俺と悪役令嬢 5話

 双方無言の中、焚火の弾ける音が響く。この問答で確実に分かったことが一つある。彼女の言が妄想の類じゃないとしたら、だけど。




 乙女ゲーム、悪役令嬢と言えば婚約破棄や王子、王族、高位貴族といった「夢見がちな女の子」が喜びそうな要素がたっぷり詰まっているのが相場だ。逆にギャルゲーにはリビドーを拗らせた野郎どもの妄想がたっぷり詰まってやがるからどっちもどっちだが……、今現在も含めてギャルゲー含めたサブカルチャーに色々と大いにお世話になっている俺に何かを言える資格はない。




 資格云々は置いておいて、ポイントは高位の権力者という所だ。つまり俺は、どうもかなり面倒くさい厄介ごとに首を突っ込んだどころか、更に事態をややこしく、デンジャラスにしてしまったらしい。




 先行きに対するそこはかとない不安に、深くため息をついて俺も5本目の一番の500を開けて心を癒す作業に移る。出来ればこの先の話を聞かないで呑んで寝たいんだけど、駄目だろうなぁ。





 「私が前世の記憶を思い出したのは4歳の頃よ。この世界が私のやりこんでいた乙女ゲームの世界だってことは直ぐに気が付いたわ。ゲームの名前は「あなただけに抱かれたい」って18禁のゲームよ。」




 駄目らしい。仕方ないし逃げられなくもないけど、とりあえず酒の肴として黙ってうなずき話の続きを促す。別に18禁のゲームってところに気が惹かれた訳ではない。




 「気が付いた理由は割愛するわね。話の本筋とは関係ないから。ただまぁ、簡単に言うとこの世界の自分の記憶が消えたわけじゃなかったから。自分の名前と家名、そして見覚えのあるスチルに似た光景がきっかけになったかな。」




 割愛されてないやん、という至極真っ当な突込みは自粛する。






 話を聞いている最中にネットワークから乙女ゲームの「あなただけに抱かれたい」を検索してとりあえずハードとソフトを確保しておく。同名のゲームがかなりの数があったので、これが彼女の知っている乙女ゲームと同じものかどうかはわからないがこの世界の特徴、彼女の家名と名前と愛称。その他いくつかの条件で絞り込んでいるから確度は高いはず。ついでそのゲームについての情報を確認する。




 彼女の話を聞きながら、同時にいくつもの作業をこなす事が出来るのも、魂の改造の恩恵だ。粗方ゲーム情報の確認を終えた後、この世界が乙女ゲームの世界である旨、ネットワークに情報を上げておく。こういう努力の積み重ねが他の端末がこの世界に送り込まれた時の助けになるのだ。




 最初からこの世界の特性がわかっていれば物語開始120年前に転生するのではなく主要キャラクターの年齢に合わせて転生することも出来るようになる。このゲームの世界に転生を希望する端末にとってみれば何にも替え難い情報だろう。




 俺も機会があればこの世界の主要キャラクターに再度転生して18禁の世界を楽しむという手もある。




 世界は外から見れば、言ってしまえば始まりから現在、未来、終末までのすべてが詰まった映像ディスクのようなものだ。異物が入り込んだ時点で変異し、別のディスクが作られるがもとのディスクがなくなるわけではない。




 気に入った世界があれば何度でも変位前の元の世界に入り込み、様々な立場でその世界を楽しむことも出来る。まぁ、色々と制限が付いたり思いもよらない変位が起きたりで、面倒が全くないわけではないのだけど。何より短い期間での転生はコストの面や転生による消耗からの回復が間に合わない事もあり、中々できる事ではないらしい。




転生一回目の俺には想像もつかないけど。








 色々と考えを巡らせている間にも彼女の話は続いている。興奮するでもなくアルコールに飲まれているでもなく淡々と。時折ビールを口に運び束の間の休止をはさみながら、ただ淡々と。




 彼女の話を要約すると、この乙女ゲームは悪役令嬢である彼女がどの攻略ルートでも王太子に殺されるか、辺境の修道院に送られる、もしくは犯罪者として処刑される。辺境の醜悪な年寄り変人貴族の後添えとして嫁がされると、碌でもない末路をたどることが約束された作品だそうで、例えヒロインの攻略が失敗し、バッドエンドを迎えても、悪役令嬢は辺境の修道院に送られる最中に襲われて儚い命を散らすという流れになるらしい。




 とあるルートを攻略成功した際には修道院に無事送られるのに、バッドエンドだと修道院に送られる途中で命を落とす。微妙に納得いかないが、そのルートがローズの弟さんのルートという事で納得できた。




 おそらく弟さんの攻略ルートの場合ローズを辺境に送る責任者が弟さんではなく別人なのだろう。外見はイケメンである弟さん、レイモンドだっけ?まぁ、弟さんでいいや。その弟さんは外見はイケてても中身は残念だったのだろう。20人以上の山賊もどきに状況を把握せずに突撃をかまして、結局護送対象者を置いて逃げ帰るのだから。




 弟さんが護送する際には失敗し、別人が担当する際には無事送り届ける事が出来たというわけだ。




 ここまでの話を統合するとヒロインは攻略に失敗しバッドエンドを迎えたという事になるが、そういう事なのか確認してみるとある意味でそうだという返事が返ってきた。




 「ヒロインは男爵令嬢で名前はマリア。ベタな名前なのはゲームではヒロインの名前を変更する事が出来たからですわね。制作陣はヒロインの名前には特にこだわってはいなかったようですね。




