俺と悪役令嬢 7話

 「ハーレムって……。いや、正直なのはいいけど少しは取り繕った方が。まぁいいわ、それは置いときましょう。



 とても信じられないけど、どうやら本当の事みたいね。これって転生系の物語で言えば神様転生って事よね。」




 英雄とかハーレムとか更には160年の清い人生まで、勢いに任せて言わない方がいい事までも言ってしまったような気がするけど、気にしないことにする。また心の棚に永久保管する品物が出来てしまった。いつか棚卸するときが来るのだろうか。




 「そういう事になるな。まぁ俺が会ったあの神様が本当に神様なのかどうかまでは分からないけど、少なくとも俺に不思議な力を持たせて再度の人生をくれたのは間違いない。この120年、老化の兆しは見えんし、自分の体がどうなっているのかも本能的に分かる。今の俺は首を刎ねられたくらいじゃ死ぬこともない。」




 「やっぱり信じがたいという言葉しか出てこないわね。ただ、信じる材料はある訳ですし。



 少なくとも目の前で、何もない所からこの世界にあるはずも無い物を取り出して飲食しているんだもの。幻覚の類じゃないのは、おなかが膨れて酔いがまわっていることからも解るわ。




 と言う事は戦場での殆どあり得ない悪夢のような活躍も真実で、その悪夢の原動力はその神様にもらった魔法って事なのかしら。」




 「全部が全部魔法の力ってわけじゃないけどな。概ねその通りだと思う。まぁ、俺は自分じゃその戦場の幽鬼エイリークの話を詳しく聞いたことはないから、誇張されているのかどうかまでは知らんがな。」




 ふーんと相槌を打ちながら缶を傾けて何か考え事をしているローズ嬢。






 ローズ嬢の話によると戦場の幽鬼のうわさ話、というか既におとぎ話と化しているらしいが、その話の中ではエイリークはただ一騎にて敵陣を蹂躙し、攻城戦においては城門を吹き飛ばし、敵城にそのまま単騎掛けにて突入、途中馬を失いながらも遂には王を捕殺し王族をその守護騎士毎皆殺しにした化け物であるとの事。




 今でも攻め滅ぼされた王城が当時のまま遺棄されており、毎年その時期が来ると王城に血の海が溢れ、当時の王やその一族、騎士たちの怨嗟のうめき声やすすり泣きが聞こえてくるというオマケもついてくる。今ではその城は嘆きの城と呼ばれているらしい。




 最後のうめき声やすすり泣きなんてオマケの部分は置いといても、まぁ前半部分はおおむね事実であるから、それほど歪んで伝わっているわけではないらしい。途中馬を失ったとあるけど別に失ったわけではない。




 城内に突入後邪魔になったから降りただけで、攻城戦が終わった後に無事回収してその後も数年愛馬として活躍してもらっている。最後には事情があって死に別れてしまったが。




 …………あの日以来俺の好物に馬刺しが加わったのは内緒である。






 当時、俺が味方した国の王家は、目の前で繰り広げられた惨劇をただただ恐れ、ボロボロになった敵城に関わることも恐れたために、今でも当時の惨劇のまま放置されているらしいが、もう70年近く前の話だ。




 誰も手入れをしていないのなら今頃城は崩れて、雑草や雑木などに埋もれてしまい、当時の面影など跡形もないに違いない。




 そう彼女に確認したら、城そのものは遺棄されているが、全く手を入れないのも幽鬼に祟られるのではないかと恐れているらしく、その周辺の草刈りやら雑木などの伐採は定期的にされているらしいと教えられた。





 そういう態をとってその敵城跡地を観光地にしているのだと聞いて、人間の商魂のたくましさに呆れるやら関心するやら、一通り唸っていたら、ようやく彼女の考えが纏まったのか、飲み切った缶を脇にどけて俺に向き直る。




 「私は、私の盟友を助けたいのです。どうか私を助けてはいただけないでしょうか。」




 そう言うと彼女は似合わぬジャージ姿で奇麗なジャパニーズ土下座を決めてくれたのだった。




 とは言え、このままスムーズにかしこまり、というわけにもいかない。ただ働きは好きじゃないし、このまま巻き込まれたらメリットとデメリットがどうなるのか、最低でもそのあたりは把握したい。




 メリットは、彼女が報酬を提示するかどうかで色々と変わってくるけど、提示された報酬以外のメリットは……。仲良くなれるとか、かな。




 マリア嬢を助ける事が出来たとしてマリア嬢とも縁を結べる位だな。金銭は別にいらないし、欲しいものも特にない。




 かわってデメリットは、面倒くさい。ただひたすら面倒くさい。それならこんな厄介ごとにイベントがどうとか言って首を突っ込むなという話になるけど、あの時は自分でも不思議なくらいにテンションが上がってしまったからな。




