悪役令嬢と俺 1

ローズ視点 


 第一印象は恐怖。柄の悪い男たちに囲まれて、弟たちはさっさと逃げ出してしまった。残された私は山賊然とした男たちに、不吉な将来像を語られ逃げ出さす隙もない。



 状況は絶望的。さらにこの後、奇跡が起きてこの場を切り抜ける事が出来たとしても、私の立場は最悪に突き落とされることになるだろう。ならず者に囚われてその間の目撃証人はいないとなれば当然純潔が疑われることになる。



 貴族の令嬢としては致命的で、令嬢の立場を守りつつここからの挽回の策はほとんどないだろう。その結果ですら最善なのだ。




 「奴らが何を勘違いしていたのかはわからんが、諦めておとなしくついてくるんだな。おとなしくしている分には乱暴したりはしねぇよ。お嬢ちゃんの出自によっちゃぁ、あんたは人質かもしくは商品になるんだからな。値が下がるような事はしねぇ。」




 誰がキーマンか、この場を支配しているのは誰か、相手を警戒させないように怯えた目つきで周囲を見回す。この話しかけてきた男は、多分こいつらのリーダーじゃない。



 「あんた、見た目は上物だ。育ちのいいお嬢様なら初物だろうしな。おとなしくするなら他の奴らにも手出しはさせねぇ。傷物にして買いたたかれるわけにもいかねぇしな。」



 この男も違う?せめて交渉できる相手を見つけなきゃ。



 最悪は、この男たちが言うように、人質になって慰み者にされた挙句、人買いに売られて娼婦に落とされるか、もっと悪ければ変態貴族の玩具にされる未来だってあり得る。



 舌先三寸で何とかできるような状況じゃないけど、打てる手はそれしかない。なんとか、この場を切り抜ける方法を……。



 私が必死に考えている時だった。その声が辺り一帯に響いたのは。





 「よっしゃぁぁぁぁ!!」





 歓喜を伴ったその大声と共に、恐怖を纏った人の形をした何か飛び込んできた。それから先の事はぼんやりと悪夢を見るようで、はっきりとは覚えていない。目の前に人間を構成していた部品がまき散らされていく。鉄錆の匂いが辺り一帯に充満し、上半身と下半身が泣き別れして紐のような腸だけでつながった状態で吹き飛ばされる。



 気が付いた時にはあっという間だった。35~6人いたはずの男たちは何の弁明も、抵抗らしい抵抗も出来ないまま一方的に蹂躙され、負傷で倒れていた者たちも全て棒のようなもので叩き潰されていた。




 二回目に私に話しかけてきた男だけが左手と左足を吹き飛ばされた、比較的軽症な状態でしばらくは息があったけど、乱入者といくつか話しているうちに息絶えたらしい。



 だけど私はその風景を見てあるスチルを思い出していた。あなただけに抱かれたいという18禁乙女ゲーム。そのゲームのヒロインが攻略失敗した際、悪役令嬢は辺境の修道院に送られる事になる。その途中で戦場の幽鬼エイリークに襲われて哀れ悪役令嬢、つまり私は命儚く散ることになる、その時のスチルに今の状況が重なる。



 そんな馬鹿な……。ヒロインの王太子攻略ルートは失敗したわけではない。まだ卒業パーティーは2か月先の事だし、既に乙女ゲームの攻略ルートからは大幅に外れている。襲撃死亡エンドが成立した?何故……。






 不意に乱入者が私の方に振り向いた。自失していた私はもろにその顔を見てしまった。瞬間息をのむ。何の光の加減なのか男の顔が二重にぶれて見えたのだ。間違いない、戦場の幽鬼エイリークだ。



 彼の逸話は数あれど、共通しているのは時折顔が二重にぶれてほのかに燐光を放つというエピソードだ。今も彼の特徴ともいえる団子鼻の下に別の顔が見える。



 間違いなくエイリーク、だとしたら死亡エンドは成立している!?我知らず身体は自然と緊急事態。冷静なつもりでも考えが纏まらない。両足は必死に大地を前にけりだして少しでも身体を後ろに逃がそうと努力する。腰から下で何かが解放感。



 両手も必死に動かしてほんの少し後ろに進めたが、それ以上何故か後ろに進めないし、気ばかりが焦ってうまく体が動かない。




 「うん、目撃者をこのまま放っておいたら後が面倒になるな。」




 思わず悲鳴が漏れる。



 神様!今まで私は悪い子でしたが、これからは良い子になります。お願いです、助けてください。心の中で必死に叫ぶ。今まで以上に手足を動かし逃げ出そうとするけど、奴との距離は変わらない。腰なんかとっくに抜けて、恐ろしさで肺はオーバーヒートして息も満足にできない。悲鳴すら上げられない。



 前世と今世合わせて数十年の人生で神様なんか信じた事なんかなかったけど、今初めて本気で祈ります。お願いします、神様助けて!





 けど、奇跡は起きなかった。




 何とか逃げ出そうとして暴れる私をひょいッと軽々と肩に担ぎあげた幽鬼は、そのまま重さを感じさせないスピードで街道を駆け抜け、日が落ちつつある森へと暴走を開始する。



 かなりの速度が出ているせいで、肩に担がれた私は上下左右に揺らされて碌に抵抗できない。それでもそれなりに必死に暴れて抜け出そうとするけど、そのたびに強烈に締め付けられておなかと背中がくっつきそうになる。



 童謡ならほほえましいのだろうが、リアルだとスプラッターの一丁上がりだ。



 泣き叫びたくても叫び声一つ満足に出せない状態で、私が解放されたのはそれから数十分経った後だった。

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