着々と進む一手 3話



 ローズ達が派手に相場を荒らし始めて4か月。夏も本格的になり、屋敷の空調は一昼夜稼働しっぱなしの状態だ。



 そしていよいよ彼方此方で動きが見られ始めた。細かい動きはさておき大きなところで当初目標にしていたアイルグリスの方面で一つ。予想外なのが陸の周辺国、エンデリング帝国の方面で一つ。



 商人達、特にダニエルから上がってきた情報を分析するローズの顔は苦々しい。マリアも頭を抱えている所を見るとあんまり状況は良くないようだ。





 「あらまぁ、帝国の方が釣れちゃいましたね。あちらは政治的には現在安定しているはずですし、こちらにちょっかいをかけてくる理由がわかりませんわね。」




 「ダニエルさんからの情報だとまだ動くって確定じゃないけど、物の動きを見ている限り、軍隊になにがしかの動きがあるはずだって話ね。ランシスが標的なのかどうかはわからないけど、万が一アイルグリスの方面でひと悶着起こしている最中に東で動かれたら厄介よね。」




 マリアの言葉を受けてローズが続ける。




 「おそらく香辛料の値動きとは直接関係ないとは思う。正直こういう相場の動きとかって私たちは素人だからね。最初から派手にやり過ぎたのかも。鉄の相場はそれほど動いていないけど、物自体はかなり活発に流れてきているから、その関係もあるかな。」




 「うちで売って、うちで買って。かなりの量をネットワークに流しているもんね。周辺の鉄が一度うちを経由していると言っても過言じゃないし。外目から見たら輸送費用もかかるんだもの、質の悪い鉄を高く買って、質の良い鉄を安く売っている。理に合わないわよね。



 多分ほとんどの商人が理解不能だと思う。」




 「輸送のコストを考えてうちから売り出す鉄は価格を抑えているからね。相場だけをみれば、安定しているし良質な鉄が流通するようになってきた。



 あぁ、そういう事ね。鉄は賞味期限なんてものはないものね。流通先が遠方でも問題ないし、影響範囲も広いという事か。



 エンデリングの虎の尾を踏んだ可能性はあるかな。」




 「あぁ、そっか。その辺、物流に関しては素人の私達のミスね。エンデリングでは鉄を輸出していないから影響はそれほど出ないと思っていたわ。」




 「まぁ帝国は帝国で北と東に大きな敵を抱えていますしね。今回、動員があるとしても大規模な動員にはならないと思いますわ。ましてや反対側のランシスに兵力を集中させるなんてとてもできないかと。



 あの辺はしょっちゅう戦争していますしね。むしろ鉄の動きと関係あるとしたら、帝国が主に鉄鉱石を輸入している北方諸国の一つ、国自体が要害になっているラチェッダの方に動かす可能性の方が高いかも。」




 ラチェッダ王国。確か豊富な鉄鉱石が採れるが、精製するための燃料となる木材が不足している為、鉱石の状態でエンデリング帝国はじめとした周辺国へ輸出している。帝国は本心ではこのラチェッダが欲しいが、天然の要害になっている上、自国へ大量の鉄鉱石を輸出しているラチェッダに下手に手出しが出来ない。




 これは他の周辺国も似た様な事情を抱えている為しばしばラチェッダが火薬庫になって戦争が起きていたりする。この世界に火薬はないけどな。




 因みにこの世界では石炭の存在は知られているが、まだ石炭の脱硫の技術がないため製鉄には石炭が使われていない。その為か火力が高すぎる使い道のない石炭はあまり使用されていない。




 環境的には良い事だが、代わりに製鉄や造船の為に大量の木材が切られている。一応は地球のヨーロッパとは違って、植林とまではいかないが森を回復させるために定期的に広葉樹や針葉樹の種をばら撒いているらしい。




 やらないよりはまし程度だし、徐々に森林資源は減少しているのだが、まだこの世界の人間はそのことには気が付いていない。もちろん、それが引き起こす事態も想像の範囲外だろう。




 「そうか。鉄がランシスから安定して供給を受けられるなら、ラチェッダ相手に博打を打つ気にもなれるって事ね。でもまだたった4か月でそこまで判断するかしら。」




 「軍事とか経済って結局私たちにとってはこれから学ぶ分野だし。ダニエルさんもエンデリングの考えなんてわからないだろうけど、少なくとも帝国がランシス相手に一戦やらかす余裕は確実にないわね。



 国力も兵力も確かに帝国の方が上だけど、圧倒的な差があるわけじゃないし、北と東が気になって西に手を出す余力は無し。」




 「その上ランシスは大口の取引相手と。そうすると例え先手を打たれて帝国に攻撃を受けても被害は小規模にとどまると判断していいかしら。」




 「ええ、アイク様をその戦場に送り出しても英雄になれるほどの活躍が出来るかどうか、疑問ではありますわね。



 それにここから戦場まではいささか遠すぎますし。」




 王女としての教育が功を奏しているのか、意外とエリスは周辺諸国の情報をある程度把握しているらしく、常にない彼女の分析に意外な面を見たと驚いたが、ローズやマリアは既にそのあたりは知っていたらしく、エリスに情報を確認しながら話を進めている。




 「そうすると当面はアイルグリスの動きだけに集中すればいいわけね。それで、マリア。ダニエルからの情報なのかしら。」




 「まぁね、香辛料はダニエルさんを通じて結構な商人に流しているけど、その商人の一人がアイルグリスに情報を流したみたいね。いつかは裏切る商人も出てくるとは考えていたし、手を回していたみたい。



