悪役令嬢と俺 7
ローズ視点
話し辛そうに、それでも順を追ってしっかりと、アイクは小林晶としての人生の始まりから話してくれた。
時折懐かしそうに、そして苦々し気に。心筋梗塞のくだりでは微妙にデジャブを感じたりもしたけど、おおよそで私の予想から大きく逸脱したものではなかった。
想像通り、彼は神様転生のカテゴリに当てはまる人。彼は推定で神様と思われる存在にこの世界には存在しない魔法や特殊な能力を持たされて120年前に生まれた。そしてその後40年は普通に暮らして、残り80年を戦場の幽鬼エイリークとして過ごしてきたようね。
本人にエイリークとしての人生の自覚は薄いけど。彼は自分に関するうわさにあまり興味はなかったみたい。結構きわどい話もしていたわね。
「ハーレムって……。いや、正直なのはいいけど少しは取り繕った方が。まぁいいわ、それは置いときましょう。
とても信じられないけど、どうやら本当の事みたいね。これって転生系の物語で言えば神様転生って事よね。」
なにもここまで赤裸々に話さなくてもいいんじゃないかしら。年齢=彼女いない歴=童貞の歴史だなんて、真顔で言うものだから、一瞬相槌も口ごもっちゃったわよ。自己防御性が薄いのかな?
それでいて、せっかくチートをもって異世界転生したのだから英雄になってハーレム作るのは義務だとか言っちゃっている。
とても本心で言っているとは思えないんだけどね。
何故なら彼の人生そのものが彼の目的を否定しちゃっているもの。
「そういう事になるな。まぁ俺が会ったあの神様が本当に神様なのかどうかまでは分からないけど、少なくとも俺に不思議な力を持たせて再度の人生をくれたのは間違いない。この120年、老化の兆しは見えんし、自分の体がどうなっているのかも本能的に分かる。今の俺は首を刎ねられたくらいじゃ死ぬこともない。」
自らの不死性を世間話のように軽々しく話す彼をわずかに呆れた視線を投げかけてしまう。
英雄を目指しているといいながら、武功を立ててもその武功を利用して地位を得たり、立場を得ようとしたりしていない。
戦場の幽鬼エイリークの逸話や目撃情報はかなり多いわ。それは戦場での話だけに限らない。彼が行く先々で行う商取引は、もはや伝説の一つになっていたりするのよね。
どこで作られたかわからない質の良すぎる様々な種類の生地。製法の検討もつかない真っ白な砂糖。高い技術力で作られた透明なガラス細工の数々。上質な鉄やその他の様々な金属製品。
それら産地も仕入れ先も不明な品の数々を商人が求めるままに売り払い、その町の特産品を買えるだけ買って差額の金貨を受け取って町から町へ渡り歩いているのに、その財を商取引以外に使ったという話は聞かない。
彼が滞在した町で散財したという逸話はないし、地方の有力者と結んだという話も聞かない。
「やっぱり信じがたいという言葉しか出てこないわね。ただ、信じる材料はある訳ですし。
少なくとも目の前で、何もない所からこの世界にあるはずも無い物を取り出して飲食しているんだもの。幻覚の類じゃないのは、おなかが膨れて酔いがまわっていることからも解るわ。
と言う事は戦場での殆どあり得ない悪夢のような活躍も真実で、その悪夢の原動力はその神様にもらった魔法って事なのかしら。」
彼の話を受けて返している間に思考を進める。
ハーレムを目指している割には自己申告でもはっきりしているが、女性との関係を持った話も聞かない。これはエイリークの目撃情報や活躍が残っている地域で調べてみると不自然なほどにはっきりとわかる。
彼に女性を世話した地方の有力貴族が何人もいるのだが、全員相手にされず部屋にも入れてもらえないようで、彼の逸話の後半になってくると、戦場の幽鬼エイリークは同性愛者ではないかとの憶測も流れ始めているほどだ。
英雄を目指しているはずなのに、英雄への道筋から遠ざかり、ハーレムを望んでいるはずなのに、女性との交わりを避ける。
普通に矛盾しているし、行動だけを見るとその場面場面で、場当たり的な行動をとっているだけのようにも思える。
おそらく彼自身、自分にも周囲にも本当の意味で興味がないのではないかという疑念が出てくる。本質的に何がどうなってもどうでも良いというような無関心が根っこにあって、だからその場その場で流されるように場当たり的に破滅的な行動をとってしまうし、自ら目的と話す英雄とハーレムが達成されるかどうかも実は興味がない。
誰かを愛することも自らの欲望を満たすことにも本質的には興味がない、もしくは前世の思いをなんとなくトレースしているだけ、本当の望みが自分で見えていない。もしくは本心から何かを望む意欲がない。
そういう印象を感じる。ある意味でかなり危険な男である事は間違いないわね。ただ、言葉の端々にそんな自分に気が付いていて、淡いSOS、もしくは状況の改善を求めているようにも感じる。
気のせいかもしれないけど。
「全部が全部魔法の力ってわけじゃないけどな。概ねその通りだと思う。まぁ、俺は自分じゃその戦場の幽鬼エイリークの話を詳しく聞いたことはないから、誇張されているのかどうかまでは知らんがな。」
