異世界物に挑戦してみた

@yumesaki3019

わたしと私

 ある日突然だった。いつもの様に怒鳴られながら屋敷の掃除をしていた時、わたしは、【私】を思い出してしまった。幸せ…とは外から見れば、言い難いのかもしれないけど、それでもわたしの大切な居場所だった。それを突然奪われ、日常が崩壊した。


 わたしはとあるお屋敷で数ある奴隷メイドたちの一人として使われていた。安く買いたたかれ、上級で高価な品物は全部主人や息子に渡される。わたしたちの労働環境改善には一切使われることはない。少しでも、埃一つでも遺していたら罵声とご飯抜きの刑にさせられる。寝室も逃げ出せないように牢屋だ。監視カメラも設備されていた。少しの愚痴くらいなら許してもらえたけど、閉塞感を感じるよね。人前に出ることも偶にあるからかお風呂には入れさせてくれたし、メイド服も百枚以上用意してくれていた。


 友達に聞いたところによると、わたしたちは多彩な奴隷市場から引き抜かれたらしい。有名な市場と思えば田舎の市場だったりする。また、拘りがあるらしく中にはオークションで何十万ゴルドもかけられた子もいるらしい。奴隷に使う金額として桁違いな気もするけど、ならなんでわたしたちを大切に扱ってくれないのだろう。それとも、わたしたちが知らないだけで今の状況で十分甘く接してくれているのかな。お風呂に入れてくれるし。


 わたしたちは毎週金曜日(【私】が勝手に数えてるらしい。便利)百人いるうちの数十人が主人と息子の性行為を強いられる。わたしは慣れてるから構わなかったのだけれど、泣き出してしまう子も多い。罵声と暴力に比べたらマシだと思うんだけど…良くわからない。する前にお風呂に入れてくれるから尚更嬉しい気がするんだけどな。お風呂がないなら話は別だけど。

 性行為と言えば、確かわたしはお屋敷にくるまで相当雑な扱いを受けていた気がする。昔のことは不思議とあんまり覚えられないんだ。なんでだろう。お風呂もない、ご飯もあまり食べさせてもらえない…ぐらいしかおぼえてないや。まぁ、わたしはお屋敷での生活をそれなりに満喫していた。奴隷であることに何の疑念も持っていなかった。わたしにとってお屋敷が全てだった。きっとこのまま奴隷人生を送るのだと思っていたんだ。この生活がささやかな幸せだったんだ。


 そんな時、突然【私】が現れた。わたしの頭の中に入り込んできたんだ。正直、今でも嫌いで仕方ない。どんな時もわたしの行動に対して意見を述べてくるんだ。まるで監視されてるみたいなんだ。いや、今も監視カメラで見られてるけど。考えが全部伝わるのが嫌。ほんと、最低なんだよ、【私】は。

 それは掃除中、いつも通り廊下を掃除機で吸った後雑巾がけをしようとした時だった。

 (おいおい、そのやり方じゃ何時までたっても終わらないんじゃない?)

「…え?」

 わたしは周囲を見回す。廊下には私以外誰一人いなかった。にも関わらず声は聞えてくる。

(ちょっと私に身体貸してよ。すぐ終わらせるから)

 その途端私の意識は身体から離れ、手も足もうまく動かせなくなる。自分の体を真後ろから見ていた。

「え、なに、嘘」

 僅かに動かせる唇を震わせる。状況が理解できない。なんで、わたしこんな目に遭ってるの。

(すぐ終わらせるから指くわえて見てな!悪いことはしないからさ)

 呆然としながら誰かに動かされる自分の身体を、綺麗になっていく廊下を見ていた。




 そんな侵入者が、【私】が現れた深夜。牢屋部屋の中でわたしは問い詰める。

「誰なの、何者なの」

(いやー説明が難しいなぁ…どう言うべきか)

 へらへらと笑うかの様に、侵入者は脳内に言葉を響かせてくる。

「何よ、本当に何なの邪魔なんだけど主人に訴えかけようかしらわたしの頭がおかしくなってしまったのかな早くどうにかしないと」

(まぁまぁ落ち着けって。悪いようにはしないから。説明は難しいけどな、本当にどうしよう。あの人もまさか

 こう【なる】なんて予想外だったろうし)

 わたしの感情を他所に腕組してそうな声掛けをしてくる。あぁもう。なんなの。

「おちつけ?無理に決まってるでしょうが。貴方は誰なの」。

(うーん……私は私だ。ちょっとした魔法の失敗で君に乗り移っちゃった幽霊さんさ。理解してくれた?)

「理解なんて、無理に決まってるでしょうがぁ!!!!!」


「うるさいよ33番!!!朝食抜きにしようか!?早く寝ろ!!」

 私の怒声が響いてしまったのか、主人にまで聞こえてしまったようだ。いや、でも、これってわたしのせい??