 度々、こんな風にテンションを上げてトラブル起こしているような気がするけど、気にしないことにする。





 それ以外のデメリットは、特にないかな。面倒ごとが起きても今更だし、国と関わると数十年単位で面倒ごとを引きずるけど、この国に半世紀ばかり近づかなければいずれ問題はなくなる。物理的な障害は心の棚へ保管する出来事へと昇華されていくだろうことは疑いもない。




 万が一、ローズ嬢やマリア嬢が被害を受けるような事態になったところで心の棚の管理物件がいくつか増えるだけの事。世は全て事も無しだっけかな。と、なると後は提示される報酬次第という事になるか。




 結局俺が何かを考えたところで碌な結果はもたらされないって事だけははっきりした。自分じゃまともにメリットもデメリットも思いつかない。なんなのだろう、この腹の底から湧いてくる無力感。俺一人で考えても無駄だな。




 頭を下げたままの彼女に声をかける。




 「自称自警団を皆殺しにした件は置いておくとしても、そのマリア嬢を助けたとして、俺に何かメリットはあるんかな。」




 特に駆け引きのつもりもない、自分じゃ思いつかないから聞いているという類の問いかけだけども、おそらく彼女には別の意図をもった言葉に聞こえているはずだ。流石にそのくらいはわかる。




 「マリアが提供できるものはわからない。けど私からちゃんと報酬を渡すわ。」




 未だ土下座の姿勢のままの彼女。なるほど、土下座には相手に視線を合わせずに済むという利点もあるのだな、と思わされた。目は口程に物を言う。少なくとも今の状態では彼女の言葉以外に彼女を判断する材料がない。




 俺の真意は伝わらなかったが、少なくともただ働きにはならないようで結構なことだ。




 「……ふぅ……。報酬次第、かな。理解していると思うけど、俺にとって金銭はそれほど価値を持たない。今のところあんまり社会とかかわって生きているわけじゃないからな。」




 それでいてどういうわけか意外と金が溜まっていく。道中、どうでも良いいざこざにはよく巻き込まれるし、それなりに町に寄ることもある。その度に碌でもない理由で懐は温まり続ける。正直、この世界の物でほしいと思うようなものはあんまりない。時折いい酒に巡り合えるが、それ以外に使い道がないんだよな。食いもんも飲み物も、ネットワークから手に入れる方が質も量も遥かにいい。




 一所に留まる様な生き方をしていないし、町に長居もしないから、宿代に金を使うでもない。第一下手に宿に泊まるより、近代的なテントに清潔なベッドマットで寝たほうが快適だし、場所によっては宿泊用の簡易コテージ、プレハブなどの箱物を設置し空調を利かせてさらに快適に過ごすことも出来る。




 女も、まぁ160年守り続けたビンテージ物の清らかさを今更商売女でなくすつもりはない。




 ちょっと怖気づいているとか、実は女が怖いんじゃないかとか、そういう指摘はスルーさせていただく。人間、事実だとしても言っていい事と悪い事があるもんだ。




 結局、たまった金は神の端末としての役割を果たす為に使うくらいだな。




 ネットワークから適当な商品を仕入れ町にある商会に売りさばき、その町の特産品やら何やらを仕入れてネットワークに売りさばく。




 それだけでも金はどんどん溜まっていくし、積みあがっていく硬貨を見るのはなんとなく楽しかったりするので、そういう意味では全く価値がないわけじゃないけど。




 ゲームかなんかでスコアを上げていくような感覚が近いかもしれない。




 だけど仕事は仕事。個人的な頼まれ事で、スコア的な意味しかない金銭では働く気にはなれない。もっと俺の利益になる様な事でないと、受ける気にはなれない。




 とは言うものの正直、無報酬でも目と目を合わせてウルっと瞳に涙を貯められて涙ながらにお願いされたら、抵抗できるかどうか自信はない。俺の160年を舐めないでほしい。




 「報酬は、私が差し上げられる全てを。もちろん、ハーレム的な意味で受け取ってもらっても構わないわ。」




 土下座の状態から顔だけを起こし、じっと俺の目を貫くように見つめるローズ嬢にもろに動揺する俺。あぁ、余計なことを言わなければよかったと後悔するが同時に良くやった俺、と自分を褒める気持ちもあったりする。




 どう取り繕っても結局自分が屑である事を再度自覚させられて、内心悶絶していたら目を読まれたのか土下座を直して彼女が続ける。




 「多分、そこまで求めるつもりは無かったのかもしれないけど、遠慮する必要はないのよ。この報酬の提案、半分は報酬でもう半分は私の都合でもあるから。」




 あぁ、やっぱり彼女にこういう駆け引きで勝てる気がしない。




 「ローズ嬢の都合とは。」




 「今更嬢とか付けなくてもいいわよ。ローズって呼び捨てにしてくださるかしら。




 ま、ここまで拗れたからには私が元の鞘に戻れる可能性はほとんどないわ。陛下が戻られても実際にマリアが襲われた事実がある以上、それが誰の手によるものかは兎も角、王族が一度下した判決は簡単には覆せないでしょうし。




