英雄へと至る道へ まずは足元を見てみよう 2話
一瞬追憶モードに入ってしまった意識を現在に戻して会話に集中する。このままだと延々とただ時間を無駄にしてしまうだけだしな。納得できるかどうかは兎も角、今の俺には守るべきものが出来てしまったのだから、少しは真面目に考えなくてはいけない。
ほんの少しだけそれが楽しく感じた。
「それにしたって特に目的があるわけじゃないからな。物資の補給に関して問題は無いし、このままここに住み着くことも出来ないわけじゃない。
だけどこのままじゃ俺は兎も角、他の奴らがいつかは精神的に参っちまうかもしれん。早いうちにどこか大きな町に拠点を構える必要があるとは思っている。」
「大人数を抱えてちゃ確かに身軽に動けるとは思えないけど、このままここにいる事で精神的に参るって事は無いと思うわ。
少なくとも私とマリアと殿下はこのままコテージ暮らしでも、暫くは文句も出ないと思うけど。でもこのままここにいてもアイクが英雄になれるとは思えないから、町に出るのは賛成よ。
ただ、町で拠点といっても宿でも借りるのかしら?多分、ここのほぼ全員が今更宿暮らしを望むとは思えないわよ。」
「それに関してはもう考えている。宿は俺も却下だな。この時代の宿は高級な部類でも碌なもんじゃない。ベッドのシーツは洗濯していて奇麗には見えてもマットの寝藁の交換や燻しが不十分で虫が湧いていたりしてな。」
ローズやエリスは嫌そうな表情を見せたけど、マリアは経験済みなのかうんうんと一人でうなずいている。よく見ると侍女も何人かは軽くうなずいている。
「手っ取り早いのは何処か土地か家屋を買ってこちらで改装してしまう事だな。職人に頼むにしても、どこの職人も知識も技術も必要な水準に達していないからな。
一から職人を仕込むのも手間だし、全部自分たちで手を加えたほうがかえって早く済む。
簡単な配線位は自分たちでもできるだろ?面倒くさい電気の配線を引いたり、エアコンの取り付けやらは俺が受け持つよ。
モニターの位置や冷蔵庫の位置なんかも自分で決めたいだろうし。みんな大体同じ時代の育ちだよな。PCも大体その時期の物を入れとくよ。
一応、簡易で色々と制限されているけど俺を通じてネットワークに繋がる代物だからな。その気になればネットゲームも出来たりする。情報制限された掲示板で情報のやり取りもできるから、まぁ前の時とほぼ同じような感覚で生活も出来ると思うぞ。
これまた制限はかかるけど、ネットショップと似たような感じで買い物もできるし、女性には色々あるだろうから俺が個人に許可した予算内での取引なら、俺が感知できないように品物を売買できるようにしてやる。
扱える品物は以前の常識の範囲内だけどな。個人で入金とかしたいならそれも対応するさ。これなら今のコテージに滞在するよりも快適になるし、随分と楽しみも増えるだろう?
ネットワークでの売買は俺にとっても十分利益がある事だからな。取引の手が増える分には俺にとっても大助かりだ。
一度に大量の品物を取り扱うのには向いていないけど、まぁ、暇つぶしにはなるし金も稼げる。稼いだ金で好きなものを好きなだけ買える。各々の世代の常識の範疇でな。
悪かねぇだろ?」
俄然、三人の目の色が変わる。
「ちょっと待ってください。」
「ちょいストップ。」
「え?ええ?これは少し話し合う必要がありそうですわよね。」
比較的のんびりしているように見せているエリスですら、目の色を変えて騒ぎ出した。以前ローズに能力について説明した時、ここまで説明していなかったかな。
思い返してみるが、そういえばネットワークのあたりの説明は面倒くさくて、ざっくりとした内容を話しただけだったような気がしてきた。常人を遥かに超える記憶力とは一体何だったのか。
どうでも良いと思っていたから最初から覚えていなかっただけかもしれんがな。
再び現実逃避を始めた俺を軽く無視してローズが侍女たちに席を外してエリスのコテージで待機するように指示を出す。どういうわけか、王家から出向してきているはずのエリスの侍女もローズの指示に従うように言いつけられているらしく、全員が了承の意を示してコテージから出ていく。
「さて、ネットワークについて少し詳しく教えていただけないかしら。」
最近フランクに話しかけてくるようになったはずのローズが、なぜか敬語で話しながら俺の両肩を掴んで力を入れる。……いや、痛くないんだけど、ある意味痛いんだが。
目が座ってきているし少し怖い。助けを求めるように他の二人に視線をやるが、どちらの目も少々、その……怖い。
「すこしまって落ち着いて欲しい。説明はするし、以前の説明の際にこの件が抜けていた事は謝罪するから、おちちついてて、いおや、……怖いよローズ。」
「あ、ごめんなさい。まさかあなたの能力に便乗させてもらう形で自分達でそのネットワークを利用できるなんて思っていなかったから、つい。」
「あ~、アイクごめんね。少し我を忘れていたわ。ネットショップも嬉しいんだけど、PC使える事にも興奮しちゃってた。」
「私も謝罪しますわ、アイク様。ところでネットショップで取引できる品物の年代っていつ位なのかしら。私の死んだ年代は2070年位なんですけどちょっと最後の方はボケてて覚えてないのよね。その位の年代の品物も取引できるのでしょうか?」
無自覚にエリスが次の導火線に火をつけてしまったらしい。
「ええ~!ちょっとエリス、貴女いったい何歳で死んだのよ。貴方だけに抱かれたいって確か2028年発売のゲームよね。え、エリスの世界では発売日が違うとか?」
「てか、ボケててって若年性じゃなければ確実に7~80歳までは生きていた可能性高し!てかこの中で一番年食ってたのってエリスだったという驚きよ。
え、それで何でレイモンドなんてお馬鹿キャラ推しだったのか謎だわ。」
「あははは、男の子はね少しくらいお馬鹿な方が可愛いものなのよ。」
「何、この意味不明な余裕。マジありえないんだけど。」
「てか、何十年も昔にやったゲームの推しに転生してまでこだわるって怖いわ、普通に。」
「仕方ないでしょう?年を取るとね、なぜか昔の記憶ばかりが鮮明になっていってね。ボケるとそれがごちゃごちゃになって今だか昔かもわからなくなって、その内その昔も今も薄くなっていくのよ。
寝ぼけて自分が何を言っているのかわからない時とかあるでしょ。催眠状態の様な。あれに似たような感じがずっと続いてわけわからなくなるの。
私に最後に残ったのがレイモンド君だったのよ。覚えてないけど多分ね。」
「うあ、なにそれ怖いんだけど。」
「その15歳で完成されつつある我儘ボディでそんな話してほしくなかったわ。」
「覚えておいた方がいいわよ。人生ってね、気が付いたら終わりが近くまで忍び寄っているものなのよ。意外な速さで、でも気が付かないようにじわりじわりとね。」
「いや、やめてよ怖いから。」
「私は前の時は30代だから、肌とか皺とかならわかるけど、そこまで実感した事は無いわ。でも、なんとなくわかる。」
「私は花のJKだったもん、そんな話考えた事もないもん。マジないわ。」
「花のJKって貴女、言い方。」
延々とハイテンションで話が続いていく。
えっと、俺の説明はもういらないのかな。女三人集まれば姦しいとはこの事か。この異常なテンションに一人ついていけない俺は、もう冷めてしまった珈琲の残りを啜って、この嵐が過ぎ去るまでただ堪えていた。
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