着々と進む一手 2話
肉じゃがと唐揚げ、鶏肉とごぼうと椎茸の混ぜご飯。おおぅ、汁物は豚汁、ちゃんとごぼうはささがきだし、蒟蒻と里芋も入っているな。白菜の漬物ときゅうりの漬物、鷹の爪を糸切りにして添えてある。
急にエリスの侍女から本日の夕食はエリスの部屋で食べる事になったから来てくれと連絡があり、何事かあったのかなと三人で部屋に訪れた時、目の前に現れたTHE日本の食卓といったテーブルの上の状況に、俺はもちろん、ローズもマリアも目を奪われて棒立ちすることになった。
「まともな料理はすごく久しぶりでしたけど、本日急に思い立ち腕を振るってみたんです。道具も調味料も使い慣れた物が揃いましたし、味見しながら作りましたから、味は保証しますよ。」
「姫様は料理なぞしたことはなかったでしょうに……。」
エリス付きの侍女の一人ナズルが不思議なものを見るようにテーブルの上の料理を見つめた後、別の侍女とメイドに視線を送るが、要領を得ないサインが帰ってくるだけで、彼女たちも事態を理解できていないことをうかがわせる。
こいつら、本気で自分の出自隠す気が無いな、と諦め半分溜息をこらえていると。
「えっと、確か女性には秘密が付きものなんですよでしたっけ。そういう事です。」
と柔らかく笑った後に、冷めないうちにどうぞとみんなに料理を進めてくれた。
屋敷に居を移してからは広いダイニングで食事をすることが多いせいか、マナーを守り食事中の会話はほとんどなかったが、こういう風に広いとはいえ個室で皆で食事をとるとなると、つい日本的な食事風景にありがちな状況になる。肉じゃがや唐揚げも豚汁も混ぜご飯も食べたくなったら、ネットワークで仕入れて食べていたし、まぁ、ネットワークの向こう側の人も店かどっかで総菜を買ってきているのだろうから、一定以上の味は保証されている。
久しぶりに食べたという感覚はないけど、なんだろう。すごくほっとする味なのだ。惣菜を温めたような味じゃない。家庭料理、しかも作り立て。俺にとっては他所のお宅の家庭の味のはずなんだけどな。
混ぜご飯を一口食べると何かが胸をよぎる。ローズやマリアも少しだけ涙ぐみながら食べている。周りで給仕していた侍女やメイドたちがそんな二人を見てオロオロしている。
マリアが小さな声でお祖母ちゃんじゃん、マジでとかもらしているけどローズや俺も意外なエリスの特技に吃驚していた。
「私も自炊はしていたし、それなりに経験詰んでたから自信はあったけど、エリスの家庭料理にはかなわないわね。」
「いや、うめぇよ。煮物も味が染みてるし、豚汁も出汁が効いててうめぇ。ネットワークで買えるもんなんて、大抵総菜屋で買ってきたやつとか、気が利いてる奴でも飯屋で出してるやつを鍋買いして仕入れてるからな。
自分で作る家庭の味ってわけにはいかねぇ。こりゃ、エリスの手料理ネットワークに出してみるのも面白いかもな。
ファンがつきゃ、下手な金塊以上の値がついても可笑しくないぜ。」
実際、下手な貴金属や高価な市販品、兵器など普通なら手に入れにくい物で値が張るものよりも、その人にしか作れない様なたった一杯の味噌汁に、気が狂ってるんじゃないかと思う程の値が当たり前についたりすることもある世界だ。
どの世界も突き詰めれば需要と供給で価値は跳ねあがるってもんだ。
「それほどのものじゃありませんよ。あんまり褒めないでくださいな。頭に血がのぼせてしまいますわ。」
「いや、マジでおいしいから。私本当にエリスの孫になりたいもん。てか時間が出来たらお料理教わりたいわ。」
マリアがおそらく100%本音でエリスに教えを希っているが、エリスは照れていてまともな返事が出来ていない。ローズも私も教わりたいと3人で盛り上がっている。
「姫様じゃ、毎日作ってくれとは中々言えねぇかもしれないけどな。もし時間があって、気が向いたらまた作ってくれると嬉しいな。
まぁ、雇ったばっかりのコックの面目をつぶすわけにもいかねぇけどな。」
なにやら鼻息を少しだけ荒くしたエリスがふっふーんと息をついた後に返事をくれる。
「狙い通り、いや、なんでもありませんわ、おほほほほ。
そうですわね、毎日ってわけにはいきませんけど、また何かリクエストがありましたら作らせていただきますわね。」
「悔しいけど、こっちの方面じゃお祖母ちゃんには勝てなさそう。そう言えば母さんが男は胃袋を掴めって言ってたのを思い出したわよ。」
「私も自信はあったんだけどね。ちょっとエリスにはこの分野は届かないかな。
ま、意外性をたまに見せるのも効果的だしね。まだあきらめるのは早いわよ、マリア。」
何やら勝ち誇るエリスに肩を組んでひそひそと聞こえるように内緒話を始める二人。すでにエリスの部屋からは侍女やメイドは退出させている。まぁ、こいつらはあいつらがいようがいまいが関係なしにペラペラしゃべるんだろうけど。
たまに気を遣う事はあるけどな。その線引きが俺にはよく分からん。
一人悩んでいると、ようやく食休みを終えて一段落着いたのか、ローズを中心に情報交換と今後の方針の話し合いが始まる。
2か月前、ラーゼント商会との交渉を終えてから、定期的にみんなで集まってこのような会議を開いている。
「さてと、この2か月かなり派手に相場を荒らしてみたけど、ダニエルさんからは何か言ってきたかな、マリア。」
