切り込み 2話
乗り込んだ警備船は俺の希望通り旗艦ではなく、いざ戦闘となった際にいの一番に突っ込んで切り込みをかける足の速い船だった。艦長から兵長へ、兵長から同僚へと紹介され、適当な寝床を提供されたあと、一休みする間も無く招集をかけられて、相棒として付けられた若者の指示を受けて日常の業務に移る。
海兵というものも水兵程じゃなくても、訓練や戦闘以外にやる事が多い。船の大きさに見合った数の兵員しか載せられない以上、人の手は限られている。
海兵は戦闘が主任務だからと言って、それ以外はのんびりとしていられるほど余裕がないのは、俺が船に乗っていた時と変わらないな。最初の数日は勝手の違いに戸惑う事もあったが、こういうものは大幅な技術の革新でもない限り、やる事は変わらない。
大幅な技術の革新があっても甲板掃除のモップ掛けなんかは令和時代でも普通にあるからな。
先頭を行くこの船を初めとして、この船団は通常航行時には帆をはり、戦闘機動を取る際には帆を畳んでオールで漕ぐいわゆるガレー船と呼ばれるタイプだが、まだまだ発展途上らしく、船の大きさも漕ぎ手の数も帆の形状も中途半端だ。
船の歴史には詳しくないが、マストは2本だが張られている帆の数が2~3枚で風力だけでは精密な操船は出来ないタイプだろう。昔俺が乗っていた船もこの船とあんまり変わらないから、そのあたりの違和感はない。
日常業務に訓練をこなして一日2度の飯を食う。夜のワッチも先輩に従ってこなして1週間もすごせば段々と同僚や上官とも打ち解けてくる。
俺の世話役になったドーベルは名前はいかつい感じだが、顔は優男といった風貌で、海の男らしく体中が鍛えられており、身体全体が日に焼けている。
「アイクさん、今日の訓練も手加減お願いしますよ。あんたに本気出されちまったら下手したら吹っ飛ばされて船から落ちちまう。」
最初の訓練の際に、ちょっと手加減を間違えたせいか、俺と模擬戦をしてくれる奴はほとんどいなくなってしまった。その日の夜、上官には内緒という事で、同僚に安い火酒を振舞って以来、新兵扱いのはずの俺はみんなから敬語を使われるようになっていた。
甲板掃除などの日常業務などにも直ぐになれて、おもりが必要なくなったのも大きいかもしれない。
「安心しろや、力加減を間違えたのは初日だけだろ。まぁそのうちまた火酒を差し入れてやるから、辛抱してくれ。」
「ありがてぇけど、訓練の度に肝が冷えるのは勘弁してほしいっすよ。手加減してくれているって言っても一発受けるだけで両手が痺れていけねぇ。
あれが続くなら毎日酒が飲めても遠慮してぇ。」
ドーベルがそうぼやくが、上官命令であれば嫌も応もないのは解っているのだろう。結局ぼやいただけで、仕事に戻る。
航海に出てから早2週間が過ぎ、順調といっていい日々を過ごしている。が、アイルグリスの海賊船とは未だに出くわしていない。陸沿いに動くしかないこの世界の船では航路も決まってくるし、襲撃に適した海域も自ずと限られてくる。
北極星にあたる星の無いこの世界では、夜間に方角を知るにはそれなりに星空に詳しくなくてはどうにもならない。その為か外海回りは経験豊富な艦隊が哨戒を担当している。
内海には島も多く、海賊の拠点となる島もあちこちにある為、虱潰しにしていくには手が足りない。結局、よく使われる航路を中心に哨戒を繰り返してはいるが、中々海賊船に出くわさない。
一応、探索魔法をかければ、海賊船らしきものの位置を特定することはできるが、人に説明できない状態で海賊船の位置を知っていても俺一人でやきもきするだけだからな。他の奴らと同じように、俺も海賊船の位置は把握しない方が精神衛生によろしい。
3週間が過ぎ、水と食料の補給の為に一度母港に戻った際に、海賊船の被害にあった船の情報を聞く事が出来た。
襲われた商船は一切の抵抗をしなかった為、荷を奪われただけで命までは奪われなかったらしいが、船主は大損だし下手をすれば破産して命を失いかねないだろう。
アイルグリス許すまじ、とは言うがこの時代は国が非公式に海賊行為を認めているのは何処も同じだ。
内海は各国の制海権が入り組んでいる上、海域も狭い所が多い。その上に各国の軍船も行き交う事が多いので海賊も慎重かつ巧妙になっている。
奴らは警備船の動きを掴んでいるかのように1日遅れでその海域に現れて、商船を襲ったらしいけど、これは単純に哨戒の手が足りていない上に、商船の数が多いからそうなるだけである。
