切り込み 3話



 日常業務の甲板掃除をしている最中に船内が騒がしくなってきた。この世界の海上での連絡手段は手旗信号はなくマストに連絡用の旗を掲げたり太鼓などの音で意思を疎通する。確認すると完全に手旗信号が無いわけではなく、手旗を使用した簡単な合図の様な物はあるらしいが、距離が離れるとわかり辛い為、あまり使われないようだ。


 ワッチが右舷に敵船発見、接舷攻撃中と声を上げ船長が提督からの信号旗を確認して面舵の指示を出す。




 「流石、宣言通り3日で海賊船を補足するたぁ、うちの提督も大したもんだよ。」




 班長のマーカスが嬉しそう声をあげる。続いてワッチからの報告に兵長が大声をあげる。



 「敵さん、獲物に2隻張り付いて身動きがとれねぇらしい。俺たちはこのまま敵の一隻にラム仕掛けるぞ。手すきの奴は水兵手伝え、オールに着け。衝突時の衝撃にビビんなよ。


 アイク、てめぇは船首の方に向かっておけ。奴らが間抜けに動けないままなら、そのまま切り込むことになる。」




 どうやらロープでターザンキメる羽目にはならずに済みそうだけど、ちょっとやってみたかったな。




 「アイクさん、何で不満顔っすか。ちゃっちゃと船首に向かいますよ。」




 「本当に俺に付き合うつもりか。態々死に番なんかに付き合う必要はねぇと思うけどな。」




 俺の言葉に班長のマーカスが応える。




 「言ったろ。おめぇは俺の班なんだよ。てめぇの下が死に番はって突っ込むのに班長の俺がぶるって後ろで指をくわえてろってか。


 冗談にしても笑えねぇ。そんな臆病もんに誰が付いていくってんだよ。


 第一俺の班はドーベルだけじゃなくて全員死に番を志願したみてぇだぞ。おめぇ一人で突っ込ませるなんざ俺たちの恥なんだよ。


 解ったらさっさと船首に向かうぞ。」



 面舵一杯で船が傾く中、ロープにつかまりながらマーカス以下俺も含めて10名が船首へと移動していく。ドーベルが鼻の下をこすりながら、



 「気にしねぇでください。いつ自分が同じ立場になるか分かんねぇから俺たちは仲間を見捨てない、それだけっすよ。」



 と声をかけてくれた。



 「そうそう。もし俺がヤバくなったら助けてくれりゃそれでチャラだよ。難しく考えんな。気張ろうぜアイクさんよ。」



 あまり話した事がない男が笑いながら大声をあげる。班の他の奴らもよろしく頼みまっせとか合いの手を入れながら移動している。たしか俺に似た名前、アークルとかいう名前だったよな。



 「解ったよ、ごちゃごちゃ考えんなぁ後に回すわ。一丁大暴れしてやろうぜ!」



 応!と気合を入れたのは良いものの敵もどうして、そのままおとなしく切り込まれてはくれないらしい。獲物に張り付いていた2隻はこちらに気が付いたらしく何やら信号機をあげて仲間に注意を促している。


 おそらく周囲を回っているもう一隻と連絡を取っているのだろう。接舷していた2隻もあわただしく兵が動いている。



 「ははっ、奴ら慌ててフックロープを切ってやがる。多分、何人かは獲物の船に残したまま動くな。余程横っ腹を突かれるのは嫌らしい。」



 早々に兵長から次の指示が出る。



 「ちっ、そう簡単には突っ込めねぇか。マーカス、てめぇらはロープに着け。いつでも飛び込めるようにな。


 志願したんだ、土壇場で腰抜かすなよ。」



 「はっ!言ってろ。俺を誰だと思ってやがる。死に番なんぞ何度も経験してんだよ。行くぜおめぇら。」




 憎まれ口を叩き合いながらも動きは止まらない。指示通りマーカス以下10名、配置につくために細動移動する。敵船は既に獲物から離脱してオールで行き足を作り始めているが、初動はどうしたって遅くなる。


 だが確かに距離的にこのまま突っ込んでいっても横っ腹に突っ込めるとは思えない。こちら側に接舷していた海賊船はそのまま面舵を切りこちらに向かうように動き始める。指示が飛び海兵や甲板に上がっていた手の空いた水兵が弓を構え始める。



 オールの足をそろえる太鼓の速度が一テンポ早くなり、船足が増す。離脱した船とはこのまま反航戦になりそうだ。そうなればすれ違いざまに弓矢での応酬になる。既に船長の指示で帆は水をかけた後に畳まれている。双方とも火矢は使わないみたいだが、一応の用心の為だろうな。



 このような海戦で火矢は帆を焼き払うのにかなり効果を発揮するのだが、そうそう気軽に使われることはない。下手をすれば自分の船を燃やしてしまうきっかけになりかねないからな。