(そりゃあんたのせいだろ33番。過剰反応しすぎだっての。ひとまず寝ようか。また明日考えよう33番ちゃん)

「誰のせいで怒られたと思ってるんですか!?はぁもう、もう!!」

 わたしは頭を掻きむしる。もう何がなんだか分からない。

(話変わるけど、君は33番って呼ばれてるの?もっといい名前を付けてあげれば良いのに…)

 憐れむような声が響いてくる。むっとしながら私は続けた。

「わたしたち奴隷メイドは皆そうなんですよ。別にいいでしょ名前なんて。この名前にも愛着あるんですよ」

(ふーん…そうなんだ…おやすみ、また明日仕事頑張ろうね)

「いきなり会話切りますね、おやすみなさい。」

 あぁ、明日になればこの声も聞こえなくなるかなと願いながらわたしは眠りについた。


 「ねぇ33番ちゃん!今日の仕事上手くいった!?」

 唯一の友人が話しかけてくる。

「あぁ、上手くいったよ6番ちゃん」

 奴隷ナンバーは桁が少ないほど古参なんだ。上下関係も厳しく自分と近いナンバーと仲良くつるむ子が多かった。だけど仲よくしたところで結局仕事の奪い合いになるからとわたしはあまり友人を作らなかった。彼女は例外だ。

「33番ちゃんの掃除した廊下見たよ!凄いじゃんピカピカじゃん!!」

 屈託のない笑顔を見せてくる6番ちゃん。

「いや、まだまだだよ。でも、褒めてくれてありがとう。」

 少し頬が熱くなっているのが分かる。彼女の前だと何時もこうなってしまう。

「ねぇ、33番ちゃんはこれからどうしたい…?」

 いきなり6番ちゃんに問いかけられる。真剣な目だ。

「わたしは、このままこの屋敷にいたいかなぁ。それなりに幸せだもん。6番ちゃんは?」

 6番ちゃんは右腕を上に振り上げ、人差し指で天を突く。

「私はーー」






 わたしは奴隷牢屋のベッドの上で目を覚ました。

「さっきまでのは夢か…夢かぁ。現実なら良かったのに」

 そう、さっきまでのは夢。だってもう居ないのだから。そう、もう居ないんだ…。

 そういえば、と思う。今日は幽霊の声が聞こえてこない。仕事に集中できそうだ。気を取り直し顔を洗い、歯磨きもする。共有の個室に入り、綺麗に洗濯されたメイド服を着る。最後に33番と刺繍された大きな赤リボンを身につける。よし、今日もいこうか。なんて時に。

(おぉ。可愛いじゃんか。奴隷とはとても思えないな)

「…え??うそでしょ」

 わたしの思考に幽霊さんが割り込んできた。幽霊は遠慮なく褒めてくる。

(使いまわしかはどうかは置いといて、番号が刺繍までされてるなんて、主人に愛されてるんじゃないか?)

 今はわたし一人だけだ。周囲を気にせず大声を出せる。

「今から仕事なんです!!邪魔しないで下さい!!」

(はい!分かりましたすいません。それじゃ)

 昨日の威勢はどこへやら、幽霊さんはあっさり消えた。本当にめんどくさい。わたしは深呼吸をしたのち、部屋の時計を確認した。

「うわぁ!?もう走らないと朝会に間に合わないじゃん!?」

 わたしは廊下をひた走る。さて、メイド服は当然布が長く走りにくい。焦り走ることなど久しぶりだった。

「やったあと少し、ってうぇ!?」

 私は朝会が目と鼻の先という所で派手にすっころんだ。その勢いのまま前に突き進み丁度主人の目の前で止まった。

「あ、あはは。おはようございまーす…」

 笑うしかなかった。

「昨日からどうした33番。今までの忠義はどこに消えた。」

 今日使われる奴隷メイドが集まる中、朝会に間に合わなかったわたしを主人は冷たい目で見てくる。

「ち、違うんです。ちょっとした事が積み重なってしまって…」

 見苦しい言い訳をしてしまう。これはご飯抜きで済まされるだろうか。声が震えてしまう。

「分かった。33番、今日は私とずっと一緒に居ろ。話がある」

 耳を疑った。わたしだけ?なんで。

「は、はい!頑張ります!!」



 基本的に、奴隷メイドは大きなお屋敷の家事洗濯、清掃作業を担当していた。主人の世話はまた別の、正しい経緯で選ばれた【本物のメイド】に任されていた。奴隷メイドとの大きな違いは人前に堂々と出せることらしい。

 なんでも奴隷メイドはどうしても目に【闇?陰?】とやらが浮かび、扱いづらいらしい。ぼーっとする人がいたり、他人に怯えすぎる子がいるから…とも聞いたな。それでも安くこき使う人材が欲しいと購入者が後を絶たないんだって。そんな、奴隷メイドであるわたしが本物のメイドの奉仕光景を見るなんて今までありえないことだった。それとも私が知らないだけなのかな。


「いつもありがとうダイヤ。今日は33番って子が見に来てるけど…不快だったりしないかい?」


「いえ、お気遣いありがとうございます。僕は全然問題ありませんよ」

 光に満ちた笑顔を見せるダイヤさん。風の噂で聞いてはいたけど、改めてわたし達との格の差を思い知らされていた。すらっとしていて整えられた短めの銀髪。紅と蒼の宝石の様な眼。思わず見惚れてしまう。主人とは長い付き合いらしく言葉を交わすとも、以心伝心の様だ。