 明確に他の犯人の証拠があるのなら話は別ですけど。




 万一真犯人が判明して名誉が回復されても、王太子との婚約は当然解消されているでしょうし、今更やり直すことも難しい。王家と貴族との力関係は不安定なままになってしまいますが、私が断罪された事実と純潔が疑われる状況である以上、私を政略結婚には使えなくなりました。




 他に使える適当な駒が無い以上、おそらくは次の世代に期待して不安定なまま維持していく事になるでしょう。




 つまり、図らずとも私の当初の目的の半分は不完全ながら達成されたという事でもあります。」




 「不完全か。命は拾ったが両親の事、公爵家の名誉、そのあたりの事か。」




 そういうと同意してさらに続ける。




 「弟が私を護送していた時点では爵位の継承は行われていなかった。私とつなぎを取ってくれた者の話では両親とも王太子に抗議してくれているものの、相手にされていないようです。



 でも少なくともその時点では、公爵家で私以外の人的被害は出ていないと解釈できます。今後は解りませんけどね。




 マリアを助ける過程で可能なら真犯人を捕まえたい。私の冤罪を晴らす。そうなれば少なくとも両親の名誉は救えると思います。公爵家を改易することは貴族側の大きな反発を招くことになりますし、公爵家の存続、両親の命については問題ないかと。




 それでもこの後、どう決着がつくにせよ、私自身が家に残るのは難しいんですよ。




 始末のつけかたにもよりますけど、証拠の捏造の一件を考慮に入れてもおそらく公爵家は弟、レイモンドが継ぐことになります。




 王太子の意を受けてと周囲は受け取るでしょうし、事実そうでしょうから。せいぜいが、お家騒動に王太子の意が絡んだ、程度で流されると思います。厳重注意が関の山かな。私が生きて帰ればそこまで大ごとにはなりません。




 ただ、状況が状況なので私の純潔は疑われたままですし、そうなれば結婚することはできません。他家に嫁にいけぬとなれば公爵家に残る事になりますが、レイモンドが当主になれば公爵家にも私の居場所はなくなるでしょう。




 おそらくはその時点で結局修道院に入れられることになるかと。私の意思とは関係なく。」




 「ローズの目的は自分の命と両親の無事だよな。修道院に入れられるなら一応窮屈でも目的は達成している。修道院に手の者を入れているのなら、そこから抜け出すことも出来るだろうし、今、このまま逃げてしまうのも一つの手だ。」




 「私だけの事ならそれでもいいですわ。でも心をつないだマリアを見捨てる事は出来ないし、出来れば私も私なりの人生を、幸せを追求したいという思いもあるわ。




 マリアを助けに戻れば当然、一度は家に帰ることになります。




 レイモンドが家を継承するにしても、今回の一件のほとぼりが冷めてからになるでしょう。それは一体何年後の事か……。




 当然私も適齢期はとうに過ぎてしまうし、先の見通せない窮屈な暮らしから抜け出せるものなら抜け出したい。そう思ったのが今回の報酬を提示した理由の一つ。




 やっぱり今回の人生こそはちゃんと子供を産みたいですし。」




 少し顔を赤らめて僅かに視線を伏せるローズに不覚にも意識させられてしまった。察するに前世では我が子を抱けなかったなにがしかの理由があるのだろう。




 「それなら別に俺の女にならずとも、平民でもそれなりに裕福な家に嫁げばいいんじゃないかな。平民ならば其処まで純潔にこだわる事もないだろうし、公爵家の家格に見合った扱いをしてくれるだろう。少なくとも良い暮らしはできるだろうよ。」




 「そこよ、それなのよ。その良い暮らしよ。」




 我が意を得たりと、ローズ嬢はその表情に喜色をあふれさせると中身がなくなった銀色の缶を片手に持ち俺に突きつけるように前にだす。




 「その良い暮らしの中にコレは存在しているのかしら。」




 そういうと今度は別に分けておいたゴミの山からチョコレートの包装とレトルトの包を取り出して同じように俺に掲示する。




 「その暮らしにはエビ的なものも一番もチョコもカレーすら存在しないわ。最初からないものと諦めていた昨日までなら頭に浮かんですら来なかったでしょうけど、再び口にした瞬間から、もうこれらを手放すなんて考えたくないわね。」




 と、にっこり笑った後に残っていたチョコレートを一粒口に含み、んーっと小さく声を上げる。




 「つまりビールやチョコレートの為に身を売るって事か。」




 「ちょっと違うわね。報酬にかこつけてあんたを逃がさないって言っているのよ。」




 ローズの笑顔がまるで捕食者の笑顔に見えて一瞬怖気づく。あかん、これ食われるんじゃないか、という恐怖というか自分でも判別のつかない感情が腹の底からあふれてくるけど、彼女のほほえみから暫く目をそらす事が出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る