俺と悪役令嬢 2話

 辺りに散乱する手足や人間だったものの残骸。まだ死にきれない奴らから漏れ出てくるうめき声。山賊の頭だと思ってたやつの「俺たちは山賊じゃねぇ」との断末魔のうめき。ウっとかウエッとか泣きながら、飛び散った血飛沫に濡れてうずくまる金髪縦ロール。




 うん、控えめに表現して惨劇の現場で間違いない。……、これは不幸な事故だった。




 俺の目の前には、元山賊の頭の隣で金髪縦ロールに話しかけていた男が血まみれになりながら呻いている。




 「だから、俺らは山賊でも強盗でもねぇんだよ。すぐ近くの町の自警団なんだよぉ。」




 失った左腕と左膝下が痛むのか、それとも出血で意識がもうろうとしているのか、時々つっかえながら涙をこぼして弁明を続ける。




 「嘘をつくんじゃない。自警団なら何であのお嬢さんを商品だとか人質だとか話していたんだ。」




 「俺以外ほとんどいぎのこっじゃいねぇ。俺ももぉ駄目だ。いまざらごんな嘘づくがよ。」




 さらに喋りにくくなったのか、言葉が濁り始めた。彼のいう事が本当だとすると、俺は勘違いの挙句町の自警団を皆殺しにしてしまった事になる。当然それが本当なら彼らがお嬢様に話していた内容が不自然だと思うのだが。




 「ハぁ……ハァ。あだりまえだろ。こっちはわけわがんねぇ内に何人か切られてるんだ。保障やら何やらでがねがいる。いいとこの嬢ちゃんなら人質にして賠償してもらわにゃならんし、交渉失敗じだら、人買いにうってがねつくらねぇとなんねぇ。」




 其処まで聞いてよく見ると奴らの右腕には自警団の腕章らしきものが申し訳程度のものだけど巻かれていた。金髪ロールがイケメン達を制止していた時もこの人たち賊じゃないみたいだから、みたいな話をしていたような気がする。




 思い返せば最初から山賊もどきの自称自警団の皆さんは、積極的に攻撃には参加していなかったし、イケメンと兵士相手に戸惑っていたようにも見えた。後ろに回った奴らも、殺気立ってはいたが囲むというよりもトラブル発生に訳も分からずに駆け付けたという風に見えなくもなかった。




 ん?もしかして俺、やっちまったかも。




 思わず金髪縦ロールの方を見やると、びくっと盛大に驚いた挙句泣きながら後ずさる。彼女の後ろには横倒れになった馬車があり、それ以上後ろに下がれないのだが、それに気が付いてない。ふと目をやると彼女が腰を下ろしていた辺りは色が変わってシミが広がっていた。




 彼女の尊厳を守るためにもそっと視線を外す。えっと、何かごめんなさい。




 彼女に目をやっているうちに、さっきまで釈明をしていた自称自警団の一人がとうとう力尽きたようだ。ざっと見まわしても、うめき声をあげている者はもう一人もいない。頭だと思っていた男も力なく横たわっており、呼吸も止まっていた。




 うん、これ完全にやらかしたわ。数舜思考停止したのちにとりあえず今後どうするかを検討する。神様にチートをもらって魂を改造された影響か、思考能力の超高速化と記憶能力の大幅な強化がなされている。突然このようなピンチに陥っても俺の頭脳は正常に作動し、冷静に今後の対策を検討する事が出来る。




 が、元があまり宜しくない脳味噌を積んでいるので、思考速度が高速化されても碌な結論が出てこない。



 冷静に考えてみれば思考能力が超高速化されているせいで、早合点の速度も通常の人間の数十倍に増速されて、結果被害が広がっているような気がしなくもない。




 ゼロに何を掛けてもゼロ、馬鹿の考え休むに似たりという言葉が頭に浮かぶ。正しくは下手の考えだったかな。いや、それよりも質が悪いな、ゼロどころか大きなマイナスを作り出してしまっている。




 結局有効な手段は思いつかなかったが、とりあえずここにずっといるわけにはいかないし、こんなところに彼女をおいていくわけにもいかない。第一彼女は一応事情を知っているし俺の顔も見ているわけだ。




 「うん、目撃者をこのまま放っておいたら後が面倒になるな。」




 完全に自分本位の最低な言葉が口から洩れると、彼女はひぃっと小さく悲鳴を上げてパニックに陥り腰を抜かしたままさらに後ろに下がろうとして藻掻く。




 おかしいな、俺は英雄になる心算で突撃を敢行したんだが、気が付けばおそらく何の罪もない自警団を皆殺しにして、助けようとした令嬢にはおびえてちびられてしまっている。




 世の中、何か間違っていると思いながらパニックになっている彼女を強引に左肩に抱きかかえてその場から脱兎のごとく逃げ去っていく、ちょいと間抜けな俺。




 心のどこか冷静な部分から、間違っているのは世の中じゃなくて己じゃという突込みが入るが、そこを突き詰めると俺の精神衛生上非常によろしくないので、一度心の棚に上げておくことにする。棚から降ろすことが今後あるかどうかは分からないが。




 あぁ、安心してほしい。魂の改造を受け入れた俺の心の棚は果てしなく広いのだ。今まで心の棚に積んだ案件がどのくらいあるのか、多すぎてちょっと覚えていないが、まだまだ棚の広さには余裕がたっぷりとある。




 彼女が逃げようと暴れるたびに落ちないように腕に力を入れる。つぶさないように慎重に。左手がちょいとちべたい。




 なんとなく興奮しながら夕方になりつつある街道から外れて森の方に爆走するリトル変態な俺。あぁ、自覚したわ。こんな容姿で変態な俺に彼女や奥さんなんてできるわけねぇわなぁ。




 爆走しながら出てきた溜息には無意識に声まで混じっていて、一層みじめな気分に俺を落とし込んでいた。




 確かにこの時から物語は始まったのかもしれない。ただし俺の妄想していたような英雄への前奏曲ではなく、何処までも自業自得の碌でもない茶番劇が、だけど。

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