英雄へと至る道へ まずは足元を見てみよう 6話



 ローズの言う通り拠点の位置からはルーフェスまで2週間もかからず、9日目にはルーフェスに一番近い休憩所までたどり着いた。ここからルーフェスまで徒歩で約5時間といったところか。途中、どの宿場町や村とも寄らなかったから久しぶりの人里と言うべきだけど、なんだかんだで商人中心に色々と交流があったからか、皆の顔に特別な表情は浮かんでいない。



 いや、3人だけ楽しそうな表情を浮かべているけど、それは多分、一刻も早く自分でPCを操作して、ネットワークに接続してみたいからだろうな。あえて誰だと言わなくてもわかるよな?




 「さてと、ここまでは特に何事もなく無事に来られたけど、ここからが少しだけ大変よ。みんな覚悟は良いかしら。」




 いつもの通り街道から離れた場所に設置したローズたちのコテージにギュウギュウに15人集まって最後の作戦会議が開かれている。このままルーフェスに入り込めれば面倒は無いのだが、王家と公爵家の紋章が付きの4台の貴族御用達の馬車である。




 当然、門の警備兵の目には止まるし、大事になる。確実にルーフェスの代官である子爵の耳に入ることになる。ここが地球文化の事情とは違うようなのだけど、本来なら男爵や公爵に身分の違いはあるけど、王家に仕えるという意味では両者に違いはない。




 だけどこの世界だと、公爵の配下に子爵やら男爵やらがいる事があるらしく、仕えるのも王家ではなく、公爵家に仕えているらしいのだ。この辺に王権がそれほど強くなれない理由があるのかもしれないな。




 別に子爵の耳に入っても、こちらで会う必要を認めなければ、会わなくても良いのだろうけど、子爵にもメンツがある。



 堂々と大門から紋章入りの馬車で入り込んで、周囲の目につきまくった状態で市に入れば、当然周りの人たちのうわさに上がるし、王家や主家にあたる公爵家が来たのに、子爵が挨拶どころか無視されて会う事も出来なかったとなったら、子爵のメンツ丸つぶれである。




 紋章を隠して入っても周囲の者たちにはバレバレだから意味がない。




 普通お忍びで町に入るようなときは馬車を途中で降りて普通に入るか、そういう時用のあまり人には知られていない門から入るようになっている。しかし、そういう門は普段は人気が無く、しっかりと閉じられた「開かずの門」になっており、警備兵も普段は配置されていない。



 そういう時は先触れを出して門を使えるようにしなくてはならないが、こちらに先触れに出せる人員は無い。




 侍女を馬に乗せる訳にもいかんし、御者も女の子だからな。一人で先にいかせて何かあったら責任問題だ。




 因みにこれを主張したのは俺な。皆からは生暖かい目で見られた気がするけど、俺は強い子だからな。気にしない。





 土壇場で当初の予定を変更せざるを得なくなった俺たちは、ローズの案の元、最後の休憩所から馬車を降りて町に入る道を選択したのだが、ここでいくつかの問題が出てきた。



 彼女たちの服装は、この世界の一般の旅人が着る様な服をネットワークで用意する事で解決した。王都から徒歩でここまで来た割には随分と小奇麗な状態の旅装になってしまうけど、まぁ、そこは何とかなるだろう。




 町に入る為の身分証の様なものは、そもそも無い。市壁があるのはいざというときの守備の他、無制限に市内に品物を持ち込めないよう、持ち込む際には税を徴収できるように物品の出入りを監視する目的の為でもあるので、基本は手配されている者でもない限り誰でも自由に出入りできるのだ。もちろん、あからさまに怪しい奴には警備兵から声がかかることになるのだが。




 大体、こんな中世手前の文明社会で一人一人の身分証明や戸籍の類など、そう簡単に整備できるわけがない。




 まぁそれでも全くないわけではない。○○村の××みたいな簡単な人別帳はある。だけどそれは徴税に必要だから整備しているだけで、町の出入りで態々確認していたら、一日にいったい何人出入り出来る事やら、である。




 現代の様に簡単に資料を検索できるわけではないのだから。




 では何が問題なのか、であるが。



 それはおそらく、乗り入れできない為においていかざるを得ない立派な4台の馬車と16頭の馬であろう。



 馬はそのまま乗っていくにしても騎乗していると色々と詮索されてしまう為、そのまま連れて行くのは問題があるし、そもそもこの中で馬に乗れるのは何人いる事やら。引き連れて行っても結局警備兵の目に留まることになる。当然周囲の目に触れる。



