ヒロインと悪役令嬢、少しだけ俺 1
マリア視点
意識を失う少し前。何があったのか記憶が混乱していて、よく覚えてないわ。
覚えているのはどこかで見た事のある男が乱入してきたのと、剣を抜いて襲い掛かってきたこと。彼が私に覆いかぶさるように体当たりをしてきた直後、おなかがすごく熱くなって。体に力が入らなくなってテーブルにも垂れて倒れたのは覚えている。
ローズが泣き叫びながら私の名前を呼んで、それからメイドを呼んでいたと思う。その後すぐに王太子が大声を上げてテラスに入ってきたような気がするけど、その後はよくわからなくなっちゃった。
結構長い時間寝ていたような気がするのよ。色々と夢を見ていたわ。
私、また死んじゃったのかな。ごめんね、ローズ。このイベントが起きるなんて思っていなかったから、油断しちゃってた。このままだとローズが犯人にされちゃうよね。
少し前までなら、これで無事生還出来たら私の勝ち。はれて王太子の婚約者になっていずれは王太子妃、王妃とステップアップするの。貧しい貧乏男爵家の暮らしから抜け出して、セレブリティの仲間入り。なんて割り切って考えていたかもしれないけど。
心を通じ合った今は、ローズを犠牲にして自分だけ利益を確保しようとは思えなくなっちゃった。というか、王太子妃のポジションにもそれほど魅力を感じなくなっている。だって、確かに外見はかっこいいし、お金持ちで権力もある理想的な王子様にみえるけど、あの人、基本的に性格が何様俺様なのよね。
ローズに言わせると、自分以外の人間を自分の役に立つ道具か敵かでしか判断できていない、我儘な子供のまま大きくなってしまった男、なんだってさ。
最初にその評価を聞いたときは、まさかそこまでひどくはないでしょう?って思っていたんだけど、ふと今までの彼との思い出を振り返ってみると、あらあらまぁまぁ色々と思い当たる言動がボロボロと出てきて少し怖くなってきていたのよね。
まぁ、今更アルベルトをローズに押し付けたりできないし、彼も何だかんだ言っても私に惚れているのは事実みたいだから、ローズが比較対象者として私の側に居る間は何とかなるかなって考えていたの。
子供が出来れば少しは成長するかもしれないし、私ならうまくやれるって根拠のない自信もあったのよ。
だけどそれも、このイベントを乗り切ってこそなのよね。本来ならこのヒロイン襲撃イベントは寸での処でヒロインは無事に助かって犯人は逃亡。その後実行犯は見つからず、黒幕はローズだという事になるけど、実際にはこのイベントに関してゲームの中のローズは無実だったりするの。
確かファンディスクにこのイベントのネタバラシのエピソードが入っていた気がするけど、スチル目的でストーリーをポンポン飛ばしていたから、あんまり覚えてないのよ。
一度死んだことがあるからかしら、命の危機だというのに私も余裕があるわよね。昏睡状態の間、時々意識が浮かび上がってくるたびにこんなことを考えていたのは覚えている。
ただ、だんだん命が体から抜け出ているのは感じていた。もしかしたらもうとっくに身体から魂が抜けだしかけていて、半分幽霊の状態で考え事をしていたのかもしれないわね。
絶望と孤独感に押しつぶされそうになって、だんだんと考えることも出来なくなってきて。もう駄目かなって思っていたその時。
冷たくなっていく身体が不意に柔らかな温かさに包まれた。私の心を押しつぶしていた孤独感はその優しいぬくもりに塗りつぶされていって、絶望感は私の心から追い出されたわ。
少し離れた場所からローズが私の名前を呼び続けていたのが聞こえてきて、ふと目が覚めると、目の前に今まで見た事もない様な奇麗な男の子がいたの。なんだかうっすらと顔の周りに何かが重なっているように見えたけど、その時はそれが何なのかわからなかった。
目が覚めてからはしばらくローズが私に抱き着いてきて、わんわん泣いていて。大丈夫?大丈夫なの?って私も大丈夫だよ、大丈夫だよって。
何が起きたのかはわからなかったけど、なんとなくあの男の子が助けてくれたのだとわかった。気になって男の子を探したんだけどもう何処にもいなくて、代わりに団子っパナで少し身長の低い、恰幅のいい優し気なお兄さんがローズの後ろに立っていた。
お兄さんはローズに何かを話しかけて私から引き離すと、優しく私をお姫様抱っこで抱き上げてくれた。紳士的にも抱き上げる前に失礼、って一声かけて。その声が低音で柔らかく優しい感じがしたの。
あぁ、この人いい人なのかな。もしかしてローズの良い人かな。そんなことを考えているうちに、彼は私が倒れていた廃墟から優しく連れ出してくれた。後でこの廃墟が王城の離宮だったって聞いて驚いたのは別の話よね。
隠れ家って言っていいのかな。街道から少し離れた場所にそのコテージは建っていて、その一室のベッドに寝かされて大荷物を持ち込んだローズと二人きりになれた時、私の最初の一言は。
「ねぇ、ローズ。私が目を覚ました時に私の目の前にいた、奇麗な男の子、何処に行っちゃったのか知らない?」
だった。ローズは苦笑しながら。
「私も初めてはっきりと見たけど、可愛いって感じよりもすごく奇麗な子だったよね、あの子。」
と、同意してくれた。いや、思いっきり私の質問無視してながしちゃってるし。どういう事。あの子はローズの既知の男の子ではないって事かな。それとも普段から顔を隠していて、ローズが素顔を見たのはあれが初めてって事?
それにしては何となく言葉と態度に違和感がする。それと今まで気が付かなかったけどローズがこの部屋に持ち込んでいる大荷物、あれクーラーボックスじゃない?
そんなのこの世界にあるはずないじゃない。似せて作った可能性も考慮してみるけど、材質がどう考えても強化プラスティック系統のものだし、そんなものこの世界の技術力で作れるはずがない。
きれいさっぱり男の子の事が頭から吹き飛んじゃった私の視線に気が付いたのか、仕掛けたドッキリが成功してニヤニヤしている風のローズが、楽しそうにクーラーボックスを開けて赤がシンボルカラーの某大手炭酸飲料メーカーのメイン商品を私に手渡す。
「たしかマリアって前世でも未成年だったわよね。こっちではもう呑んでるんだっけ?とりあえず無難な方からいってみようか。」
キンキンに冷やされたCドリンクを手に私の混乱は最高潮に達していた。
「嘘、なにこれ?え、まだ私夢を見ているの?もしかして、本当は私死んじゃったとかそういう落ち?
……。え、でも冷たいし、重さも感じる。てか、開けてもいい?」
私の狼狽した様子に満足したのか、少し意地悪になったローズは「いいわよ、乾杯しましょう」と笑顔で言ってくれた。
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