俺と悪役令嬢 4話



 俺が転生者だという確信はとうにしていただろうけど、おそらくこのビールのオーダーは俺がどういう立場での転生かの確認も含んでいるのだろう。




 それでも、この状況でおびえながらでも追加のおねだりをする辺り、前世じゃ大した呑んべぇだったんだろうな。ビールは比較的アルコール濃度が低いとはいえ、もう少しで一リットル飲み干そうとしている。




 俺もエビ的なやつを出して無言で盃を進める。その内にレトルトが温まりお嬢様が十数年ぶりのカレーライスを堪能している間に、コンビニなんかでよく売られているつまみをいくつかと追加のビールを数種類、出しておく。この調子だと多分ビール数本では終わらんだろうなという予想と、久しぶりに同郷人と飲む酒にどこか心を弾ませながら。




 アルコールがある程度入れば口も軽くなるだろうし、色々と相互理解も進むだろうという下心もある。




 だが、珍しく男性が女性に対して持つ一般的な下心は、今のところ一切ない。俺自身、彼女の出自に少なからず動揺しているのだ。とりあえず、いつもの早合点で失敗するわけにはいかない。俺にとっても一度、間を入れておきたい。彼女から話始めるのを待つことにして、のんびりと盃を進める。




 カレーライスを上品に食べ終わった彼女は、追加で出されたおつまみとビールを手に取って黙って飲み始める。無言の二人の間には先ほどから焚火の弾ける音とビールを開ける音、飲む音が聞こえてくるだけで、静まり返っていた。




 「水分が残っていたか。乾燥の魔術が不十分だったかな。」




 焚火の弾ける音についそんな言葉が漏れる。昔従軍していた際に焚火の音一つに神経をとがらせていた時を思い出してついそんな言葉が出た。




 その言葉がきっかけになったのか彼女が不意にこちらを向き相互理解の面談がようやく始まる。




 「理由や結果がどうあれ、貴方は私を救ってくださったのですわよね。まずはお礼を言わせていただきますわ。あなたの献身と善意に感謝を。」




 と、立ち上がり頭を下げる。




 「あぁ、あんまり気にすんな、てか気にすんな。なんか色々とやらかしちまったみたいだしな。とりあえずその辺は置いておこうや。」




 「しかし、あのまま状況が推移すれば、あの者達が比較的善意の集団であったとしても私の先には幸運とは言い難い運命が待っていた事でしょう。少なくとも現在無傷で焚火にあたり、こうして懐かしい物を口にして人心地をつける事が出来た。あの者たちには申し訳ありませんが、それだけでも十分に礼を尽くす必要がありますわ。繰り返しになりますが、本当にありがとうございました。」




 「わかった、その辺にしておいてくれ、もう十分だ。」




 返事をしながら目をそらした俺はごまかすように追加のビールの口を開ける。何度聞いても小気味良いプシッという音に少々緊張していた心が解される。瓶ビールの開栓の音も堪らないけどな。目の前の金髪縦ロールも再び座り込み新しいビールを同じように音を立てて開け、少しだけ笑って飲み始める。一口飲むと続けた。




 「そういえば自己紹介がまだでしたわよね。私の事は、そうですねよろしければローズとお呼びください。」




 「あ、あぁ。そうか、名前だな。俺は周りの連中によくエイリークって呼ばれていた。まぁあだ名みたいなもんだ。親に着けてもらった名前はアイク。」




 「エイリーク……。やっぱり、戦場の幽鬼エイリーク。でもあれは少なくとも70年以上前から続いている話のはず。こんなに若いわけないわよね。そうすると同名の別人か子孫の方かしら。」




 「何のことだかわからんが、少なくとも80年近く戦働きを続けているからな。もしかしたらどこかで噂位は流れているかもしれん。」




 何やら中二病ネームをつけて俺の名前を呼んでいる彼女を見て、いたたまれなくなった俺はつい、提供する必要のない情報を自ら明かす。彼女は胡乱な目で俺を見る。




 「はて、どう見てもそのような高齢者には見えませんわ。その言葉が本当なら貴方は現在100歳近いということになりますけど、どう見ても30歳未満、素直に見たら20歳前後にしか見えません。」