 馬車もただ廃棄するのはもったいない。売ってお金に換えてしまえるのならばそうしたいが、一応、公爵家と王家の物だからな。後で色々と文句を言われるのも業腹である。



 まぁ、それも前述の方法による解決の当てがあるのだが、それを話し合いという形で、皆に説明するつもりなのだろう。そう思っていたのだが。





 「今までは馬車に乗っていれば良かったけど、この休憩地からルーフェスまでは徒歩で行くことになるわ。明日はみんな先程渡した旅装に着替えてこの場所から歩いていく事になるけど、旅慣れた者で徒歩5時間の道のりになるわよ。」




 ローズの言葉に、皆の顔が暗くなる。皆の予想外の反応に、俺一人面食らっているとローズが続ける。




 「マリアや御者の皆は兎も角、私やエリス、侍女たちはこんな不整地を目算で15キロ、とても5時間では踏破するのは無理ね。最初の数キロで歩けなくなるものが続出するのは目に見えているわ。」




 「なんで私は例外なのよ。」




 「あんたは小さい頃から町の外にちょこちょこ出ていたし、度々近くの村まで行ってたんでしょ。歩いて。その時点で私たちとは基本が違うじゃない。」




 「なんか納得いかないんだけど、いいわ。とりあえず黙っとく。」




 「結構。」




 このやり取りでようやく理解できた。




 この場にいるお嬢様方は侍女も含めて皆、育ちの良い人ばかりで、そもそも町の外を長距離歩くなんて重労働、したことの無い人たちなんだ。




 考えてみれば、履物一つ見ても紐がぐるぐる巻かれているようなサンダル風のかかとが少し高い履物だ。長距離を歩けるかどうかなんか考えなくてもわかりそうなものだ。




 当然明日着る予定の旅装には歩きやすい靴の用意もされているけど、そもそも降ろしたての靴で長距離歩くなんて技術の進んだ元の世界でも避けるよな。普通。




 ましてやこの世界の靴。長距離を歩きなれていないお嬢様方が不整地を15キロである。




 そもそもその日のうちにたどり着けるかどうか、たしかに大問題だな。




 「そこでいくつか解決策を考えてみたんだけど、まず第一に、アイク。」




 「お、おう。」




 予想外の流れに動揺していた俺は、見事にその動揺を隠して対応した。事にしてくれ。




 「貴方の能力の一つを皆に開示することになるけど、構わないかしら。」




 「あぁ、まぁ皆に言いふらしたいわけじゃないが、特に隠しているつもりもないからな。仲間内なら構わないよ。」




 俺の返事を受けてローズが皆に話しかける。




 「みんな、アイクに色々と不思議な力があるのは、まぁあれだけ派手にコテージの設置とか目にしているわけだからわかっていると思うけど、彼には何もない所から物を取り出したり、仕舞ったりする能力があるのよ。ここまでは良いわね。」




 今更な話に誰一人顔色を変えずに首肯する。俺一人だけでも「なんだってぇーー」をやりたかったけど自重して口の形だけやっていたらエリスが噴出していた。



 流石はエリス、俺と似たような年代産まれだけはあるな。なんとなく微妙な親近感。




 どことなく不機嫌になったローズが話を続ける。




 「その能力を前提としていくつか案があるんだけど、その前にアイクに確認したいのよね。


亜空間収納術、何て呼べばいいのかしら「俺はストレージが呼びやすい」そう、そのストレージに馬の様な生き物を収納する事って出来るのかしら。流石に無理かなとはおもっているんだけど。」




 「んにゃ、16頭の馬なら余裕で収納できるよ。」




 「へぇ、この手の能力にありがちな生き物は収納できないとかそういう縛りは無いのね。」




 「むー、それはもしかして人間を収納できたりしちゃうんですか。」




 「できるな。あんまりやらんけど、昔戦争に参加した時に捕虜をストレージに収納したことがあるよ。」




 一瞬、皆がざわめく。そりゃそうだよな。こんな能力、そのまま犯罪に使いたい放題だからな。




 「まぁ、めったに生き物を収納したりすることはないけどな。だから今回のルーフェス行の方法に皆を馬車毎収納して運ぶって方法もあったけど提案するのは控えたんだよ。」




 「それは一体なぜ?何か問題があるのかしら。亜空間にいる間に呼吸が出来ないとか。」




 「いや、亜空間の中では時間が止まっているからな。呼吸をする必要は無いし、入ってから出てくるまで一瞬だ。



 収納される奴の視点で物を考えると収納された次の瞬間外に出てて、感覚的には瞬間移動をしたのとあんまり変わらないはずだ。」




 おぉ、とまた皆が騒めく。ローズは少し首を傾げて、質問を続ける。




 「では何が問題なのかしら?」




 「2つかな。一つは一度収納された奴は自分の力では外に出るのは難しい。全く不可能ってわけじゃないが前提条件として、停止空間で動く事が出来るもの。もしくは強力な魔力に守られている者でなくては、自力脱出はできない。



