俺と悪役令嬢 6話



 ローズとしては王太子側の有責での婚約解消を目指し、自身の死の運命を回避する。ヒロイン、マリアとしては出来れば逆ハー攻略、最低でも王太子の攻略。そして王太子としては、おそらくローズの有責による婚約破棄もしくはローズを罪人として処断するための状況の構築。




 ここで疑問に思うのは何故マリアの思惑がおそらくではなく断定になっているのか。これは入学半年後にとある偶然で彼女の思惑が判明したことが原因だ。




 この手の悪役令嬢物ざまぁ返しにありがちな悪役令嬢が手を出してこない状況に焦りを覚えたマリア嬢が、なかなか進まないイベント状況にいら立ち、校舎裏で一人、愚痴っていたのを聞いてしまったのだ。その愚痴の内容からいくつかの事実が判明した。




 一つはマリア嬢が間違いなく転生者であった事。そしてもう一つは彼女が悪役令嬢のざまぁ返し物の小説や漫画のファンでもあった事。マリア嬢は自分がこのまま逆ハールートを進むことの危険性を認識し、断腸の思いで王太子ルート一本に進む決断をし、更にはその内容を独り言の形をとりローズにわざと聞かせたらしいのだ。




 マリア嬢もローズが転生者であることを疑い、探りを入れる意味で転生者でなければ理解できない単語を独り言にいくつも入れたようだ。




 自分の立ち位置から、自分が転生者であることはおそらくローズに悟られていると当たりをつけて、ローズの行動を予測が付きやすく誘導するためにあえて聞かせたとは後日のマリアの弁である。




 その日から必死で駆け引きを続ける王太子を尻目に、ローズとマリア嬢のざまぁ返し物のファン同士の必死の駆け引き。ざまぁ名人戦が始まったのだそうだ。




 王太子ルートならば悪役令嬢であるローズも王太子に惨殺されるルートや修道院に送られるルートの他に比較的穏便な公爵家での謹慎エンドもあるのだそうで、マリア嬢は言外にそのルートでの手打ちとそのルートへの追い込みを。




 ローズは返り討ちで王家有責の婚約解消、第2王子立太子を目指して、言葉に出来ない駆け引きを数年、学園卒業の数か月前まで笑顔の裏で激しい戦いを繰り広げていた。




 「女って恐ろしいな。」




 ついこの一言が出た俺を軽くにらんだ後に、彼女は続ける。




 本来、両者の間に入って右往左往するはずの王太子は表面上は兎も角、本質的には両者に相手にされていなかったらしい。一応、王太子もマリア側に立って彼なりに色々と駆け引きと裏工作を続けていたみたいだけど、既にお互いを好敵手として認めあっていたローズとマリア嬢にとってはいつの間にかどうでもいい存在になっていたようだ。




 王太子本人には気が付かれてはいなかったらしいが。




 結局、二人は申し合わせたように、あの日マリアが態と愚痴を聞かせた校舎裏で鉢合わせ、無言で握手を交わしていたらしい。両者曰く、千日手になったらしく、勝負無し。状況は僅かにローズ有利だったらしい。




 なんのこっちゃ。




 強敵と書いて友と読む。お互いを強敵と認めた二人は互いの腹の内を隠さずにみせあった。可能な限り言葉を交わさず目を合わせず、その上でお互いの腹の内を読み切って戦いを繰り広げていた二人にとって、この話し合いはいわば答え合わせのようなもので、死力を尽くした結果、お互いの心の壁も完全に破壊し、深く理解しあってすらいたとはローズの弁だ。




 マリア嬢にとってみれば、最低限、貧乏男爵の生活から抜け出し王太子の懐にあやかって裕福な暮らしが出来ればおおよそ満足であり、後は見目のいい男、つまり王太子と適当に愛をつむげれば満足であるとの事。




 一方、ローズにしてみれば今更王太子に男女の情があるわけではないが、第2王子に惚れているわけでもない。単に状況への対抗手段の一つとして第2王子を持ち出しただけであるから、王太子の廃嫡並びに第2王子の立太子にこだわるつもりはない。




 王太子妃として公務はローズが、王太子とローズの間は白い結婚を守り、側妃としてマリアが立つ。子供が生まれた後にマリアが王太子妃になり、ローズは王太子と離縁して命と両親の身の安全、並びに自身の純潔を守って家族で国外に脱出。その後好きな人生をおくるという、どう考えても実現困難な妥協案を二人で練り上げた。




 この根本的な解決を伴っていない妥協案がローズにどんな利点があるのかが今一よくわからん。描いた図面そのままに上手くいくのなら兎も角、ちょっと考えただけでもいくつか高いハードルがある上に脱出後のプランも必要だろう。



