もし、君に勝てたら……

加瀬優妃

カードバトル

 クレズン王国の城下町カイザンの一角にある広場。

 緑の芝生が広がるこの場所では、鬼ごっこや球遊びをする子供たちでにぎわっていた。しかしロビンはそんな子供達には見向きもせずに木陰にどっかりと座り、数枚のカードを芝生の上に並べながらブツブツ何事かを呟いている。


「えーと、『火のフェルワンド』は〝地上・攻撃特化〟だから『水のサーペンダー』へのATK値は1.5倍の2乗。ランクAだと最低90ぐらいにはなるか。となると……」


 赤い炎を吐く灰色の大狼のカードを芝生の上に置き、その隣に紫の大蛇が描かれたカードを並べる。 


「『水のサーペンダー』のDEF値は80そこそこだから、賽の目がどうであれ勝てるはずだよな……」

「うーん、ちょっと惜しいね、ロビン!」


 そう頭上から声をかけたのは、上半身は赤いビキニで下半身は膝丈の巻きスカートという、この辺りでは見かけない露出の高い恰好をした少女。日によく焼けた小麦色の肌が、明るい太陽の日差しの下で輝いている。

 褐色の少女は少年が並べたカードを覗き込み、うーん、と首を捻っていた。


「何だよ、リタ。今年も来たのか」


 少女を軽くあしらうロビン。

 しかし実際には、心臓の鼓動が一段高く跳ね上がるのをしっかりと自覚していた。


 クレズン王国では『神王魔獣』と呼ばれるカードゲームが盛んで、毎年春に大会が開かれる。

 その時期にクレズン王国に呼ばれる旅芸人の一座なんだ、リタはロビンに話した。ロビンより二つ年上の14歳。


 初めて会ったのは一年前。その前の年、決勝まであと三つというところで負けたロビンは、「今年こそは優勝するぞ」と息巻いていた。10歳でそこまで進めたなら大したものなのだが、ロビンの目標はあくまで優勝だ。

 そうして一人黙々と自主トレしているロビンの前に現れたのが、リタである。


 リタは国外の人間なので大会には出れないのだが、このゲームに詳しく、ロビンの練習相手になってくれた。

 そうして去年は10戦してロビンの10敗。全くもって、歯が立たないのである。


「そっか、去年も駄目だったんだねぇ」

「そうだよ、悪かったな。あと一つだったんだけどさ」


 決勝へ進んだ者は身分に関係なく翌日クレズン王城に招待される。そして王家や貴族の前で決勝戦を戦うことになるのだ。

 これは非常に名誉なことで、平民にとっては夢の舞台。

 そして三連覇すると殿堂入りとなり、一代男爵に叙せられ、貴族の仲間入りをすることができるのだ。

 たいていはロビンより年上の大人たちばかりなので、12歳のロビンが優勝するのは並大抵のことではない。


「お前、大会当日にはいつもいないよな」

「その日は王城に行かないといけないからさ。王様の前で芸の披露をするの」


 こっちも恒例行事だからね、と言ってペロリと舌を出すと、リタはロビンの前にペタンと座り込んだ。巻きスカートの隙間に手を突っ込み、カードの束を取り出す。


「でも王城に滞在してるから、決勝戦まで来てくれればロビンの雄姿を見れるかも」

「よっし、頑張るぞ!」

「でもこれじゃ駄目だねぇ」


 地面に並べたロビンのカードを指差し、リタが溜息をつく。


「え? 何でだよ?」

「デッキには3枚並べられるんだよ。例えば……」


 リタが自分の手持ちから二枚のカードを取り出した。茶色い凶暴な顔つきの栗鼠が描かれたカードと、鋭い牙を持つ青い土竜のカード。


「『風のトラスタ』ランクBの〝効果上昇×1.5〟。それと『地のヴァンク』ランクCで〝地上属性のATK値・DEF値ダウン90%〟。この二つを併用するとロビンの『火のフェルワンド』のATK値が減らされて『水のサーペンダー』のDEF値が上昇する。勝率が逆転するわよ」