 つまり、皆が俺を信じる事が出来るかどうかという事だな。俺は俺がどう思われているかなんとなくわかっているから、提案しなかった。」




 「少なくとも私は貴方を信じるし、貴方に裏切られるなら受け入れるわ。だって、私は既に貴方の物ですもの。」




 きゃぁーとかおおーーとか黄色い声や囃すような声が響いて、一瞬頭が空っぽになる。いやさ、俺が悪かったからそういうのはやめようよ、うん。




 「あ、ぁあぁいや、それは置いておこう。」




 「おいておかれちゃ困るのだけれども、話が進まないし、皆の目があるしね。わかったわ。それでもう一つの問題は?」




 「あぁ、停止空間に長時間生命体を閉じ込めておくと、その生命体の魂魄に深刻な悪影響が出るらしいんだ。」




 「それは……問題ね。深刻ってどの程度なのかしら。」




 「あぁ、魂魄ってい言うのはみんなにわかりやすく簡単に言うなら魂の事だ。この魂が長時間停止空間に閉じ込められると、元の世界に戻した時に魂が形を保つ事が出来なくなって、変質する。



 ただ、変質するだけなら、色々な問題が出てきても生きていけるが、最悪なのが魂の崩壊が起きるパターンが多いって事だな。」




 「えっと、魂が崩壊するとどうなりますの?」




 「簡単に言うと死ぬって事だな。ただ、ローズやマリア、エリスにとってみればただの死よりも恐ろしい事になるかもしれない。わかるか?魂が崩壊するのだから次が無いって事だ。」




 俺の言葉に三人を含めた皆の顔色が変わった。ローズも顔色が真っ青になっている。




 「それは、簡単に頼むわけにはいかないわよね。当初の計画で行くしかないかな。ルーフェスの近くまで馬車で移動してから馬を開放して馬車だけでもストレージに回収する。



 その方法で行きましょうか。馬はもったいないけど、これなら歩く距離を少なくできますし。馬を連れて行くだけで確実に警備兵の興味を引いて一騒ぎ起きるものね。」





 ローズがそう考えをまとめているとマリアが少し気の抜けた声で質問する。




 「ねーアイクさん、一つ質問してもいいですか?」




 無言でうなずく俺。




 「ストレージで生命体を長時間保管すると悪影響が出るというのは分かったんですけど、長時間って具体的には何時間位なんですか?



 以前、捕虜を入れたことがあったんですよね。捕虜をいれて別の場所に運んだって事は少なくとも数時間は大丈夫だったって事になるんじゃないかなって。……勝手な考えですけど。」




 その質問が皆の間に浸透するとローズの顔にやや赤みがさす。「そうよね、そこを確認するのを忘れていたわ。」と小さく独り言を言っているのが聞こえる。





 「そうだな。実際に俺はストレージに生き物を悪影響が出るほどに入れたことが無いから、先達に確認したことがあるんだが……。」





 皆が俺の言葉に集中し、誰かがつばを飲み込む音が聞こえた。








 「先達の話だとストレージに大体2~3万年くらい入れておくと魂魄に異常が出てくるらしいんだ。」




 「ってあほかい~~~~!!!」




 マリアの豪快な右ストレートが俺の頭蓋に直撃し、俺は豪快にぶっ倒れた。




 「2~3万年って、そんなの人類の歴史が始まって終わっちゃう可能性があるくらいの期間じゃない!ルーフェスから王都まで行って帰って何万往復できちゃうよ?



 大体2万年なの?3万年なの?軽く1万年も開きあるし、そんなに人間生きていらんないし。1万年後なんて人生終わった後に歴史も終わって下手したら人類滅んでるわよ!!!」




 ローズやエリスも、そしてみんなの目が冷たい。あぁ、そうか、俺もいつの間にか先達に少しだけ染まったのかもしれない。




 いやさ、一つ言い訳させてもらえるなら一度収納してしまえば出すのは俺の気分次第なわけだし、その時が数万年後になってしまう事も全く可能性が無いわけじゃないんだよ。




 そういうつもりで危険性を指摘したのだけど、考えてみればそこで問われるのは一つ目の問題点であって、そこがクリアされるなら2つ目の問題点はあって無きが如しだな。




 あぁ、またなんかやらかしちまったけど、あわてないしへこたれない。急いで心の棚に保管しなくては。うう……気のせいか、いつもよりも保管する一品がすごく重たい気がする。ついでに皆の目も。




 結局、無難にルーフェスの近くまで馬車で移動した後に、馬毎馬車を収納して普通に門を通過することに決まった後、皆無言で解散した。




 コテージのダイニングには俺一人だけ残された。







 うん、自業自得だけどさ。





 その日の夜はテントに入り込む奴を警戒することなくゆっくりと眠れたことは言うまでもない。
































 翌朝、事案が発生。警戒を怠った俺の両脇にはローズとマリアが寝息を立てていた。




 どうしてこうなった……。

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