俺と悪役令嬢 3話

 街道からかなり奥に入った先、人の手があまり入っていない森の中。数年前に雷でも落ちて周囲一帯が燃えたのか、不自然に開けた一角を見つけた俺は、いつの間にか気を失っておとなしくなっていた金髪縦ロールを、とりあえず動けないように拘束したのちに敷物の上に転がせておく。




 自慢の六角棍を一振りし、その辺の大きめな木を粉砕して倒すと魔法で乾燥させて薪を作る。手早く薪を組んで高火力の魔法で一気に着火し、焚火を起こす。とりあえず野営の準備の為にアイテムボックスやストレージ等と呼ばれる亜空間収納術で必要となる機材や食料、飲み物などを取り出した。




 野営で色々と面倒な料理なんかしたくは無いし今日は疲れた。用意したのはこの世界には本来存在しない湯煎すれば食べられるレトルトのパック数種と、落ち込んだ心に活を入れてくれる麦から作られるアルコール飲料、つまりキンキンに冷えた銀色の缶のドライな奴とか一番に絞った奴だ。




 どうせこの世界の奴らがこれを見たところで何だかわかるまい。未だ気を失ったように見えるお嬢さんをほおっておいて、プシッと心に響く音を鳴らすと思わず喉がなる。なんとなく音が二重に聞こえた気もするが色々な意味で気のせいのはずだ。




 とりあえず銀色の500mlを一気に一本あおってそのまま星が瞬き始めた空を眺める。




 この世界には魔法はない。もしくは魔法が認知されていないだけなのかもしれないけど、この120年、俺以外に魔法を使うやつを見た事も無いし魔力を運用している奴も見た事はない。ついでに魔力を持っている奴も。




 ネットワークで仕入れた情報では、この世界の生物には魔力を持ったものは存在せず、魔法やそれに類する能力は存在しないはずだ。ふむ……、ネットワークについて説明がいるな。




 神様が俺にくれた最低限の能力とは、俺と同じような境遇の奴、神様の端末になった奴同士で世界を跨いで情報や品物をやり取りできる能力と先ほど使用した亜空間収容術、いわゆるアイテムボックスとか言われている能力だ。あとは最低限の魔力の運用法と簡単な魔法、術を100ちょっと。簡単な魔法とはいえ魔法自体が存在しない世界だと十分に脅威となるみたいだが。




 最初はネットワークと呼ばれる、ただ品物のやり取りや連絡が取れる程度の能力なんかよりも、もっと強力な術を使えるようにしてもらった方がいいんじゃないかと思った。しかし、このネットワークが思いのほか使える。




 まずネットワークに参加している神様の端末の人たち、この人たちは自称カトラリーとか死神とか言っているみたいだけど、この人数が馬鹿みたいに多い。




 ネットワーク使用時に心の中にPC画面のように作業用ウインドウが出てきたりするのだけど、その画面上には参加人数のカウントは載っていない。ただネットワーク参加者の暇な誰かが何百年という時間をかけてカウントを続けてみたところ、少なくとも日本語での数の最大である無量大数をゆうに超える人数がこのネットワークに参加している事が判明した。




 神の端末になれる人材は貴重なんじゃなかったのか?と思わなくもないが、その分母の数、つまり神様の数や世界の数が無限に近く増殖を繰り返しているので、絶対数としてはとてつもない数の端末が存在しているが、全体の割合でみると端末の存在は本当に希少なものになるらしい。だがありがたみが薄れたのは間違いない。




 ネットワークを利用すれば、その無数の端末同士で情報や物資のやり取りが行える。石器時代に転生した者も、このネットワークを利用すれば快適な現代風住宅を建て、エアコンの効いた部屋でゲームしながらコーラを飲んでポテチを食べるという、令和日本式ぐーたら生活を展開することも出来る。もしくは令和日本に住みつつ、数万年先の技術の恩恵にあずかったり、自分が発明者として進んだ技術を発表し特許生活を送ったりする事だって可能だ。