 少なくともラーゼント商会から大量の新鮮な香辛料が出回っている事は把握したようね。問題はうちの情報までどの程度でたどり着くか。



 まぁ、既にうちの情報も流れていると考えた方がいいわよね。そうなると当面の問題はローズの言う通り、局所的外科手術に対しての対処かな。」




 つまりここを直接狙うという事だな。この世界、ファンタジー要素は俺とその仲間以外には存在しないが、ファンタジーかと見まがう技術を持ったアサシンがいたりする。人間の持つ底力に心底驚愕した経験は一度や二度じゃない。




 彼女たちもそれなりに警戒して更に警備兵を30名増員して、訓練を重ねているが一国が本気でこちらを始末しようと考えたら心ともないだろう。




 彼女たち、侍女や御者さん、メイドも含めて守る手段はいくつかある。身も蓋もない手段からネットワーク上のコストだけで対応可能な物。ファンタジーにありがちな、俺の力で加護を授けて外敵から身を守る、そんなバリバリファンタジーなものから、ナノマシンによる身体改造を主体としたSF方面の手段。




 その辺の情報規制はかけていないから、おそらくローズ達はその手段にたどり着いている。その上で自分たちからその選択肢を俺に提示しない。コストの問題か俺の心の問題か。




 自分の身が危険にさらされることを理解して、最も有効的で簡易な手段を取らない理由は、俺を思っての事だと流石に気が付く。





 俺の心のとげか。それが何処に在るか分からないから、遠慮せざるを得ないという事なのかな。




 「どこまであちらが把握しているかが鍵よね。エイリークが香辛料の出元だと判断するなら、何度か暗殺者を送って無理だと確認した時点で別の手を打ってくるかな。



 エイリークの存在に気が付いていなかった場合アイルグリスはどう動くかしら。」




 「香辛料の新しい産地が見つかったのではと判断した場合はまずルーフェスに出入りする商人を虱潰しに調べるかもしれませんね。手っ取り早く、しかも可能性が高いのは当然船ですから、もしかしたら海賊行為を活発化させる可能性もありますわね。



 もちろん一番に狙われるのはラーゼント商会に関わっている船、ですわよね。」




 「まさしく狙った通りの状況ね、これ。ラーゼントの船で現在直接南方まで出ているのは2隻。一隻は昨日港に戻って整備中だから、今度戻ってくる一隻が狙われる可能性が高いわ。



 襲われるとしたらアイルグリスの近海のはず。アイクさんが別の船でラーゼントの船と合流できればそこで活躍の場を手に入れる事が出来ると思うんだけど……。



 可能だと思う?」





 「まず無理よね。そもそも船の動きはつかめていないし、動きを把握する方法もない。事前の打ち合わせもないしね。でもそれはあちらにも言える事。



 航路は大陸沿いだから大体決まっているけど、見通しのいい昼間にアイルグリスの近海を通過するとは限らないし、狙って運よくラーゼントの船を補足できるとは思えない。」




 「そうするとあちらも手あたり次第になるわけですけど。それはそれで好都合、ですわよね。」




 「こちらはラーゼントの船を守る事にこだわっているわけじゃないしね。申し訳ないとは思うけど。ルーフェスの警備船にアイクを乗せてもらえれば自然と海賊との戦闘に巻き込まれると思う。」




 「この時代の海戦は、弓矢で火を放つかラムで横っ腹をつくか。」




 「後はボーディングですわよね。砲撃兵器はありませんから手は限られてきます。」




 「バリスタとかはないんだっけ。」




 この時代の海戦の手段について検討し始めた彼女たちをみて考え込む。




 警備船に乗り込む、それも問題だな。その間俺はこの屋敷を離れる事になる。当然彼女たちの身の危険も増える。やはり俺のこだわりなんかは置いておいて取れる手段を取れるだけ取っておくべきだよな。




 この先、彼女たちとの関係がどう進むにせよ、彼女たちを不幸にするのは嫌だ。




 それに、彼女たちから提供されるモラトリアムは、必然的に数年の余裕しかないだろうことは想像がつく。彼女たち自身が適齢期を逃したくないと言っていた。今回の人生こそ自分の子供を産みたいと。



 正直、それに俺が応えられるのか、今はまだわからない。




 だけど俺には兎も角、彼女たちにはそれほど時間がない。そのあたりも同時に解決できる方法を俺は持っている。




いつかマリアは空中戦艦とか飛空艇とかが欲しいと言っていた。たしかあれはPCを設置して少ししてからだったな。飛空艇当たりならPCよりもかなり安いし、ローズがいっていた令和時代の船なら物にもよるけど今の彼女たちの試算でも十分買える。




 まぁ、大きなもの、重いものになると別の問題が出てくるからな。そう簡単に希望に沿うわけにはいかないけど。




 一度彼女たちが話していた、戦闘メイドだっけ。アニメや漫画の世界ではないのだからそんな都合のいいものは存在しない、だよな。




 せっかくだからその辺も俺たちの都合の良いようにしてしまうか。世界観をあんまりいじりたくはなかったけど、俺のくだらないこだわりより、彼女たちの身の安全とモラトリアムの長期延長を獲得する為に。とりあえず百年単位で、だな。








 ……開き直ってしまおうか。



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