あの一件以来、ダニエルのラーゼント商会の担当は俺の分の商材も含めてマリアが担当している。毎回精神的なプレッシャーを受けて、商談の度に疲労しているマリアだが、宣言通りやられっぱなしではないようで、時にダニエルもしてやられたという風な表情で帰っていくときもある。
商取引では現段階では独占状態だしタフな交渉は必要ないはずなんだが、こいつらは一体何を争っているのだろう。
たまに取引前の二人に出くわすことがあるのだが、怖いからあんまり近寄らないようにしているんだ。
「今日もダニエルさん、取引の時に顔を出してくれたけど、前に確認した情報とあんまり変わりないかな。
まだ2か月だしね~。アイルグリスの方では徐々に香辛料の相場が下がって来ているみたいだけど、まだこちらの動きに気が付いている風ではないみたいね。
あちらの方では、在庫を溜め込んでいた商人が、何かの理由で在庫を放出したのでは、という感じのうわさは広がっているみたい。」
「まだ2か月だしね。私の方で売り出した造船用の木材は値を相場と釣り合わせて出しているから今のところ大きな動きはないわね。
あとエリスの担当の鉄素材の品は相場より少し下げているし質も良いから売り上げも好調ね。」
「相場を調整する為に、こっちも鉄を買っているんでしょう?こっちは鉄塊だけど。」
「まぁね。鉄はランシス国内でもかなり産出しているしね。国内の産業をつぶすわけにはいかないわ。ネットワーク上で売り払えばこちらで売るよりも利益出るし。」
「その辺のからくりが微妙なのよね。だってその気になれば態々こちらの世界の品をはさまなくてもネットワーク上で品物を右から左にやり取りするだけで儲かるんだもん。制限がかかってなければね。同じ鉄塊でも時代の進んだ世界から安く買い取って、時代の古い世界に売るだけでウハウハ。
うちらの世界の鉄塊って質は悪いし値は張るじゃない。でもネットワークでもっと古い時代のカトラリーに売れば高く売れて利益が出る。
儲かる取引はそれだけじゃないけどさ。
普通にそのもっと古い時代のカトラリーが進んだ文明のカトラリーから買えばもっと安く済むのにね。」
ネットワーク上だけの取引、確かにそういうやり方もあるし、そちらの方が簡単に儲かる。が、大抵のカトラリーはやらない。それは簡単な話でカトラリーにとっての利益、縁がネットワーク上の取引で右から左ではほとんど乗らないからだ。
まぁ、それが理由で彼女たちの取引ではその辺は制限をさせてもらっている。それと何故利益の最大化を図らず、態々比較的高くつく中途半端な時代の鉄塊を買うか、だけどそれも単に取引の主眼が金銭ではないから、である。
縁とは一方方向ではなく双方向、多方向なのだ。機械的に採取して精製した鉄塊を仕入れて自分の世界で売るのと、沢山の生命体がかかわり、時間と手間をかけて精製した鉄塊を売るのとでは、縁のかかり方も違う。
作り手に対しての縁も働く以上、質は時代が進んだ方の物が良くても、カトラリーとしての利益は古い時代の品の方が大きくなることが多い。まぁ、縁についての考え方やカトラリーの利益とかは何かと言う点はあんまり考えたくないものだからな。皆にはそこまでは説明できなかった。
説明を聞いたローズが暫く俺の顔をじっと見つめる。いや、ローズだけじゃないマリアもエリスもだ。
「そう……、なんか色々と難しい話があるのね。まぁ、細かい理由はどうあれ、ルールと使い方は理解しているから問題はないかな。」
「その辺の事は私達じゃよくわからないからね。アイクさんの許容範囲でやらせてもらうわね。」
「私は未だにネットワーク上での取引しかさせてもらえないし、深く考えるのは苦手ですから、その辺はどうでも良いかなーと。」
悲しそうな顔でエリスは言うが、ローズとマリアの表情は冷ややかだ。
「まぁさ、人は誰でも得手不得手があるからさ。得意分野で頑張ればいいのよ、ね。お祖母ちゃん。」
「はいはい、解っていますよ。ところでマリアはババロア、お好きですか?」
「当然!甘いものは正義よ。何々、作ってくれるの?」
「いいわね、手作りババロア。私もたまにプリンとか作ったりするけど、デザートは難しいのよね。」
また脱線しかける三人。時々こうやって会議すると三回に一回はこんな感じで脱線していって、いつの間にかアルコールが入り宴会になってしまう。
まぁ、脱線し盛り上がる会話にアルコールを投げ入れるのは大抵俺なんだけどな。
「おいおい、また話が脱線しかけているけど、大丈夫か。」
注意しながらエビ的な缶をローズに手渡す。まさに言動が一致しないという見本だな。マリアが無言で右手を出してカシスオレンジのカクテル缶を要求する。最初の女子会の際に気に入ったらしい。
エリスは横から「私は芋焼酎、お願いしますね。」と俺に言葉をかける。エリスのお酒の好みは意外と多方向に渡っていて、渋い選択が多い。
結局この日も会議は宴会に突入し、ルーフェスに移り住んでから何回目かのサバトが開かれることになった。
最初は悪夢だったけど、最近はどことなく楽しみにしている自分がいる。まだ前向きに考える事すら出来ないけど、不思議と彼女たちが提示するモラトリアムに甘えているのが心地よかった。
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