ちょっとまずい。思考している内容と会話の内容の乖離が激しくなってきて、混乱してきている。アルコールの影響もありそう。いったん思考の方を切り替えて、会話の方に集中したほうが良さそうね。
戦場の幽鬼の逸話をよく知らないと言うアイクの為に、彼の一番有名な最初の逸話、嘆きの城の話を聞かせてあげる。説明している間、特に反論が無かったが、唯一彼の愛馬に関しては、間違いの指摘があった。
驚くべきことにこの逸話はほとんどが真実であったらしい。まぁ、襲撃時に見た彼の戦闘力ならばさもありなん、ですけれども。
今はその地が有名な観光スポットになっていることを話すと流石に彼も呆れたようで、苦笑していた。
残ったビールに口をつけ、話を一旦切り上げて間を開ける。大体の材料はそろったと思う。彼の性格から考えて、私がそれなりの条件を出せば面倒くさいとか色々と文句を言いながらも力を貸してくれる可能性は高い。ただ、彼はこの一件が片付いたのちに、今までの逸話と同じように全てをその場に残したまま去っていくでしょう。
今までの彼の側に居ようとした女たちと私との違い。
アイクの立場に似たような私の立場と彼の目的と公言している英雄とハーレム。それを楔にしてうまく立ち回れば、純粋な愛ではなくても彼のこれからに私自身を絡めていく事は出来ないものか。
私だけでは無理。おそらくマリアの協力も必要になる。
彼をこのまま逃がすわけにはいかない。それは生活の質の向上や、私自身の幸せに強く関係してくるけど、それ以上に不思議と彼に惹かれている自分がそうしたいのだと強く私自身に訴えかけている。
彼のどこに惹かれたのか自分でもよくわからないけど。便利なところとかは惚れる要素とはちょっと違うわよね。どこか初恋の人に似ていたからかもしれない。あの人に似ている所もあるわよね。時折見え隠れする、二重の顔の奥、素顔に惚れた面もあるかもしれないけど、表の顔も味があって側に居たいと思わせる安心感、雰囲気があるわよね。
最後のビールを飲み切り、私はこの交渉、最後の賭けを始める。
私の目的、親友になったマリアを救いたい。そのことを伝えて土下座する。
後は出たとこ勝負!
彼から出てくるだろう言葉は大体想定の範囲内。
私が提供する報酬は私のすべて。
ある程度順序だてて、私のこれからの予想やうまくいった場合の私の立場を説明するけど酔いが少し回ってきたせいか、だんだんと内容が怪しくなってきている自覚はある。似たような話を繰り返したり前後矛盾するような話になっていないか、自分でも怪しい。
何とか乗り切れ、私の持っていきたい結論に誘導していく。大丈夫、彼にもアルコールは仕事をしてくれているはず。
同じ転生者だからこそ発生する問題と欲求。貴方と私は同じ側の人間ですよ、という認識の共有。
貴方がいなくなると私は困るの、見捨てないでねという一方的な要求ではあるけども、同時に私とそしておそらくマリアは彼を理解できる可能性のある人間の一人であるというアピール。
やばい思考もどんどん乱れていく。一気に酔いがまわってきた?
今ここで崩れるわけにはいかないの。もう少しもって。大丈夫、私ならいける。
「それなら別に俺の女にならずとも、平民でもそれなりに裕福な家に嫁げばいいんじゃないかな。平民ならば其処まで純潔にこだわる事もないだろうし、公爵家の家格に見合った扱いをしてくれるだろう。少なくとも良い暮らしはできるだろうよ。」
しめた!途中怪しくなったけど、この流れを逃がすわけにはいかないわ。
「そこよ、それなのよ。その良い暮らしよ。」
今は良いの。まだ利益しか見ていないと思われても。共通の土台が作れれば。多分、貴方はこちらから強くせまれば引くタイプよね。わかってる。だからこそ当面は身の危険もないでしょう。勝負はこれから。分かり合うのはゆっくり時間をかけてからでも遅くないわ。
「その良い暮らしの中にコレは存在しているのかしら。」
ビールの空き缶やその他を彼に突きつける。
「その暮らしにはエビ的なものも一番もチョコもカレーすら存在しないわ。最初からないものと諦めていた昨日までなら頭に浮かんですら来なかったでしょうけど、再び口にした瞬間から、もうこれらを手放すなんて考えたくないわね。」
そして貴方もね。
「つまりビールやチョコレートの為に身を売るって事か。」
もしかしたら、彼に窮地を救われたことで吊り橋効果やその後の拉致でストックホルム症候群に似たような心理状態に陥ったのかもしれない。
だから、私自身、考える時間も必要だと思う、けど少なくともあなたは。
「ちょっと違うわね。報酬にかこつけてあんたを逃がさないって言っているのよ。」
最後に隠せない私の本音がでたわね。アルコールって怖い。
私の言葉に動揺したのか彼の顔が燐光を発して、今まで以上に表の顔が薄れて、後ろの顔がはっきりと見えた。
その端正な美しい面は何かを諦めた様な、それでいて少しうれしそうな、そんな何とも言い難い顔をしていたの。
もしかしたら、その時、私は恋に落ちたのかもしれない。
結局顔ですか、とは言わないでね。その時に自分の気持ちに気が付いただけなのかもしれないんだから。
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