いつの間にかこの世界がファンタジー世界になってしまった件



ローズ視点




 この4か月、香辛料に限らずアイルグリスの特産品関連を中心に相場を荒らしまくった結果、この世界がSFなファンタジーになった。




 ちょっと何を言っているのかわからないと思うけど、大丈夫。説明の途中を意図的に省いただけだから。私たちもこの事態についていけずに一部混乱していると言えば、今の状況を多少は理解してもらえるかもしれない。




 順を追って説明すると、この世界に混乱を起こす為に、商取引で大規模な干渉を行った結果、この4か月でアイルグリスの主要な貿易品目の相場が荒れに荒れた。結果、南のアイルグリスと東のエンデリングの2国に反応が出た。




 東のエンデリングに関しては現状では問題ないと判断して、南のアイルグリスに対して対策を考えていた時に、事態がここまでスピーディーに動くとは考えていなかったらしいアイクが深刻な顔をして考えこんじゃった。




 対応策を協議していた私たちは、いつの間にか話し合うのもやめて、みんなで様子の変わったアイクに目を奪われていたら彼がぼそりぼそりと話し始めたわ。




 「俺は……、皆が傷ついたり、酷い目にあったりするのは嫌だ。お前たちだけじゃない。侍女の皆や御者の子たちも、この屋敷が襲われることになったら酷い目にあうかもしれないし、命を落とすかもしれん。




 俺はこの世界のアサシンを知っているけど、上位の奴らだと、とても人間業とは思えない様な技術を持っている奴もいる。」




 私達が言葉を詰まらせていると、アイクはそれを続きを促していると受け取ったらしくて、話をつづけた。




 「みんなの事だから、ネットワークで色々と自衛の為に情報を集めたんだろ。なら知っているはずだよな。身体能力を強化するためのナノマシンによる人体改造。魔道具や精神的なパスをつなげる事による魔術的な保護、加護の授与。



 亜空間に本体を設置して自己を中心に対象を守るための力場帯を発生させるガードマシン。これは生体に直接端末を取り付けるタイプと非接触タイプがあるな。




 兵達には守護の魔術を込めたネックレスを配る方法もある。




 まぁ、色々と好みはあるかもしれないけど、最初の14人にはナノマシンによる強化と加護とガードマシン。魔道具も含めてフルセットで処置を受けてほしいと考えている。




 正直、俺が留守の間にお前たちに何かあったとしたら、耐えられる自信がない。」




 この時に私たちは何となくだけど理解した。彼の地雷がどのような種類の物であったのか。そしてかたくなに彼が女性と関係を持とうとしなかった理由、人と関わろうとしなかった理由がおぼろげに。




 初めて会った時の彼の言葉、80年前から戦働きをしていた。その時点で120年前からこの世界で活動していたはずの彼が40年、戦争とは無縁の生活をしていた。ならなぜ急に戦争に参加するようになったのか。その時に何があったのか。




 確か嘆きの城の話があった時期が大体70~80年くらい前の話だったはず。その前後に彼の地雷が存在すると考えていいはず。



 マリアも気が付いたのか、少し顔がこわばっている。




 「ローズは確か、不老が羨ましいとか言っていたよな。喜んでくれや、今回のナノマシン処理を受ければ、少なくとも老化で死ぬことはなくなる。



 一度の処置で2~3千年は寿命が延びるし、定期的なメンテナンスを受ければ、事実上寿命はなくなるからな。」




 にこやかな顔で爆弾を投げ入れる。確かにネットワーク上でその手の処理の存在は把握していたし、最終的にはアイクさえ受け入れてくれればナノマシン処理を受けたいとは思っていたけど……。




 すでに最初の14人には意思の確認はしているし、全員の承諾は取っている。私たちの結束を高める為の一策ね。その後時間をかけてみんなの意識をこの集団に所属する者としての意識に作り替えていく。けどそこに至るまでにあと2~3年はかかると思っていたのだけど、私たちは予想以上に早く、彼の心の内側に入り込んだらしい。




 彼の提案は極論してしまえば、「自分と一緒に永遠にこの世界をさまよってくれるか」という問いかけに他ならない。




 嬉しさと、反面心苦しさ、そして戸惑いが心の中を支配する。ただ、彼がここまで踏み込んできた以上、こちらから拒絶するわけにはいかない。




 そんなことをしたらおそらく、二度と彼の心に近づくチャンスは失われる。思いがけず訪れた正念場に、その場にいた私たち三人に緊張が走る。




 彼に疑念を持たせてはいけない。その一心で、出来るだけ不自然にならないように彼の提案を了承する。私の了承の言葉に、最近2重になる事が少なくなったその顔がほのかに燐光を発して、下の本来の顔がかつてないほどにはっきりと見えた。久しぶりに見る素顔の笑顔。