因みに外海の方では国の船が私掠船になって荒らすことが多いみたいで、その点に関してはランシスもアイルグリスも同じ穴の狢ではあるが、以前はお互いそれほど派手には活動していなかった。
ローズ達が相場を荒らしてから次第にアイルグリスの私掠船の活動が活発になり、引きずられるようランシスの船も活動が盛んになってきている。
艦隊の指揮官は寄港時に集めた情報を検討して次に向かう海域を検討するらしく、補給物資の詰込みと合わせて1日交代で半舷上陸の許可が出た。
皆それぞれに束の間の休暇を楽しんだらしい。上陸を知らせていたわけではないけど、ネットワークを利用して俺の大体の動きを把握していたらしく、上陸したときには3週間ぶりに皆と再会する事が出来た。
ローズの予想通りアイルグリスは局所的外科手術にも手を出したようで、この三週間で既に屋敷の方に2度ほど襲撃があったらしい。俺が心配するだろうから、黙っていたようだ。
襲撃者は、とりあえず今の所、強化された御者と侍女たちに無力化された後ストレージ内に保管しているらしく、屋敷の人員で被害にあったものはいないとの事。
無事、防衛力の強化が効果を発揮したことに安心した。取り押さえた御者や侍女たち自身、自分たちの戦闘力に驚いていたらしい。
威力偵察の性格もあるのかもしれないが、放った刺客が誰一人戻ってこない現状に相手さんも動揺しているかもしれんな。
中々どうして、相手さんも決断が速い。決断したのが中枢なのか末端なのか。アイルグリスという国自体が俺と敵対する道を選んだのか、末端が暴走したのか。
まぁ、俺の頭じゃ考えるだけ無駄だな。
出航の際に司令官が訓辞を述べていたが、その際に奴らの動きは大体つかめた、今度こそ奴らを補足する。総員、決戦の心構えをすべしとのありがたいお言葉をいただく。
船に乗り込んでからも兵長から話があった。
「いいか、切り込みの際にはアイク、お前が最初に乗り込め。てめぇが自分から志願したんだ、今更怖気づいたりしねぇだろうな。
アイクは化け物みてぇにつえぇからな。こいつが突っ込めば勝利は疑いない!てめぇらこいつの振り回す棒切れに巻き込まれんなよ?
提督の話じゃ早けりゃ2~3日で奴らのしっぽを掴めるって話だ。奴らの数は被害にあった商船の船長の話じゃ3隻って事だ。
数はこちらが有利だ。いざとなってビビるなよ!
手柄を立てろ!名をあげろ!!」
応!と威勢のいい掛け声が海兵、水兵問わず返ってくる。俺も空気を合わせて応と答えた。上官で班長のマーカスがドーベルと共に出港準備で騒がしくなっている船内で声をかけてきた。
「死に番を志願したって本当かよ、アイクさんよ。」
「死に番っていうのか?一番に切り込ませてくれとは頼んだけどな。」
「あぁ、実際にボーディングかける際には相手の船にフックをかけて固定するんだが、その前にマストからロープをつかって振り子の要領で相手の船に乗り込む奴らもいるんだよ。
敵のど真ん中に切り込んで相手を混乱させる役割だからな、大抵はおっちぬ。
一人でやる役割じゃねぇ。命知らずが10人くらいで突っ込むんだが、兵長のあの口ぶりじゃ、おめぇさん一人を放り込む気みてぇだな。」
言われて、自分の置かれた立場を理解したが、むしろ望むところだしな。気になるところは兵長に嫌われたのか、信頼されているのかよくわからんという所かな。
「どっちだと思う?」
「ったく、心配してやりゃこれかよ。お前さん、やっかまれてるんだよ。
聞いたぜ?お前さんラーゼントから押し込まれてきたって事は。
何者だかわからんが、下手すりゃ船長よりも上に目を掛けられているかもしれない奴が自分の部下として船に乗り込んできて、一番に切り込ませろだからな。
俺は知らん、勝手に死んで来いってな感じなんだろうな。兵長も」
つまり兵長に嫌われたと。
まぁ、解らないではないな。
「安心しな。俺の班の奴が死に番を受けたんだ。班長の俺っちがほおっておくわけねぇだろ。俺もドーベルも一緒に切り込んでやる。
一人じゃ死なせねぇよ。
まぁ、おめえは本当に強いからな。おめえの側に居たほうがかえって生き残れるかもしれねぇ。」
そう言って豪快に笑うマーカスと照れたように笑うドーベルに、素直に笑って答える事が出来た。
どのくらい振りだろう。戦友が出来たのは。
気が付いたら、艦隊は既に出港していて、他の班長にどやされて俺たちは慌てて作業に戻った。
照れ笑いしたマーカス、ドーベルと共に。
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