ヒロインと悪役令嬢、少しだけ俺 3

マリア視点


 コーラとレトルトのビーフカレーを楽しんでいる最中は、ローズは私を一人にしてくれたわ。お皿に盛ったレトルトカレーと銀色のスプーンをテーブルに設置してくれて、「ゆっくり食べてね。私は少しの間、隣の部屋でゆっくり呑んでいるから気にしないで。」と言い残して部屋から出ていった。



 私がゆっくりと思い出に浸りながらカレーライスを食べられるように、気を使ってくれたんだと思う。





 ローズを待っている間、私が泣いていた事に気が付かれたのかな。カレーを食べて泣いている所を見られたくなかったし、ちょうどよかった。彼女の気遣いに甘えて少しゆっくりとカレーを楽しませてもらったの。




 部屋には色々とアメニティーグッズもコスメもそろっていたから、食後に最低限身だしなみを整えてローズを迎える事が出来る。



 それにしてもこのコテージ、凄いわね。明かりがついて電気も使えるし、部屋の中の洗面台、トイレ、バスルームも日本にいた時と同じ感覚で使える。え、エアコンまでついているじゃない。しかもちゃんと稼働している。



 この世界に発電所なんかあるわけないし、上水道なんかもごく一部の都市でないと整備されていないはずなのよね。当然、下水道なんかの施設は上水道が通っている所くらいしか整備されていないはず。



 ここは王都から暫く街道沿いに移動した後、少し街道から外れた場所のはずだから、当然そんな施設が整備された地域ではない事は確実なんだけど、どうやって機能しているのかしら?




 これもエイリーク、いやアイクさんの特殊能力に関係していそうよね。後で確認しなくちゃ。それはそうとして……。





 一人にしてもらえて助かったわ。あの後、最初の内はカレーを一口食べるたびにボロボロ涙が零れてきて、お母さん、お父さんって声が溢れちゃって、食べるどころじゃなかったのに、涙と鼻水でちょっと人に見せられない顔になりながらも一口ずつスプーンが止まらなかったのよ。




 多分、スパイシーな香りが駄目なんだと思う。嗅覚って記憶に直結しているっていう話もあるもんね。ただ、疑問なのはこの体でカレーを食べたのはこれが初めてのはずなのに、嗅覚が刺激されて子供の頃の記憶が呼び起されたって事よね。



 前世の記憶とかがあるって事は、記憶は肉体だけじゃなくて魂にも宿るのかしら。どうもその可能性は高そうよね。



 どこまで考えても答えの出ない問題にかけている時間はないわよね。そのあたりの事はまたの機会に考察することにしましょう。






 部屋を出てローズに声をかけると、彼女が自分の部屋に誘って来る。私はすっかり飲み会の準備が整った部屋に通されて目を丸くしていた。テーブルの上には色々な種類のお酒といくつものグラス。クラッカー類にチーズやハムがのせてあるお摘み各種にサンドイッチ。部屋には大きな冷蔵庫まで設置してあって、中には様々な種類のビールとカクテル類の甘いお酒。アイスクリームやスイーツ各種がぎっしりと詰まっていた。




 私がカレーを食べて泣いている間に、ここまで用意してくれたんだ……。




 なにこの天国。決めた、私ここに住み着くわ。駄目だと言われても絶対に離れたくない現実がここにあるのよ。



 ローズから見たらバレバレな覚悟を決めている時には気が付かなかった。これが彼女のうってきた策だって。





 まぁ、策だって気が付いていても多分自分からその罠に嵌りに行っていた事は間違いないわね。それだけは自信を持って言えるわ。


 色々と目移りしている私に、彼女は「好みはわからないんだけど」と、とりあえずカシスオレンジのカクテル缶を手渡してくれた。




 「後でマリアに聞かなきゃいけないこともあるから、アルコールはほどほどにね。本当なら呑んでする話でもないんでしょうけど、素面では話せないこともあるのよ。」




 と、乾杯してから修道院護送隊襲撃イベント後の出来事を話し始める。





 私を襲撃した犯人に関する情報を私に確認すより先に、彼女の持っている情報を開示する理由は何なんだろう。



 一つは既に犯人に対する情報をもっているために私の情報の価値が低いと判断したのか。もう一つは既に私の身の安全を確保したからそれでよしとして、犯人確保を考慮していない。



 でもそれなら聞かなきゃいけない事があるからアルコールを控えろとは言わないはず。



 そうすると先にローズの情報、意見を考慮したうえで私の持つ情報を開示するかどうかを決めろという事かな。



 そう穿って話し出した彼女の様子を、それと気が付かれないように観察してみる。






 ……いや、やっぱり考えすぎかもしれない。



 だって彼女、飲み会の準備をしながら既に何杯か開けちゃっているみたいで、いつもよりもテンションが少し高いもの。




 「いや、本当に死ぬかと思ったのよ。何せ顔が2重に重なって見えた瞬間に、え?この人エイリーク!?ってパニックになったし、極めつけは目撃者を放っては置けない、ですもん。正直色々と乙女としてはギリギリアウトの線で取り乱しまくったわよ。



 その後も動揺は収まらないしさ、頭が全然回らないの。今自分がどうなっているのかすら把握できてないんだもん、人間ってこういう時にその人の限界がわかるのかもね。



 正直、私はこういうとっさの時動けない人間なんだなって情けないけど自覚したわよ。」




 かなりのハイテンションで彼女の話が続く。人にアルコールを控えるように言っておきながら、彼女自身は結構早めのペースで缶を傾けている。完全に話に聞く女子会のノリと勢いだ。






 なんかもう。一人で身構えて気を張っていたのが馬鹿らしく思えてきた。彼女ならこの醜態も何かの策の可能性もあるけどあんまり肩ひじ張っても仕方ないわよね。



 今は構えるのはやめよう。もう少し気を楽にして彼女の話に集中しよう。




 そう思い決めて、私もカシスオレンジの缶を傾ける。うん、この味好みかもしれない。これに合うお摘みはなんだろう?



 チョコレートとかどうかな?あ、でもチョコレートだとカクテルの酸味が強く感じちゃうかしら。



 それはそれでいいかもしれないけど。と御摘みで真剣に悩み始めた私に「ちょっと話聞いてる?」とローズから突込みが入ったけど「聞いてるよ~」と適当に流してお摘みを吟味する。


 我ながら、つい先ほどまで生死の境をさまよっていたとはとても思えないわね。





 ローズの事、盟友とも親友とも思っていたけど、なぜか今日、もっと彼女に近づけた気がする。



 飲みにケーションっていったっけ?おっさん臭い言葉だけどさ。アルコールは偉大なりって事なのかもね。

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