作戦会議 2話
ローズ視点
私が不吉な未来を想像している間にもマリアとエリスの間で情報のすり合わせは進んでいた。
「やっぱりアイクさんに空中戦艦とか飛空艇を手に入れてもらってそこを起点に情報収集するのが安全と商売と今後の戦略的にも有効だと思うんだけど。」
「多分、受け入れる可能性は無いと思いますわよ。アイク様のネットワーク上も含めて資産がどのくらいなのかわかりませんけど、非等価での濡れ手で粟の取引はできる限りしないとおっしゃっていますし。
カトラリーのコミュニティーの取引を少し覗いてみたんですけど、アイク様が私たちのために用意してくださった諸々。特にPCの値段、確認しました?」
「まぁね、興味があってちょっと見てみたけど、今の私たちに入金されている金額じゃとても手が出るような代物じゃなかったよね。」
言われて私も思い出す。ネットワーク上に入金されていた金貨や銀貨がいったいどれだけの価値があるのか今ひとつわからないけど、地球時代の品物の値段から換算すると、おそらく金貨一枚10万円前後だろうか。銀貨は一枚1万円くらいだと思う。
この金貨も銀貨も10グラムの重さがある為、金一グラム1万円の計算になる。当然、これはこのコミュニティーで定められた価値というだけであって、別のコミュニティーをのぞいてみるとこの金貨の部分がカジノのチップの様なプラスティック製であったり、紙幣であったりするから、金自体の価値は考慮されていないのだとわかる。
そしてその金貨が一人当たり1000枚、銀貨10000枚、私たちの取引口座に振り込まれていた。銀貨一枚以下の取引は切り捨てか品物の数で調整するらしい。中々おおざっぱで気になる部分ね。
彼が私たちの為に用意してくれたお金が一人おおよそ2億円というだけでも驚くが、その金額では私たちの手元にあるPCを手に入れる事は出来ない事実にも驚かされる。
彼がこの世界に転生して121年。知らない間にお誕生日が来ていたみたいで、教えてくれなかった彼に思わず文句を言ってしまったが、その121年の間にどのくらい稼いだのか。
そして、今回の諸々の出費で彼の資産はどれだけ減ってしまったのか、ちょっと聞くのが怖い。ましてや空中戦艦や飛空艇といったファンタジーな代物にいったいどれだけの金額が必要なのか。
私たち個人の取引では制限されているので値段を知るどころか、そのもの自体検索できない。だからまったく想像もつかないけど気軽におねだりできるようなものじゃないことは確かよね。
「今の私たちには、彼から借りたものだけど、自分たちで何とかする手段があるわ。アイクが戦艦を必要とするなら、私たちが稼げばいい。
別に空を飛んでいる必要はないしね。この時代に令和時代の船が一隻あるだけでも十分過剰戦力よ。どの船も追いつけないし、この世界の船は遠海までは出られないわよね。たしか。
どの船も陸伝えに航行するのが普通だし。」
「あぁ、そう言えばこの世界って北極星にあたる星が無いんだよね。たしか。
あと羅針盤もないし、紙もない。」
「あるのは羊皮紙だけですもんね。パピルス紙みたいなものはあるんじゃなかったかしら。」
「高いし、脆いからあんまり使われていないけどね。あぁ、そっかそういう事なのかな。
この世界ってアジアにあたる地域が無いじゃない。考えてみれば火薬もないのよね。」
「そう言えば……。まだ文明的に時期じゃないのかと思ってたけどさ。錬金術みたいなものも、この世界にはないわよね。
たしかあれのお陰で化学の分野が発展したんだよね。全部が全部それのお陰とは言わないけどさ。」