「……あっ、サーペンダーは〝水中〟だから『ヴァンク』の影響を受けないのか。『トラスタ』もスキルはそのまま……」

「そういうことね」

「でも、防御で『トラスタ』なんか使うかよ」

「それは思い込みでしょ。ステータス上昇スキルはDEF値にも使えるんだし」

「しかも『ヴァンク』……」

「敵も味方もダウンさせるカードだけど、使いようということね」

「うーん……じゃあ『ヴァンク』が出てるときは要注意か」

「というより、場に出てるのが二枚なら残り一枚は何が出るかわからないんだから、つねに要注意なんだけどね」


 お姉さんのようにロビンを諭しながら、リタが自分のカードを再び手元に戻す。


「ま、とりあえず練習バトルをしましょうか」

「よーし、今年はせめてリタに一勝する!」

「目標が小さいわね」

「いいんだよ、一勝で。そしたら、オレは……」


 何か言いかけたロビンは、慌ててぶんぶんと首を横に振った。


「オレは? 何?」

「何でもねぇ!」


 去年よりまた少し綺麗になったリタから目をそらし、ロビンはゴシゴシと右手で唇を擦った。



   * * *



 そうして時間は過ぎて、ロビンとリタのカードバトルはというと、またしてもロビンの全敗という結果になった。


「あー、これで20連敗か……」


 ロビンがガックリと肩を落とす。


「でもロビン、強くなったよ。きっと決勝に行けるよ」

「そうだよな。最後はもうちょっとだったし。次は絶対に勝つ!」

「……うん」


 夕方の太陽が、二人以外誰もいなくなった広場の緑をオレンジ色に染めていた。そろそろ帰らなければならない。


「じゃあまたな、リタ」

「うん、またね、ロビン」


 リタに手を振り、ロビンが広場を駆けてゆく。

 その後ろ姿を見送っていたリタは、ふう、と溜息をついた。やや肩が下がったリタの細長い影を、それより二回りぐらい大きな影が覆い隠す。


「……いつまでこんなことを続けるつもりですか、マルゲリータお嬢様」


 背後の樹の陰から現れたのは、紺色の騎士服を着た背の高い男性。ワイズ王国のマヘンリ辺境伯に仕える騎士、カリブだった。

 眉間に皺を寄せ、困ったような顔でリタを見下ろしている。


「その恰好も。貴族令嬢にあるまじき服装ですよ」

「いいじゃない。どうせ偽物だし」


 リタがパチンと指を鳴らすと、小麦色の肌は透き通る程の白い肌に代わり、黒い髪は輝かんばかりの金色に代わり、ビキニと巻きスカートは首元から足先までびっちりと覆われた薄い水色のドレスへと変わった。幻覚魔法だ。

 

「でも……そうね。こうしてロビンに会うのも、今年で最後ね、多分」


 元の姿に戻ったリタが、淋しそうに溜息をつく。

 来年は15歳になる。そろそろ婚約者を募らなければいけない年頃。そうなるとさすがに隠れて他国の少年に会う訳にはいかないだろう。年一回とはいえ。


 カリブに促され、リタは広場の裏手からぐるりと遠回りをし、用意されていた馬車に乗った。

 向かう先は、城下町の関所を越えたさらに奥、クレズン王国の貴族が住んでいる高級住宅街。


 クレズン王国との国境に領地をもつマヘンリ辺境伯一家は、毎年このカードバトル大会の時期にクレズン王国の貴族、バルト家から招待を受けている。


 一昨年のこと。このカードバトル大会を見学したお転婆お嬢・マルゲリータは、飛び抜けて年若なロビン少年が華麗に大人達をなぎ倒すのを見て夢中になった。

 ロビンは城下町に住む平民、リタは隣国の貴族。到底身分は明かせないものの、彼と話すにはカードバトルに強くなるしかない、と一年で猛勉強し、持ち前の根性と聡明さでここまで来たのだ。


「あまりにもお嬢様が熱心なものだから、バルト家が貴族の子息令嬢を集めてカード大会を催してくださるそうですよ。これからはそちらで頑張ってください」

「私はカードゲームが好きでロビンと会ってるんじゃないわ。ロビンが好きだからカードゲームを極めたのよ」

「もうどちらでもいいです、それは。とにかく大人しく、やり過ぎないようにして下さいね」


 カリブの言葉に、リタはプクゥと頬を膨らませた。



   * * *



 バルト家のパーティでのカード大会は、リタにとっては全く物足らなかった。

 何しろ貴族の子息令嬢にとってカードはあくまで遊びであり、熱心に研究するようなものではないからだ。


「マルゲリータ様は本当にお強いですな。隣国の方でなければ大会への参加を推薦いたしますのに」


 バルト伯爵がそう言ってリタをもてはやす。

 そりゃそうよ、優勝を目指すロビンの相手になるために頑張ったもの、言っとくけどこれでも欠伸が出そうになるぐらい手を抜いたわよ、と内心思いながら、リタは曖昧に微笑んだ。


「こうなると、こちらも隠し玉を出すしかないですな」


 バルト伯爵がパンパンと両手を二回打つ。すると、奥から侍従に伴われて誰かが歩いてきた。

 ちらりと横目で見たリタは、思わず体ごと向き直った。自分の見たものが信じられず、何度も瞬きをする。


 そこに現れたのは、ロビンだった。

 いつもの薄汚れたシャツとズボンではなく、まるで貴族の少年のような小奇麗な格好をしている。


「おや、マリゲリータ様。どうかなさいましたか?」

「あ、いえ」


 ハッと我に返ったリタは、慌てて扇で顔を隠した。

 魔法で変装していたから旅芸人のリタと同一人物だとは到底思わないだろう。しかし万が一にもバレてしまい、ロビンの口からそのことが広まってしまったら、辺境伯令嬢としてのマルゲリータは終わってしまう。


「この者は城下町で神童と評判のロビン・ジョルジです。此度バルト家が支援することにしたのです」

「そうなのですか」

「ぜひ彼と戦ってみてください」


 リタは困ってしまった。ここでロビンに勝ってしまったら、せっかくの支援の話も無くなってしまうのではないか。

 それに明日は大会本番だ。ここで負けてすっかりやる気をなくしてしまったらどうしよう、はたして真面目に勝負するべきかそれとも負けてあげるべきか、と悩んでしまったのだ。


 そんなリタに、ロビンはすっと跪き、頭を垂れた。


「初めまして、マルゲリータ・マヘンリ様」

「え、ええ……」


 すっと顔を上げたロビンが、意味ありげにニヤリと笑う。


「真剣勝負でお願い致します。――21回目は、勝ってみせますから」


 その言葉に、リタは扇を取り落としそうになった。

 

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もし、君に勝てたら…… 加瀬優妃 @kaseyou

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