 「正確には今年で120歳って事になるがまぁ、色々と事情があるんだよ。信じる必要はないし、信じてもらいたいとも思ってないから、この話はこれでおいておこうか。……、第一信じたところで意味無いしな。」




 最後のところはボソッと、聞こえるかどうかの声だったけど、彼女にはちゃんと届いたようで、訝しげに顔を傾けた後、とりあえずは後回しにするつもりなのか500の缶に口をつけて傾ける。確かもう四本目に入っているけど、かなりペース速いなっと。トイレとか大丈夫か?いや、そんな事を考えるから変態扱いされるんだよな、と思い直して俺も残りのビールに口をつける。




 信じてもらったところで意味はない。確認のしようもないし、記録と付き合わせたところでそれが俺の事だと証明する術はない。戦場の幽鬼である事を証明しても何の利益はないし、面倒ごとが増えるだけだ。わかってくれる人はいないし、いらない。聞かれたから答えた。あとは知らん。




 彼女はしばらく缶に口をつけたり離したりをしながらブツブツと呟いている。漏れ聞こえる単語はチートだの神様だのの言葉が中心だが、時折魔術だの不老羨ましいという単語も漏れてくる。どうやら信じる方向で思考が進んでいるようだが……。




 やがて考えが纏まったのか、あるいは考える事を放棄したのか。爛々とした目で缶ビールと御摘みの攻略を再開した。




 既に二リットル近く飲んでいる割には酔ったようには見えないローズは、御摘みの山をガサガサと崩してチョコレートとかないのかしら、とつぶやきながら4本目を空にして5本目を開け始める。お腹タプタプにならないのかな?



 しばらく探し続けた後、目当てのものを探し当てて嬉しそうに口に放り込んでいる。ビールとチョコレートねぇ、御摘みに出したのは俺だけど、合わないんじゃないかな。それぞれの好みだけどさ。




 「ペース早かねぇか?500缶だぜ?どんだけ酒強えぇんだよ。」 




 半眼、いわゆるチベスナ顔で彼女を見ていると、何やら咳払いをしたのちに誤魔化すように話を続ける。




 「まあ、幽鬼の件は今は置いときましょう。それよりもお互いの認識をすり合わせておきたいのだけれどもよろしいかしら。」




 「ふん、お互い自己紹介をやり直すか?俺の元の名前は小林晶。お前さんは?」




 「ふぅ……橋本恵美。いいわ、やり直しましょうか。こっちでの名前はローゼリア・エル・ルーデリット・バルフォルム。ローズは愛称よ。」




 その家名に聞き覚えはあったが、とりあえず気にせずに話を先に進める。




 「んで、その金髪縦ロールのローズちゃんは、何でこんなところで弟君に見捨てられて置いてけぼりを食らっていたんだい。あのイケメン金髪君は嬢ちゃんの弟なんだろう?そんなことを言っていたしな。」




 「私の方も色々と事情があるのよ。別に話せないわけじゃないのですけど、一度に説明するには少し事情が複雑ですのよ。」




 そう話すと、少し思案したのだろうか、視線が上を向く。やがて考えが纏まったか俺の目を見つめながら話を再開する。




 「乙女ゲームってご存知かしら?端的に言えば私はその乙女ゲームの悪役令嬢に転生して無様にもざまぁ返しに失敗したのよ。」




 なるほど、オタクの知識が下地にあればこれほど端的でわかりやすい現状の説明はない。だが、恵美嬢はどうして俺がそっち側の人間だと看破したのか。まさか顔と体型で中身まで見抜いたとかじゃあるまいな。まぁ、一先ずそこは置いておくとしても、あんまりと言えばあんまりな内容に暫時返答できずに、ただ彼女の目を見つめ返していた。



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