 そしてこのネットワークのもう一つの凄みは物資を手に入れる為の対価はその気になればほぼゼロでも問題ないという事だ。




 このネットワークを通じた取引はもちろん商取引の側面もあるが、端末たちの事情による取引、つまり縁を無数の世界にばら撒くという目的もあるのだ。端末になった者たちの役割、「神様が生きる為の道具」を果たす方法はいくつかあるが、そのうちの一つ。自分という存在に縁づいた情報を含めた様々なものを彼方此方にばら撒く、というものがある。




 そのための手段の一つとしてネットワークは使われることが多く、通常の商取引ではありえない内容の取引が大量にある等価取引の中に紛れて普通に掲示されていたりする。




 例えば石ころ一つと金10トンの取引とか、金貨一枚と同じ世界の金貨1万枚と交換とか。普通に考えれば損しかしないような内容でも、自分が存在していない世界へ自分と縁づいたものを送り込むという行為は神様の端末として十分な利益につながる。




 大量の物資を提供する側からすれば、進んだ技術の恩恵を得て、自動操作で適当な惑星を丸ごと解体し物資を確保しているらしく、大した労力でもないのだそうだ。




 端末歴120年程度の俺にはその辺の事はよくわからんが、せっかく用意されているシステムである事だし、相手も望んでいる取引なので遠慮せずに存分に利用させていただいている。




 件の魔力強化された鋼の六角棍も、そして今かっ食らっているこの銀色の缶やレトルト食品もこのネットワークを通じて手に入れている。




 故郷でやっていたあんまり真っ当とは言えない稼ぎは、このネットワークに依存したものだったので、当時俺の周囲の人たちは俺がどうやって仕入れしているのか、どうやって稼いでいるのかわからなかったんだろうな。




 もう一本の500を半分呷ってから思いふける。そんなんだから真っ当な筋のお見合い話はこなかったのだろう。俺の所にくる話は、大体筋ものの娘とか、あまり良い噂を聞かない商会の番頭の娘とかばかりだった。




 「それで、もう狸寝入りはやめたのかい。金髪縦ロールのお嬢さん。」




 いつの間に寝入っている振りをやめたのか、金髪さんが俺の方を凝視していた。と、いうか俺の右手に握られている銀色の奴に見入っているようだ。なんとなく缶を右に左に動かしてみると金髪さんの視線も顔ごと左右してついてくる。




 面白いのでそのまま投げてみようかなんて思ったりもしたがまだ半分残っている。もったいないお化けに呪われるのはご免被るので、おとなしく残り半分を飲み干す。




 金髪縦ロールの口からあぁ~と何やら声が漏れていたが、とりあえず無視して飲み切り、缶を置く。




 「ふん、どうやらこれが何かわかっているみたいだな。そうするとさっきの喉鳴りは気のせいじゃなかったってわけかい。中身は見た目通りじゃねぇって事なのかな。」




 俺の言葉に金髪縦ロールは缶から俺に視線を戻して、恐る恐る、しかししっかりと俺の目を見つめ値踏みし始める。まぁ、好きにさせて俺はさっさと腹ごしらえを済ませよう。温め終わったレトルトのカレーとライスを手際よく器にあけて、さっそく食べ始める。




 「あぁ~、うそ、ねぇ何でこんな。え、これは夢でも見ているのかしら。え!?どういう事?」




 何やら盛大に混乱しているが、拘束されたままなのでまるで芋虫が蠢いているようだ。間違いない、確定でこいつも転生者だなとあたりをつけるが、とりあえず自分の腹を満たす方が先だ。無慈悲ではあるが一人で勝手に混乱している金髪をとりあえずスルーすると手早くカレーを片付ける。




