港町 ルーフェス

英雄へと至る道へ まずは足元を見てみよう 1話

 ひと騒動終えた王都を後にして1週間、この世界での誕生日を迎えた俺は清歴161年を迎え、気持ちも新たに目的に向かって邁進する決心を固めていた……筈もなく、予想外の事態に途方に暮れて現実逃避を続けていた。




 「おはようございます。アイクさん。」




 「おはよう、アイク。今日も朝から元気よね。」




 マリアとローズがここ最近の習慣になった朝の挨拶をしに態々俺のテントの前まで足を運ぶ。マリアはまだ少し硬い言葉遣いだが、ローズは最初の印象からがらりと変わって、話し方もフランクになっている。



 彼女は本質的に、堅苦しい物言いは肌に合わないらしく、公爵令嬢として産まれてから今まで随分と肩の凝る思いをしてきたらしい。その点マリアも同感だという事なのだが、まだ自分の中で切り替えが出来ないでいるみたいだ。




 「朝ごはん、出来たからさ。冷めないうちにうちのコテージに食べに来なさいな。



遠慮することは無いのよ?毎回言っているけど食材はアイク持ちなんだからさ。」




 「今日は私も作ったんですよ!正直、以前の時はお母さんに頼りっきりで自分で作った事なんて調理実習の時くらいだったから不安だったんですけど、ローズに習いながらフレンチトーストを焼いたの。」




 「まだ危なっかしくて包丁を握らせるのは怖いもんね。ラナに見つかったらお小言言われちゃうわよ。」




 マリア付の侍女の名前を呼びながら二人で笑っている。この侍女たちはローズとマリアにそれぞれ2名ずつついていて公爵家から、王女についている3名は王家からそれぞれ派遣されている。おそらく俺の監視も含めて命令を受けているのだと思うけど、この侍女たちのお陰で、この世界の女性のたくましさを再度認識させられている。




 男は外見よりも甲斐性というこの世界の一般女性の総意とも言うべき認識は、この侍女たちにとっても共通認識であるらしい。




 この隠れ家で過ごしていく内に俺の能力を把握した彼女たちは、俺を見る眼付も何かを狙うような怖い目つきになってきた。今のところお互いが牽制しあっている状態で、俺のテントに入り込まれるようなことは起きていない。しかし、一度コテージを出てテントに戻る際に侍女の一人に抱き着かれたことがあって、しばらくの間は警戒を解く事が出来ないでいる。



 2人を迎えに来た侍女のエリアが俺にも優しく声をかけ、コテージに来るように再度促す。なんとなく行きたくはないけど、ここ最近は毎朝朝食をご馳走になっているからな。



 今更断るのも、きまりが悪い。それに誰かに作ってもらえるのは悪い気分ではない。まさか皆がいる前で襲ってきたりはしないだろうと、腹を決めてご相伴にあずかることにした。





 ローズたちのコテージの食卓にお呼ばれして席に着くと二人の他にエリスも既に席についていた。彼女たちの話し合いで、食事はこちらのコテージで皆が揃ってとることになっているらしく、エリスともここ一週間、食事のたびに顔を合わせている。彼女ともあいさつを交わして早速朝食をいただく。




 しっかりとした身分制度が社会の根底にある為か、侍女や御者たちは主と一緒に食事をとる事は無い。おそらく早起きして簡単に済ませているのか、この後休みを取りながら交代で食事をしているのだろうけど、彼女たちはそういう姿を主には見せないようにしているから、実際はどういう風にしているのかわからない。




 本来ならコックが調理を担当するべきなのだろうけど、流石にこういう状況ではそこまで望めないしな。しかし今のところ不満が出た事は無い。



 簡単なレトルト食品や電子レンジ等を好きに使えるように提供、レクチャーしているから各自の部屋で簡単に済ませる事も出来るからな。




 一番人気なのがお湯を注ぐだけで食べる事の出来る類の食品で、その他にもカロリーバーの様な食品も人気があるらしく、在庫の減りが早く補給も頻繁に行っている。



 確かこのコテージの設置や使い方のレクチャーとか済ませた後だよな。急に侍女たちの目の色が変わりだしたのは。





 くわばらくわばら。





 朝食を終え、インスタントコーヒーで食後の一時を過ごしながら、今後一体どうすればいいのか、珈琲の香気で気を紛らわせて考える。




 そもそも何故こんな場所で足踏みをしているのか。それは偏に今後の方針が全く定まらないからである。



 こんな場所とは王都リィーフィスで一騒ぎを起こした際に使っていた拠点である。王都を出た後に行く当てに困った俺は一度この拠点に戻ることにしたのだ。設置したコテージをそのままにはしておけないという理由もあったしな。



 最初に設置しておいたコテージはそのままにして、簡易的に魔術で地均しをした後に追加でコテージ一棟、御者用にテントを4張り追加してある。





 王女殿下のエリスとそのお付きの侍女の為に追加した一棟は、マリアとローズが使用しているコテージよりは一回り小さいけど、一部屋当たりの面積は少し大きめで共用スペースが狭い。



 エリスについている侍女は3名。個室は全部で4室。主寝室が一番広くとってあり、ゲストルームが3室あるタイプ。ローズたちのコテージは侍女4名分含めて6部屋で共有スペースが広めにとってある分、各寝室がこじんまりとしている。



 こじんまりとは言っても各部屋にトイレ、シャワー浴室、冷蔵庫と数人で飲食するスペースもあるから狭い住宅事情になれている元日本人なら十分以上の広さがあるだろう。






 ちなみに御者は俺と同じテントでサバイバルスタイル。とはいっても高機能テントで一つのテントで大人が6人眠れるタイプの意外と広々としたものに作業スペース用のタープまでついている一品だ。





