英雄へと至る道へ まずは足元を見てみよう 5話
アイク視点
拠点を引き払い、港町ルーフェスへ向かう街道を大荷物と大勢引き連れてのんびりと南進する。正確には南西に向かっているんだけどな。
この辺りは元の世界で言えば地中海性気候に近い気候で、ランシス王国は穏やかな内海と外海両方に接している内海の出入り口の一つの国だ。内海のあたたかな海水の影響を受けて冬は雨が多く、夏は乾燥している。
この時期は雨が比較的多い時期だけど、ここ数日は雨に降られることなく快適な旅路を満喫する事が出来ている。2~3日後はわからんけどな。
大勢引き連れての都市間の移動など行軍以外ではしたことが無いからな。行軍の時ですら奇襲を受けて散々被害を受けた経験があるのだから、最初の内は気を張っていたけど、まぁ、平和なもんだ。あ、鳶が鳴いている。
実際には鳶に似た別の鳥だろうけど、興味がないから覚えていないんだよな。
ローズたちは最初の頃と違って三人が固まって同じ馬車に乗っている。どうも拠点暮らしの間に打ち解けたようだな。侍女の一番偉い人が安全確保の観点から一つの馬車に固まらないでほしいと言っていたがローズに瞬殺されていた。
たしか、「バラバラに違う馬車に乗っている方が危ない。アイクは一人しかいないのだから、アイクに一番近い馬車に三人纏まるべきだ」と。極端な事を言えば貴人が乗っている場所をわかりやすくして他の馬車が襲われる可能性を減らした方が万が一の場合全体の被害を抑える事が出来るとまで言っていたな。
言ってしまえば、俺が収納術で馬車を馬毎収納してしまい、人が乗る馬車だけ走らせればいいんじゃないかとも思ったけど、人様の財産や馬の命を預かるのは何となく気が引けるからな。
実際に収納される立場の馬にとってみれば出て来るまで一瞬の事だし、何が起きたかわからないだろうけど、こういうのは気持ちの問題だからな。俺の。
因みに俺の亜空間収納術は特に生物の収納が出来ないとかの縛りは無い、が特殊な条件下での亜空間への長期間の生物収納は推奨されていない。
厳密にいうと色々と小難しいことこの上ないのでファンタジー畑の俺にわかりやすく説明すると時間が停止している亜空間に生物を長期間保管すると、魂魄に悪影響があるという事らしい。
だけどこの場合の長期間というのが曲者で、ネットワーク上に存在している端末様方は正しく、人間、というか通常の生物を卒業なさって久しい方たちばかりなので、長期間という認識も俺たちの感覚とは一味違う。
長期間というあいまいな表現に長期間とはどのくらいの年月を差すのかと質問をしたところ、地球の時間感覚で大体2~3万年との返答があった。
2万年と3万年じゃ1万年も開きがあるじゃないかと突っ込みを入れたかったけど、諸先輩方の感覚が恐ろしくて、おとなしく教えてくれてありがとうございました、とお礼を言って引っ込んだ経験がある。
その先輩方は回避方法も教えてくれたけど、そんなに気が遠くなるほど長期間、亜空間に生物を収納する事がこの先あるかもわからないのに、更に長期間保管するための悪影響の回避方法なんか知ったところで、使うような時が来るのかどうか。一応ありがたく静聴したが。
ネットワーク上の、少なくとも俺が所属しているカトラリーコミュニティーの先輩方はみんなこんな感じの奴らで構成されている。このコミュニティーに参加している人数すらもよく分からないしね。謎な人達だ。
正直、本当に必要な時以外はあんまり関わり合いになりたくはない。
と、言うわけで俺が馬車毎、その他大勢を亜空間に収納して一人でルーフェスに向かう選択肢もあるにはあるのだけど似たような理由で、その案を採用するつもりは無い。
いやしかし、フラグを立てまくった割には本当に平和だな。ローズの言う通りそこまで警戒する必要なかったわ。
ルーフェスへの道中、彼女たちが一番楽しそうにしていたのは、休憩するための広場で昼食を摂る時や野営の場所についた時で、行き交う旅人に商品を見せたり、商人達の商品を見せてもらったりして色々と話を聞いていたようだ。もちろん、俺たちは野営のポイントを素通りして街道から離れた場所にコテージを設置するのだけど、時間がある時は少し野営地に寄っていくのだ。
彼女たちは事前にいくつかの品を俺から仕入れていて、それをもったいぶって商人たちに披露したり、その場で簡単なオークションを開いてみたりして、商売の感覚をなんとなく掴もうとしていた。
ローズ自らオークショニアを務めて場を盛り上げ、マリアが商品を手に取り皆に見えるように掲示する。エリスも何かやりたがっている様子なんだけど、二人からダメ出しを食らっておとなしく傍で見ていただけだった。
やっぱり王女様だからかな。色々と気を遣うって事なのかもしれん。涙目のエリスが印象的だった。
オークションの時は兎も角、一対一の商談になると何故か商談を終えた後の商人が涙をこらえて席を立つ場面を目撃するようになり、商人の相手をしていたローズやマリアがニタリと悪い顔をしている光景を見る機会が多かった。
まぁ、時折マリアやローズが悔しい顔をしている時もあったから、流石に海千山千の商人達を十把一絡げに扱う事には無理があったみたいだな。
何故だろう、そんなローズやマリアの姿を見ると胸がスッとするのは。あんまり深く考えるのはやめる事にする。
道中、それなりに稼いだらしく、まぁ結構なことだ。そうか、道中で商人を捕まえて商談する手もあったんだな。今まで真っ当に街道を移動すること自体あんまりなかったから思いつきもしなかった。
この手を使っていれば、態々町に寄る必要もなかったし、色々と面倒に巻き込まれことも少なかったのかもしれない。今更の話だけどな。
そんなことをポツリと漏らしたらローズに怒られた。
「アイクさぁ、ただでさえあんまり町に寄らないのに、これ以上人里から離れて生活なんかしていたら英雄になんかなれないわよ。仙人じゃないんだから、森や山に籠っていないでもっと人と接しなきゃ。その内言葉だって忘れちゃうんだから。」
いや、流石にそれはないだろうと漏らすとジロリと睨まれたので、すごすごと引き下がることにした。
君子危うきに近寄らず、良い言葉だよな。
この手のアイテムボックス系能力の持ち主がやりがちな、「旅の休憩地で水を大量に使った、旅の途中ではとても食べる事の出来ない様な食事を、有料で他の旅人たちにふるまう」といった行為もしていた為か、休憩所では人気者だったしな。
総じて快適な旅だったと皆には評価されたようだ。
馬車についている公爵家の紋章と王家の紋章を隠す手間は必要だったけどな。
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