 他国の元王太子妃なんて存在、政治的に利用しようとすればいくらでも利用できるだろうし、下手をすれば命がいくつあっても足りない。





 ローズにそのあたりの事を聞くと、妥協案を打ち合わせている時点で既に駆け引きに時間を使い過ぎて、このままだと王太子と実態も含めて結婚せざるを得なくなりそうであったし、マリアを諦めきれない王太子が暴走してローズを物理的に排除する可能性もあったらしく、とりあえずの打開策としての妥協案との事。早い話が次の策に移る為の時間稼ぎだな。




 当然、その妥協案のままじゃ離婚後の門閥貴族側の抑えがどうにもならない。必要なのはローズと第1でも第2でもいいが、王太子の血を引いた子供なわけであるし。




 だけど二人はそのあたりも何とかすべく協力体制を取ることを約束し、ようやく明るい未来が見え始めた矢先、乙女ゲームの展開にあったようなマリアが襲われるイベントが発生し、マリアが意識不明の重体に陥った。




 「言っておくけど、私の仕業じゃないわよ。これは私の誇りをかけて誓えるわ。」




 誇りなんかは証拠にはならない、と秒速で突っ込みを入れる寸前で思いとどまる。この時点でまぜっかえしても不興を買うだけで何の意味もない。




 この事態に王太子は暴走。ここ数日マリア嬢とローズがこそこそと密会をしていたことを突き止めていた王太子は、何処をどう考えて結論を出したのか、ローズがマリア嬢襲撃の黒幕に違いないとの結論を出し、王が不在であったのをいいことにローズを断罪。




 すでに家族として仲が冷えていたローズの弟、レイモンドがこれを契機にローズを排除する為にマリア嬢襲撃のありもしない証拠を捏造し、ローズを拘束、監禁した。行動が一切取れずマリア嬢の安否すら満足に確認できなくなったローズは、そのまま辺境の修道院に送られる事となりこの事件が起きた。




 因みにゲームでは戦場の幽鬼、エイリークが護送隊を襲って皆殺しにしたというエピソードがあるそうで、その話から俺の正体にあたりを付けたらしい。




 「一応、ここに送られる前に辛うじて私の手の者と接触できたわ。短いやり取りで細かい事は確認できなかったけど。マリアは何とか一命をとりとめたけど、意識が未だ戻らないって報告は受けていたのよ。




 辺境の修道院に送られる可能性については以前から承知していたもの。あちらにも私の手は入れてあるから、いつでも簡単に脱出できるし、できるだけ早く修道院についてから体勢を立て直そうと思っていたのだけどもあんなことになっちゃって。」




 なるほど、予定外の襲撃で護送中の死亡エンド成立だと思ったからローズはあそこまでおびえていたわけだ。




 「いえ、そうじゃなくてもあの惨劇を目の当たりにしておびえずに済む人がどれほどいるのかしら。あの数舜で人間が紙切れやゴミ屑のようにちぎれ飛んで、気が付いたらどこもかしこも血まみれの臓物まみれ。私自身血の海に囲まれて、その上目撃者は放っておけない、ですもの。普通に死を覚悟するわよ。」




 「あぁ、その件については申し訳ないが、状況もよくわかっていなかったしな。まぁ、それならば首を突っ込むなという話なんだが、今更なかったことにして、さようならって訳にもいくまい。いや、それでいいならそうするんだが。割と、かなり、本気で。」




 本音をポロリと漏らしてみたけど、彼女はクスリと笑って流してしまった。




 「それで、私の事情は全部話したわ。今後の私の予定は私一人では決められないみたいだし、次はあなたの話を聞かせてくれない?」




 どうぞご自由に予定とやらをキメてとっとと旅立ってほしいという本音と、こいつは不幸な事故の目撃者だという事情。運命的なイベントだと喜んで自分から首を突っ込んでおいて面倒くさい女は嫌だという割と最低な本音と、もしかしたらいい思いが出来るかもしれないという不埒な妄想が代わる代わる頭を流れていく。






 事ここに至って、何本目になるかわからない500を飲み切って少々座った目になっている彼女からのお願いを拒否する理由は特にない。ちょっと怖いし。




 話したところで信じるかどうかわからんが、彼女の経験から俺の話も頭ごなしには否定しないだろう。ここまで腹を割って話してくれた意気に感じ俺も前世から今に至る大体の概要を説明し始める。




 途中、能力についても質問があったが、隠す気も無ければ目の前の自称策士を相手に隠し通せる自信もない。所詮記憶力と思考速度が早いだけの凡人の頭脳の持ち主である俺が、目の前の才気あふれる公爵令嬢に頭脳戦で太刀打ちできるはずがないのだ。




 あらかた話し終わったのち俺も手に持ったビールを飲み干した。



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