 一応御者の方もうら若き女性だったから、コテージを出そうと思ったんだけど、王女の分のコテージを設置して、もう一つの場所を確保しようとしたら、御者が遠慮したんだ。



 自分たちの身分でそこまでしてただくのは申し訳ないってね。プレハブ小屋ならいいかなと思ったんだけど、どういうものか説明したらかえって落ち着かないから俺と同じようなテントを用意していただけたならそれで十分だと。




 夕食の後、同じテントの誼で寝る前に差し入れして焚火を囲んで色々と話したりしているけど、この御者の人たちは分を弁えているのか、俺の事を肉食獣の目で見ないんだよな。



 何となく安心できる人たちなんだ。うん。結構奇麗な人多いし。




 「それで、今後の方針は決まったの?」




 食後、俺と同じように珈琲を楽しんでいたローズが現在の住宅事情について現状分析を始めてしまった俺に問いかける。別名、現実逃避ともいうけどな。




 「まだ定まらん。文句を言うつもりは無いが、大体4頭引きの馬車4台と御者含めて15人の大荷物と大人数引き連れて護衛できる戦力は俺以外ゼロだからな。



 いくら俺一人が強かろうが、カバーできる範囲には限界がある。手が届かないところから攻められたら被害者が何人か出るかもしれん。」




 「襲われた身で言う事じゃないだろうけどさ。ここは王都の目と鼻の先だし、この街道をそのまま行けば終点は港町ルーフェスよね?足の遅い馬車で向かったって2週間かからないわよ。



 治安は辺境の山間部と比べても天と地ほどの差があるし、行商の荷馬車にも護衛なんてついていないわよ。



 少なくともルーフェスまでならこのままでも何の問題もないと思うけど。」




 「ルーフェスと王都を結ぶ街道は、ランシス王国の大動脈ですもの。当然警備も厳重で1日に何度も警備隊の騎兵が街道を巡回していますから、あんまり心配することはないかと思います。」




 エリスからも心配のし過ぎだと意見がでるが、俺にとってはこいつが一番わからない。なんでこいつついてきているんだ。



 それと大動脈なんて単語普通の会話でだすな。一応お前らが転生者であることは家族や侍女達にも内緒にしているんじゃなかったっけか。まぁ、3人が3人とも気にした風は一切見せないけどね。どうせそんな事情まで気が付くまいと高を括っているんだろう。




 少なくともこの世界に大動脈なんて医学的知識はまだないはずで、あっても「太い血管」くらいの認識だ。動脈とか静脈の知識がまだない。後ろで王女付きの侍女が軽く首を傾げているのが見える。



 まぁ、侍女が主の会話に入ってくるようなことは無いし、問いただすような真似もしないだろうけど。





 こいつらってごく自然に侍女をいないものとして結構センシティブな会話をするよな。それでもマリア辺りは慣れていないのか、ちょっと話しにくそうにしているけど。侍女を空気として扱うのは貴族としてのたしなみか何かなのかもしれない。




 「俺が心配しているのは野党の類じゃねいよ。この世界で武力を持つのはまさか反社会的勢力だけとは限らんだろう。体制側の方がよっぽど質が悪い。」




 「あり得ないとは言わないけど、今のところはそのあたりは警戒しなくても大丈夫よ。ルーフェスに行くなら、町に着いた後暫くしたら何かしら接触を図ってくる可能性はあるけど、暫くは様子見してくると思うわよ。」




 「港町、だもんね。うん、商人の力が強い街だし、当地を納めている貴族って確かローズの所の子爵だったわよね。アイクさんの機嫌を取ることはあっても敵対行為を取ることは無いと思いますよ。」




 「てぇと、ここで時間を浪費している方が危険って事か。」




 「ルーフェス辺りは公爵家の領地だしね。危険という程じゃないけど、あんまり意味のない警戒かなとは思う。」




 ローズの意見を真剣に検討する、風を装って考えるふりをする。多分俺が考えるより彼女たちの分析の方が正解に近いだろうしな。





 あぁ、なんだってこんな足手纏いのお荷物を抱える羽目になってしまったのか。こいつらがいなければ何も考えずに気ままに行きたい場所に行って、やりたいようにやれるのだけど。



 「私は貴方の報酬で、貴方はそれを了承して仕事をこなし、報酬を手にしたわ。既に私は貴方の物なのだから、ハーレムを作りたいという貴方が私を捨てていくのは理に合わないわよね。マリアも命を救ってもらった報酬として自分自身を差し出す選択をした。



 貴方は、貴方を慕って縋る女を無慈悲に捨てて行くというのかしら?



 せっかくチートを持って転生したのだから英雄になってハーレムを作るのはもはや義務、なのよね?報酬で手に入れたハーレム要員の私たちを側に置くのも義務だと思うけど?



 英雄よりも先にハーレムの方が叶っちゃったけど問題は無いでしょう。



 これからもずっと宜しくね。」




 城を後にした時、そのまま王都を去ろうとした俺にローズが俺に伝えた言葉だ。人をどうやったら型にはめられるのか、勉強をさせてもらった思いだよ。



 これでも頭の回る奴が言葉の端を捕まえて突きまくれば、ローズ相手に一本取り返して解放されるのはそんなに大変な事じゃないのかもしれない。





 だけど、あの日焚火を囲んで彼女に逃がさないと宣言された日。あの目を俺は忘れる事が出来ない。なんでかは自分でもよくわからん。




 一本を取り返す自信も無いしな。

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