 その後もわたしは圧倒的な能力格差を思い知らされた。洗濯も料理も掃除もわたしたちを超えるスピードでこなしていく。そして笑顔も忘れていない。奴隷メイドにすらも気遣いを忘れていない。主人だけでなく王子の専属メイドもこなしているようだ。速さが違っていた。わたしが普段担当している廊下掃除も猛スピードで終わらせていく。普段の私なら30分かかるところを7分で終わらせてしまった。おまけにわたしに向けてのファンサービスも欠かさない。なんなら軽い独り言に見せかけた助言もしてくれる。料理中もそうだ。主人への料理を仕上げるついでにわたしの分までスピードを落とさず作り上げた。きっとわたし達が束になっても叶わない。

 








 ダイヤさんの全ての仕事を見終えたわたしと主人は食堂に居た。夕日が刺して眩しい。主人は言う。

 「33番、今日を通して何を学んだ。」

 わたしは淡々と答える。

「腕の違いを、性能の違いを思い知りました」

 主人は続ける。


「そうだよな、元々が奴隷な奴と、恵まれて生まれた奴。勝てないのは当然だ。魔法の扱い方すら仕込んでないんだから当然だ。そこまでがっくりしなくてもいいぞ。魔法もこれからゆっくり学んでいけば良いのさ。」


 大きな手で私の頭を撫でてくる。ここまで優しくされたのは初めてだ。嬉しくて訳が分からなくなる。

「あ、ありがとうございます!これからもがんばります」

「そうか…そう、外でも頑張って生きてほしい。大丈夫だ33番。お前には誰とも違う【力】が眠っているから」

 その目はどこか恐ろしくて、優しくもあって

「何ですか、【力】って?」

 にやけながら主人は言う。

「お前は疑問に思ったことはなかったか?なんで息子は屋敷に居ないことが多いのか」

 確か、初めてお屋敷に連れられた際聞かされた筈。

「それは、仕事をしてるからだと聞かされています」




「あぁ、半分正解だ。あいつは不老不死の研究をしてるんだよ」




 え、何。今なんて言ったの、聞き間違い?。




「不老不死…?どういう事ですか、唐突すぎますよ」


 困惑する私を置いて主人は続ける。


「数年前からか、沢山いる奴隷の中から数人不老不死が生まれるんだよ。意味が分からないだろうが、それが現実なんだ。単純にそいつの血を飲んだところで不死にはなれない。だから研究のため血眼になって不死の奴隷を探し出している。」


 わたしの声が聞こえていないのだろうか。

「まってください、言ってる意味が分かりません」


「この屋敷からも数人見つかってるんだ。卒業と称して屋敷から出すと見せかけて王子に渡す。そして研究成果を分けてもらう。なかなかいいビジネスだろう?」

 声をからし、叫ぶ。

「だから、分かんないんですよ!不老不死とか研究とかビジネスとか!何時もの厳しくも明るいお屋敷は嘘だというんですか!」

 いやだ、いやだいやだもう何も聞きたくない聞かなきゃいけない助けて。


「話を最後まで聞け、嘘ではないぞ。嘘じゃないからこそ33番、お前に話してる。お前は、生きてほしんだ」

 話を勝手に進めないでほしい。頭がぐちゃぐちゃで、視界が潤んでしまう。


「なんで…わたしなんですか。わたしはここが好きで、ずっとこの場所に居られると思っていたのに。ずっと奉仕する人生だと思っていたのに、それだけで十分だったのに」


 大声で、主人は告げる。

「33番、お前は特にお気に入りなんだよ。だから本物メイドをみて社会勉強させたうえで外に逃がしたかったんだ。少しでも、自分で考えられるようになって欲しかった。大丈夫そうだが。まさか33番が不老不死の力を持ってるなんて思いもしなかった。最初に気付いたときは思わず泣いたよ。幸せになって欲しかったからな」

「幸せになって欲しかったなんて言わないで下さいよ、もう辛いんですよ、何も知りたくない見たくもないあの日々に帰らせてください」

 まくし立てる。

「ふふ、大丈夫。お前は大丈夫だ。相棒が居るみたいだし」

 もう前が見えない。へたり込み主人の足をつかむ。

「それは違いますよわたしはまだまだ未熟でお屋敷に居ないと生きていけませんし、離れたくないですよお願いしますここに居させてください」

 主人はわたしを突き放す。

「…いいか33番。そんなに悲観することはない。同じ仲間がきっと出来るさ。」

 主人は注射器をわたしの腕に刺す。眠気と同時に意識が遠のいていく。

「いや…いや……わたしは…」

「さよなら、33番…」



 袋詰めされた中で目が覚めた。必死に縄や紙袋を裂き、外を見ると。

 

「えっ…そんな…」


 名前も場所も何一つ分からない謎の町に放り出されていた。







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