 金髪縦ロールは物欲しそうな目であー、とかえーとか声を出しながら芋虫ごっこを楽しんでいるようでまぁ、何よりだ。少し涙目になっているような気もするが。




 通常、というかよほどのことが無い限り、同じ世界に二人も端末が送られてくることはない。一つの端末がその世界に送られてくる際、元々の状態を維持しようと復元力が働き、世界は元の世界と異物が入り込み変異した世界の二つに分かれる。その際にもう一度変位した世界に端末を送り込むとさらに世界が分裂するが、異分子である神の端末は分裂したもう片方の世界には複製されずに消えてしまう。これは世界が分裂によって複製され増えても、特殊な事情(魂の力等)をもつ異分子までは複製できない事が原因だ。




 これを回避する方法はなくはないが、コストが莫大だったり、特別な能力が必要だったり、大きなデメリットが発生したりする為に通常行わない。




 つまり目の前の不確定名「転生者金髪縦ロール」は俺のような神意的な転生者とは違う、天然物の転生者という事になる。ネットワークに書かれている基本知識では、こういう事態は間々あるにはあるのだが、そうそうお目にかかれるものではないらしい。




 端末生活一発目、初めての転生でレアをゲットする俺の業運、やはり俺は何かを持っているんだろうな。一人勝手に納得して手早くネットワークに事例報告を上げてから食後の500をもう一本開けようとすると、混乱から立ち直ったらしいお嬢様から苦情を頂戴することとなった。




 「ねぇ、貴方、この縄外してくださらない?逃げたり抵抗したりするつもりはありませんから。」




 「それは別に構わんが、万が一逃げたら悲惨なことになるぞ?」




 主に俺がな。流石に完全に罪が無いとわかっているお嬢様を証拠隠滅の為に首ちょんぱするつもりはない。出来て一時的な誘拐までだな。彼女自身にも色々と事情がありそうだし。俺の心の声までは聞こえなかったのだろう。ひぃっと小さく呻いた後。




 「え、ええ、お約束いたしますわ。」




 まだおびえている彼女に出来るだけ触れないように縄をほどいて解放してやる。縛られていた手足をさすって様子を見た後に彼女は此方に体全体で振り向き、怯えを含んだ目でそれでも勇気を振り絞って話しかけてきた。




 「そのドライ、私にも一本いただけないかしら。それともし余分にあるのならカレーライスも、いただけると嬉しいのですけれど。」




 俺は何も言わずに500の奴を彼女に手渡すと彼女も何も言わず目礼だけしてプシッっと小気味良い音を立てた後、3分の1ほど一度に呷って、ふぅとため息をつく。無言でレトルトのカレーとライスの湯煎を始める俺をみて再度目礼をしたのち残りのドライに口をつけ、しばし無言の時間が過ぎてゆく。




 色々と聞きたいこともあるんだろう。確認したいこともあるのかもしれない。




 だが、彼女が転生者だとすれば少なくとも十数年ぶりの銀色の缶とカレーライスだ。心の中でどういう葛藤があったのかわからんが、現状他の事を全部うやむやにして取り合えずドライとカレーを確保することを優先したようである。




 彼女は結構いい性格をしている。あれだけ俺に対して恐怖で震えていた割には芯が強い。もしかしなくても俺と同類の匂いがするが、俺の勘は当てにならん。俺の早合点はもはや罪ですらあるからな。本来の意味で。




 中々のペースで一本開けてしまった彼女は物欲しそうに俺の顔を見つめるが、流石にお替りとは言いづらいのか、直ぐには話しかけようとしない。割と慎み深い所もあるのかなと思った瞬間。




 「ねぇエビ的なものとか一番に絞ったりしたやつとかないの?どっちかっていうと私はそっちの方が好みなのよね。」




 と宣った。前言撤回。やはり金髪縦ロールに慎み深いという単語は似合わない。そう結論付けて、だまってエビと一番の500を手渡す。虚空から2本のビールを取りだす様を見て、何か確信を得たのか、何度か頷きながらビールを受け取ると二本目にエビを選択して黙って飲み始める。

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