、伝説のエイリーク、だっけ?あんなのと比べられたらたまらねぇよ。」



 俺の必死の言い訳にドーベルは笑いながら応じる。



 「大丈夫っすよ。あんたも十分にエイリーク並みの化け物っす。ま、流石にあんな奥義っすか?何度も使えるとはだれも思っていやせんって。


 第一、奥義を使わなくてもアイクさんはつえぇじゃないですかい。」



 「だな。こりゃ早晩班長どころか兵長まで昇進するかもな。ほれ、周りの奴の目をみなよ。あんたについて行きゃ生き残れる、良い思いが出来るってみんな期待しているみたいだぜ。


 ははは!。」



 言われて周りを見渡すとさっきまでつかず離れずで、敵味方共に怯えた様な目で見ていたはずの奴らが、安心したような、尊敬するような目になっていた。特に俺と一緒にロープで飛び込んだ残りのメンツが意を決したように側によって頼りにしてますぜなんて言いながら軽く手で俺の手を叩く。


 その様子を見ていた他の奴らも、俺が何もしないのを理解し、寄ってきて口々に話しかけてくる。中には握手を求めてくる奴もいた。俺はアイドルでも何でもないんだがな。





 不思議な感じだ。今までどの戦場でも、周りからこんな風に迎えられたことはなかった。最初の戦場でも俺を囲む目は全て怯えていて、俺を化け物と呼んでいた。


 ここでも俺は化け物と呼ばれたけど。そう俺を呼ぶマーカスとドーベルの目は俺に怯えてはいなかった。ドーベルに至っては、そう、まるで俺にあこがれているような、そんな印象をうける。





 兵長が船内の漕ぎ手を一人一人確認して解放する。地球ではガレー船の漕ぎ手は奴隷というパターンが一般的だったようだけど、こちらではちゃんと訓練を受けた水兵の仕事になる。


 常にオールで動くわけではなく戦闘時や凪ぎの時などに漕ぐことになるし、手が空いていれば海兵も漕ぎ手を担う事がある。それとは逆に戦闘時では水兵は相手の船に切り込むことはないけれども、自分の船に切り込まれた際には立派な防衛力として働く。そういう風に訓練を受けているわけだ。



 だが、それは海軍の船の話で、海賊船においてはその限りではない。大抵は掴まった捕虜を鎖でつないで漕ぎ手にするみたいで、海軍が海賊船を制圧する際には漕ぎ手の鎖を解き放ち臨時の戦力することもある。


 解放された漕ぎ手に兵長が協力を呼び掛ける。このまま拿捕した船を母港まで牽引するのにこちらでもオールを漕いで移動してもらわなければならない。幸いにも開放された奴隷たちはこちらに協力的で、十分な食料と水、港に着いた際に開放する約束をすると進んで協力を約束してくれたようだ。


 中には解放される事に戸惑って、どうすればいいのか判らなくなってしまうものも出てきているが、概ね混乱なく事態は進んでいる。




 今回の海戦ではこちらの被害も少なくない。一隻はラムを食らって、側面に大きな打撃を受けてしまった。当面の間航行には支障はないようだが、このまま作戦を続行するわけにもいかない。拿捕した2隻の海賊船と捕虜、そして解放予定の奴隷たちを引き連れて哨戒行動に移るわけにもいかないからな


 旗艦から連絡旗が上がって母港への帰還の指示が出る。船長の牽引の準備の指示をうけ俺たちは作業に入る。


 応!と勢い良い皆の返事が力強い。気が付いたら俺も大きな声で応と答えていた。自然と作業にも熱が入る。戦利品の中から値の張るものを何人かが自船へ移動させる。邪魔になったマストを移動させるのに何人かの男たちが力を合わせている。



 「おぉぃ、アイクさんよう。あんた力があふれてるんだろう?こいつを動かすのを手伝ってくれや。」



 面識がほとんどない他の班の奴が気軽に声を掛けてきた。




 応と答えて周りの奴にちょいと手伝って来ると声を掛けて、マストの方に小走りで移動する。後ろからコケんなよと揶揄う声がかかる。




 今気が付いた。




 いつの間にか俺は笑っていたみたいだ。ローズにはぶっ放した件で後で怒られるかもしれないけどな。でもローズにこの件を話しておきたい。マリアにもエリスにも。




 今日、俺が経験したことを彼女達に聞いてもらいたい。




 笑いながら俺はそんなことを考えていた。



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