 これは後でお仕置き案件ねと心の中でつぶやく。何でそうなるのかは内緒。







アイク視点




 現時点でとれる究極の自衛手段。つまりナノマシン強化をはじめとしたその他の科学、魔術入り混じってのフルセット強化をローズ達はあっさりと受け入れてくれた。



 少し顔がこわばっていたようにも見えたけど、気のせいだったようだ。




 彼女たち自身もその手段を検討していたみたいで、既に初期メンバー全員に意思の確認と承諾を取っていたらしい。抜け目がないというかなんというか、頼もしいことこの上ない。




 もちろん、それだけでは心許ないし、マリアが欲しがっていた飛空艇を緊急避難先にした非常時のプランも提示して無事に受け入れてもらった。現在急遽手に入れた飛空艇の整備と、各自の部屋の模様替え、緊急時に登録した人員を速やかに飛空艇に転移させる避難装置の設置などをメンテナンス用の作業端末に急ピッチでやらせている状況だ。




 飛空艇の中には高度な科学、魔術のハイブリッド救命システムを複数設置しておく。





 ローズはちょっと遠くを見つめるような瞳で「いつの間にかこの世界がファンタジーになってしまった件について」とか呟いていたが、大丈夫なんだろうか。





 翌日には承諾をしてくれた全員をダイニングに集めて、さっそく処置を始めた。処置と言っても難しいものじゃない。事前に三人が皆に説明をしておいてくれたらしい。



 処理は基本的に無針タイプの注射器を首筋に注射して、後は1時間おきにナノマシンと各種ビタミン、アミノ酸が入っているドリンク剤を合計5回、一回につき1リットル飲むだけだ。



 あとは最初に注射した司令塔の役割を果たすナノマシンが、入り込んだ生命体の状況を把握しながら身体組織を作り変えてくれる。



 必須栄養素が足りない場合や身体のサイズ的に身体改造の材料が不足する場合などは適宜ドリンク剤の量を調節する。




 5時間で最低5リットルのドリンクを飲み干す。話を聞くだけだと、そんなに飲めるのか不安になるだろうけど、問題はない。実際にこの処置を受けてみればわかるけど、最初に注入されたナノマシンが動作を開始した段階で、神経中枢に働きかけて、何の苦痛もなく消化できてしまうし、おなかがタプタプになる事もない。




 この手の身体能力を強化するタイプの処置にありがちな、強化当初に力加減がわからなくなって、ただ歩くだけのことも出来なくなるといった現象は、ナノマシン処置が開発されたばかりの初期にはよくある話だった。しかし、この製品は既に何度もその辺の問題を経験して解決してきた製品で、使用者に身体制御の感覚を無意識化に書き込む処理をしてくれる為、最初の慣らしが必要ない。




 まぁ、戦闘挙動や最大出力に関して言えば実際に経験してみないと限界や程度が理解できない為、実地での戦闘訓練は必須なのだが。



 外部から教育用のデーターを受け取る事によって簡易ではあるが戦闘訓練を受けたのと同じ効果を得ることも出来る機能も備わっている。




 当然、強化が済んだ後には全員に最低限必要と思われる戦闘訓練のプログラムもインストールしてもらった。




 ローズと出会ってから今回の処置までで、俺のネットワーク上の資産の約5分の2は吹き飛んでしまったけど、まぁ、いい仕事をした。




 俺は目の前に爆誕した「戦うメイドさんとその主人たち」を見て、謎の満足感に包まれている。これでこの世界の何者に敵対行動をとられても、不意を突かれても、更には毒を盛られても問題なくすべての障害を正面から鼻歌交じりで撃破していく事が可能だろう。




 彼女たちは既にして、一国の軍隊をただの一騎で正面から粉砕することも容易いはずだ。




 そんな俺の言葉を聞いた彼女たちは気のせいか、顔が青くなっているように見える。まぁ、強くなって困る事はないだろうし、気のせいだよな。これは彼女たちも望んでいた処置だしな。




 ……戦闘用のバイオアンドロイドを一体買い上げて、鋼線使いの執事を仕上げる案を真剣に検討しなくてはいけないな。執事って男じゃなくちゃダメなんだっけ?




 この際なんだから美少女執事が両手から鋼線をたなびかせ侵入者をバッタバッタとなぎ倒すというシチュエーションも捨てがたい。いや、しかし執事と言ったら眼鏡の初老の男が鋼線使ってというパターンの方が燃えるよな。




 いや、実際に鋼線あんな風につかってもあんなにきれいには切れないんだが……。まぁそこは魔力強化と魔力刃の展開、後は魔法で鋼線をコントロールすれば問題ないな。




 161年間、育ててきたのは何も清き体だけではない。大義名分を得て暴走を始めたオタク心は、今や世界の常識を塗りつぶし大きく開花しようとしていたのだ。




 因みにこの状態は冷静になったローズ達に突っ込まれるまで続いた。




 マリアはバイオロイド執事案に賛成してくれているようだったけどな、残念だ。




 下手に強化しちまったからさ、異常に突っ込みが痛かったよ。



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