確かに、そういう一面があるはずで、後はアジア地域との文化的交流もない状態。アジアというより他の文化圏との交流が少ないと言い換えるべきかな。
気候や植生、地形の違いで異なった文明、文化が発展するのは当たり前のこと。この世界でもこの付近では香辛料が採れないが遠い南方の地では沢山の種類の香辛料が採れる。その為、重要な交易品になっており、このルーフェスでも盛んに取引されている。自然と食の文化も南の方の影響を受けて随分前からこの辺でも南方の料理の味付けが流行ってきている。
そういう地方との交流はあるのだし、何れは色々と発明されることもあるかもしれないけど、今のところこの世界には私たちの世界にあったような文明、科学が発展するきっかけになる要素が少ない気がする。
今更ながらに自分たちの文明の度合いが低い事を再確認して、途方に暮れているとエリスが能天気に話を進める。
「今更ですよね。自分たちで言っていたじゃないですか。中世に手が届かない程度の文明って。そこを考えてもあまり意味はありませんから、もっと意味のある話し合いをしましょうよ。
アイク様に色々ねだるのも気が引けるというお話で、私たちで稼ぎましょうって結論が出てるんですから、この世界の文明が低いならむしろ商売がしやすくて好都合だと思うんですけど。
わら半紙一枚で結構な稼ぎになりますし、アイク様はたしか鉄とか布製品、ガラス細工とかですよね。この世界ならインクとかも商品になりそうですよね。後は化粧品とかはどうなのかな。」
「これだけ文明の低い世界に下手な品物を売り出すわけにはいかないと思うのだけれども。既にアイクが色々やらかしているから今更だけどね。
でもそれが大きな問題にならなかったのはアイクが世界を放浪して一か所にとどまらなかったからという点も、見過ごせないわね。
今後ルーフェスに腰を落ち着かせるのであれば、色々とトラブルの原因になりそうなんだけど。」
「ん、都合良いじゃない。アイクさんは英雄になりたいのよね。それが本心かどうかは兎も角。
現時点の目標なんだし、将来の妻の立場になる私たちにとっては夫の夢をかなえる為に行動すべきよね。既に私たちの夢、っていうか欲望は叶えてもらえているわけだし。」
「なるほどね。まぁ、たしかに好都合だけど。」
マリアの考えたことは私も考えなくはなかったけど、そうなると十中八九、公爵領を中心にいざこざが起きるのよねぇ。あんまり気が進まないけど、普通にいけばその手が順当かな。
「どういう事ですの?」
「私たちがネットワークの力を借りて大きく商売をすれば、世界が混乱するって事よ。例えば香辛料一つとっても、対面の海の出入り口の国、アイルグリスで流通されている価格の半値で売り出せばお隣さんの経済は混乱するわよね。
私たちにとってその半値でもとんでもない利益が出るし、大きな需要が見込めるわ。だけどもアイルグリスにとってみれば今まで生活を支えてきた商品が全く売り物にならなくなる。香辛料の取引で生きてきた人たちにとっては大打撃よね。
一事が万事、私たちが大きい取引を繰り返すようになれば、相場は荒れるし周辺諸国に色々な影響を与える事になるわけよ。
いい事も悪い事もね。当然、それを許せないと考える人たちもいるわけで、すぐにどうこうなるとは思わないけど、穏便に済むとはとても思えないわ。
古今東西、英雄は平和な時代には生まれない。
何時でも流血や戦火の中から英雄は誕生するのよ。つまり、世界が混乱してトラブルが生まれればそこに英雄になる為の活路が生まれるって事。
まぁ、直接的にどこかにちょっかいをかけて戦争の火種を作るって方法と比べれば迂遠な手ではあるけど、私たちは単に商売をするだけだし?