 そうこうしているうちに海賊船との位置取りに優位に立ったこちらの船が敵の頭を押さえて反航戦から同航戦に持ち込む。左舷に海賊船を抑えて既に弓矢の応酬が始まっている。相手はそのまま取り舵を取り続けて左に回り接舷されないようにしているが、まだ速力が出きっていない。


 速度の違いを生かし、そのままこちらも取り舵を取って最初に断念したラムを敵左舷にかますつもりらしく、衝撃注意の号令が飛ぶ。


 他の船を見ると、当初こちらの左翼に位置していた船がどう間違ったのか海賊船に横っ腹を突かれている。沈むほどの被害を受けたわけではなさそうだが、既に激しく切り合いが発生しているようだ。



 その海賊船に後方から追いついたこちらの右翼が迫っているようで、あちらの方は船に被害は出たがこのままいけば順当に勝てそうだ。



 こちらの旗艦に注意を向けようとしたときに再度衝撃注意、掴まれ!と号令が彼方此方で挙がる。





 次の瞬間には昔に何度か経験した懐かしい衝撃が船を襲う。運悪く波で強く浮き上がったタイミングでぶつかったため、突き上げられる形になり体が軽く浮いた。小高い位置でロープについていたアークルがそのまま足を踏み外して落ちそうになるが、それを片手で掴む。



 「切り込め!」



 兵長の指示で舳先からフックを打ち海兵が一斉に突っ込む。当然俺も右手にロープと六角崑、左手にアークルを持ちながらターザンを決める。流石に自分たちで志願しただけはあって、だれ一人出遅れる奴はいない。



 落ちかけたアークルですら俺の手に掴まった状態で雄叫びをあげている。



 「今だ離せ!」



 アークルの短い指示で左手を開放するとそのままの勢いで敵兵に突っ込んでいくアークル。ほぼ同じタイミングで俺も敵船に飛び込んで六角崑を開放感そのままに振るう。


 振るってしまって途中で気が付いて焦る。



 いつもの癖で練りこんだ気を斬撃で飛ばそうとした瞬間、思考が超高速化してローズとマリアが口を酸っぱくして注意していた場面が頭に浮かぶ。ついで、頭に手をやり頭痛をこらえながら怒っている未来のローズの顔が浮かんできた。咄嗟に気のコントロールを放棄したが間に合わず、斬撃として刃にはならなかったが、爆発的な衝撃波になって海賊船の甲板上に吹き荒れた。



 結果、斬撃を飛ばすよりもひでぇ事になっちまった。甲板上の右舷中央にいた海賊のほとんどは俺の放った衝撃波で吹き飛ばされて海に落ち、前方のマストが一本圧し折れて吹き飛んだ。ロープまでは千切れずに残ったが、それが返って災いして後部のマストを巻き込み、そっちまで折れてしまう。



 怒号と悲鳴であふれていた甲板上がその爆風が去った後は口を開くものは誰もなくなり、風と波と船の音以外は静寂が支配する。右舷の船縁は中央辺りは全て吹っ飛んで甲板も一部削れて吹き飛んでいる。



 少ししたら衝撃波で舞い上がった海水が豪雨の様に甲板に降り注いできた。衝撃波の方向的にこちらに降ってくる海水は全体の内僅かな量のはずだが、吹き飛ばされた海水の全体量が多かったためかこちら側に落ちてくる海水の量もそれなりに多い。





 海賊側の誰かが、俺を見て小さく戦場の幽鬼エイリークだと呟く。静寂に支配された甲板上にその呟きは妙に響いた。



 少ししてその呟きが敵味方双方にしみわたり、ある時点で我に返った海賊たちが怯えたようにエイリークだ!戦場の幽鬼だ!と騒ぎ始める。


 咄嗟にマーカスが叫ぶ、



 「アイクは戦場の幽鬼エイリークの生まれ変わりだ!エイリークが来たぞ!!アイクに続け、海賊を皆殺しにしろ!」



 その言葉で戦況は決した。敵も味方も、エイリークが来たぞと叫んで、味方は勢いに任せて敵に切りかかるし、海賊はあるものは億が一にかけて武器を放り投げて海に飛び込み別の物は武器を手放し降伏する。ごく少数は心折れずに最後まで抵抗していたが多勢に無勢。そう時間はかからずに海賊船を制圧して皆が勝利の雄叫びを上げる。



 我に返って周囲を見渡せば、もう一隻の周囲を回っていた海賊船はこちらに向かっていたのが災いし、俺の放った衝撃波にまともに巻き込まれて転覆していた。




 勝負は決したけど……。





 これ、大丈夫かな。多分アウト……だよな。



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