 最初は私も殿下の婚約者にならなければ問題は解決すると考えておりましたの。



 でも私と殿下の婚約は完全な政略結婚で私が産まれた時点で結ばれたもの。到底婚約回避などできるような状況ではありませんでしたわ。




 その次は婚約解消に話を持っていきたかったのですが、当時の国情を鑑みると公爵家と次代の王との婚約は力のある貴族を押さえつけ国を安定させる為にはどうしても必要で、個人の感情如何で解消できるようなものではありませんでした。」




 そういうと手持ちのビールは飲み切ってしまったらしく、手に持っていた500の缶を地面に置いた。一度話を区切ると、少し席を外したいと申し出てきたので色々と察して了承し、無言で女性用のお泊りセット下着込みの袋を渡してやる。サイズはなんとなくの目測だが基本はフリーサイズのものだから、着心地は兎も角着替えはできるだろう。




 ついでに動きやすい服も一纏めに渡してやる。下着のセットを目にとめたローズは一瞬剣呑な視線を送ってはきたが、その後気まずそうにしてそそくさと少し離れた茂みの方へ小走りに消えていった。




 それにしてもやっぱりバルフォルム公爵家のご令嬢さんだったか。厄介ごとの桁が跳ねたな。乙女ゲーム、悪役令嬢、婚約破棄、公爵家、王太子。一つ一つの役が一翻じゃ収まらないな。下手したらこの時点で数え役満でもおかしくない。というか、乙女ゲームだけで役満なのかもしれないけど。あぁ、いや、厄満の間違いか。




 内心で頭を抱えていたら、ジャージ姿の金髪縦ロールというこの世界はもちろん、元の世界でも滅多にお目にかかることの無い格好になったローズが帰ってきて無言で右手を出してくる。




 察した俺は逆らうことなくエビと一番の500を一本ずつ渡してやると小さい声で、「ありがと」と呟いていそいそと自分の位置に戻った




 それにしてもローズは随分と酒に強いらしく、既にビールを何リットル飲んだのかわからない位だけど酔ったようなそぶりは一切見せていない。




 「ジャージなんて本当に前世ぶりよ。ビールもカレーもチョコもだけど。」




 懐かしいジャージの着心地を確かめるかのようにしばらくは体の彼方此方を撫でて様子を確認していたが、一通り満足したらしくまた小気味のいいプルタブの音を響かせて次の缶に口をつけ、一息ついてから話を再開する。




 結局、公爵家からの婚約の解消を断念したローズは次善の策として、悪役令嬢にならない道を模索することになる。つまりは婚約者として問題がない程度に王子との関係を育み、尚且つ何時でも婚約解消できるように半歩距離を置いていたのだ。




 王子が順当に立太子を終え、婚約者であるローズも王妃教育が始まる。元々のローズとしての才能もさることながら人生2度目である事もいい具合に作用したのか、特に問題なく王妃教育をこなしていく内に、彼女の評判も上がり周囲もこれで王家は安泰だという認識が広がり始める。




 ゲームでの王太子との不仲の原因、できる女にコンプレックスを持つ王太子という図式が成り立ち始めたころ、とうとう乙女ゲームの始まりの地、王立学園への入学の時期がやってきてしまった。




 王妃教育に手を抜くわけにはいかなかった。手を抜けるような環境ではなかったし、公爵家側の過失による婚約解消にするわけにもいかない。




 後に裏切られることになる弟、レイモンドに対しては兎も角、彼女をここまで慈しみ愛してくれた父と母は悲しませたくなかったから。




 運命の強制力か、それとも運命への介入をあきらめてしまったローズが迎えるべき必然か、無事に王太子と男爵令嬢は入学式で運命の出会いをしてしまい、徐々にひかれあう事になる。




 ローズにとっての最悪はヒロインであるマリアが堂々と逆ハーレムルートへ突き進んでいったことにある。逆ハールートの結末は悪役令嬢であるローズが王太子に切り殺されるルートだ。当然死にたくないのは当たり前だが、王太子にその手で殺される事態になれば実家の公爵家、両親がどう巻き込まれるのか想像もつかない。




 ゲームでも逆ハーの際は弟のレイモンドが爵位を継いでハーレムメンバーとしてヒロインに侍る位にしか表現されてなく、両親がどうなったかは語られていない。




 悪役令嬢を演じないだけではない。何とか逆ハーを断念させる必要がある。その日からローズの孤独な戦いが始まった。最初から王太子に対しての愛情など欠片もない。こちらからマリア嬢へ積極的に干渉するつもりは最初からないが、逆ハーはエンディング的に困る。だから悪役令嬢にならなければ、それで良いというわけでもない。簡単にはいかないのだ。




 王太子側も簡単に婚約破棄をたたきつける訳にはいかない事情がある。王太子がマリア嬢と思いを遂げるためには、公爵家もしくはローズの有責による婚約破棄か解消になる必要があるのだ。




 王族と有力な門閥貴族同士の派閥間の微妙な力の綱引きの結果結ばれた婚約であることは王太子も理解している。王族側の過失を認める事は王族の立場を弱くする。結果門閥貴族同士が結束して王家を責める可能性が高い。どうあっても王家側の有責を認める事は出来ない。




 公爵家側の過失を確立できずにローズとの婚約が破綻すれば自分が廃嫡され弟王子がローズと婚約し王太子となるであろう事は重々承知している。




 入学後3か月もしないうちにローズとヒロイン、そして王太子の巧妙な駆け引きが始まった。

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