少なくとも私たち自身の良心はそれほど痛まないできっかけを作る事が出来るんじゃないかしら。」
「……。結果がそうなるとわかっていてやるのでしたら、結局は私たちの責任であることは間違いないし、解っていた分良心も痛むのが普通だと思うのですけど。」
「私たちは解っていなかった。そういう事にしちゃえばいいじゃない。」
あっけらかんと言うマリアに、そう言う問題じゃないとこの場でさらに突っ込む人間はいなかったのは不幸なのか幸せなのか。
「まぁ、正直この策で回りが乱れても局所的な外科手術で対応されちゃう可能性もあるんだけどね。
何せ出元を隠すにしても限度はあるだろうし、取引を始めれば私たちの存在がばれるのは時間の問題よね。
戦場の幽鬼エイリークが拠点を持って活動を始めたという情報が周囲に流れるだけでも影響はあるわよ。
それこそ伝説の存在でしかなかった彼を一目見てみたいと考える興味本位の輩から、彼との取引を望む沢山の商人。そして彼を危険視する国内含めた周辺国家国の権力者。
彼が王国でしでかした事件の情報が周辺国家に明らかになっていけば、気軽に喧嘩を売る様な短慮な行動に出るものは少なくなるでしょうけど、完全にいなくなるわけじゃないわ。」
「しでかしたって、彼だけじゃないでしょうに。貴女も含めて私たちがしでかした、が正しいと思いますよ。」
細かい突込みを入れるエリスに苦笑を返す。そのすきにマリアが続ける。
「一応エリスに言っておくけど、局所的な外科手術って簡単に言うと商品の出どころである私たちを消すって意味だからね。
必ずしも暗殺が成功する必要は無いし、手段が暗殺に限るわけでもないけど。
私たちが商売をする気にならない、もしくは場所を変える、自分たちに取り込む、手は色々あるし。」
「馬鹿にしないでくださいな。さすがにそれくらいは気が付きましたよ。暗殺以外の手は気が付きませんでしたけど。」
「気にすることはないわよ、ローズは結構不明瞭な言葉を使ったりする癖があるから、エリスに説明している態を取って、再確認しているだけだし。
まぁエリシエル殿下がいじられるのが嫌なら控えますけど。」
「いいわよ、なんかひ孫にじゃれつかれているような感じがしますし、せっかく取り払った心の壁をまた作る必要はないと思うの。」
「ひ孫扱いはちょっと……。15歳の年下にそんなことを言われると違和感つよいわ。」
「私は精神年齢的に孫扱い?少し年代が合わないけどね。」
「いいじゃない。人間はいつか年を取るし、既に私は一回りしちゃったのですから。正直、あのとき王城で自分を取り戻してからは心も前世と馴染んだようで、お祖母ちゃんっていわれると嬉しかったりするのよね。」
「あぁ、あれは失言だったわね。その一言で孫扱いされてたわけね、私。」
再び本筋から離れて雑談で時間が過ぎていく。本当なら話を本筋に戻して今後の方向性をある程度決めておきたかったのだけど、この流れを無理に止めるつもりは無かったわ。
ここまでの流れで今後の問題点もある程度ははっきりしてきたし、どのみち私たちは自分たちの生活の為に商売をせざるを得ない。
現状、屋敷から気軽に外出できない状態だし、信用できる商人をあたって、警備に人を雇う必要はあるわね。後は取引先の商人を一人に絞るのか、複数確保するのか。
扱う商品によって得手不得手があるのが当たり前の世界だし、複数の商人を仲介させる手はあるわよね。デメリットは間に入る人間が増えれば目も届き辛くなるし、不審人物が紛れ込む可能性も増える。
まぁ、その辺はアイクと相談かな。この町はこちら側の大陸の海の出入り口。アイクもこの町で顔見知りの商人がいてもおかしくないし、そう言えば調べたエイリークの情報ではこの町で彼と取引をして身を立てた豪商がいたはず。
子爵とのつながりもあったと思うんだけど、そこまで細かくは調べてなかったから、その辺はあやふやなのよね。
目の前でマリアとエリスがとうとう手による突込みを伴った漫才の様な会話を始めた。少なくともこの二人の間に当初あったような心の壁は感じないわよね。私も考えながらちょくちょく突込みを入れてたりするけど、本筋は一向に進まない。
でも、まぁ。こんな一時も楽しいわね。
このあと眠い目をこすりながら、睡眠時間を削って必要物資の確保に必死になる私たちがいたわ。
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