第30話 恋のアカナチオ・その9

「あのね、ハンタマさん」

「は、はい?」

「私ね、本当は、サッカーなんかに興味ないんだ」

「は、はあ」

「オンセンロの応援に来たっていうのは、嘘。ここに来たら、もしかしてまたハンタマさんに会えるかなーって、そう思っていたの」

「え、ええ!?」

 ハンタマは驚いた。今まで20数年間生きてきて、一番驚いた。

 卵焼きの中にチョコレートが入っていたときより驚いた。

 これは、もしかして、経験はないが、聞きしに及ぶ愛の告白というやつだろうか。

「ごめんなさい。迷惑だったでしょ。私なんかに付きまとわれて」

「い、いえ、そんなことは」

 願ってもないことである。

 実は僕も君のことが頭から離れなくなっていたんです、と言おうとしたそのとき。

「きゃっ」

 突然、カラスがバサバサッと降りてきて、女の子が持っていた温泉饅頭を奪っていった。

「あっ、カラスが!ハンタマさん、取り返して!」

 えっ?えっ?と思ったが、女の子に腕をぎゅーっと取られて、もう何がなんだかわからなくなった。

「ね、お願い、ハンタマさん」

「よ、よーし」

 この子の頼みなら、聞かないわけにはいかない。

 腕まくりして、カラスを追いかけた。

 よく見ればこのカラス、昨日ハンタマの温泉饅頭を盗んでいったカラスに似ている。

「あ、あんな高いところに!」

 女の子が指をさした。カラスはバサバサと、ポールの上の方へと登っていく。

「任せといてください」

 ペッペッと両手のひらにつばを吐きかけると、えいやっとばかりにポールを登っていった。

「ハンタマさん、頑張ってーっ!」

 カラスはポールのてっぺん、旗のところで一休みしている。

 あんなに高くまで登るのはちょっと怖いが、下からは女の子の声援が聞こえる。

 怖気付くわけにはいかない。

 見事、温泉饅頭を取り戻して、かっこいいところを見せてやる。

 ハンタマはどんどん登った。

 一方その頃、グラウンドでは15分のハーフタイムが終わり、選手たちがピッチに入ろうとしていた。と、そのときである。

 ブシューッ!

 突然、コートの脇に設置されたスプリンクラーが作動したのである。

 なんだ、どうしたと、戸惑う選手たち。

 水撒きだったらハーフタイムのうちにしておけよ、とでも言いたそうな顔付きで見ていたが、いつまでたっても終わらない。

 仕方なくベンチの前で待機することとなった。

 すると、パッと場内の照明が消えた。

 なんだ?もしかして故障か?

 話をハンタマに戻す。

 彼は渾身の力を振り絞って、わっせわっせとポールをよじ登っていった。

 人一倍、いや人の二倍も三倍も重い彼の体を上げるのには相当な力を要するが、どこからともなくエネルギーが湧いてきていた。

「ハンタマさーんっ、もうちょっとぉ!」

 下では女の子が応援してくれている。

 豚もおだてりゃ木に登る。ハンタマだって、愛の力があればポールを登るのだ。

 任せてください。えーと、えーっと、なんて言ったっけか。

 おや、まだ名前を聞いていないぞ。今度こそ彼女の名前を聞かなくては。

 このカラスを捕まえて温泉饅頭を奪い返したら、真っ先に彼女の名前を聞こう。

 いや、いっそのことプロポーズしてしまおうか?

 とうとうハンタマはポールの先までたどり着いた。

 カラスは手を伸ばせば届きそうで、届かないところを、バサバサやっていた。

 くそ、もうちょっと。

「ハンタマさーん、旗を広げるのよーっ」

 女の子から声がかかった。うん?旗?

「その赤い旗をー、広げてー」

 言われるままに、旗の先を持って広げた。ちょうど旗が風にはためいているように。

 するとカラスが旗の真ん中を向いて、ホバリングして止まった。

 くちばしをパカッと開くと、喉の奥から強烈な光が照射された。

 まるで満月のような、明るい光が。

 それはハンタマが広げている赤い旗を通って、グラウンドに落ちた。

 暗闇の中、芝生のある一点だけが、赤く光っている。

 そのとき、ウ〜〜〜とサイレンを鳴らして、緊急車両出入口から、救急車が出てきた。

 なんだなんだと、騒めく場内。何が起きたのかわからないが、何か異常な事態が発生したらしい。

 救急車は、ピッチの上の赤い点にかぶさるように止まった。

 ギュガガガガガと、ものすごい音がする。

 やがて音が止むと、ガチャンガチャンと、救急車が変形を始めた。

 見る間に形を変え、車体の上に大きなプロペラが現れた。

 そして、バリバリバリバリとプロペラを回して、飛び立ったのである。

 ヘリコプターと化した救急車は、ハンタマがしがみついているポールの上空まで来ると、縄ばしごを下ろした。

 下で待っていた赤ずきんとオオカミが縄ばしごに掴まると、再び上昇を始めたのであった。

「ハンタマさーん、いつも協力ありがとう。私、そんなハンタマさんが大好きよ。怪盗赤ずきんちゃんの活躍、バッチリ記事にしてねー」

 唖然とするハンタマの目の前を、縄ばしごに乗った赤ずきんとオオカミが通り過ぎていった。

 カラスがバサバサと羽ばたいて、オオカミの肩に止まった。

 あ、あの子、あの子!

 怪盗赤ずきんちゃんだったのか。

 愛の力が切れたハンタマは、ズルズルと滑り落ちていった。


 ここで今の出来事を作者から説明しておこう。

 赤間睦美がどうしても変えさせなかったという、オンセンロ赤海の赤いチームフラッグには、ある仕掛けがしてあった。

 それは、満月の光に照らすと、ある一点を指し示すものだったのである。

『蹴球夜叉』で蹴一とお摩耶が将来を誓うシーン、冬の満月となっているが、作中の季節は12月である。

 今夜はまだ満月ではないが、オオカミが操作していたカラスロボットから照射された光は、ちょうど12月の満月の南中高度と明度を再現したものだった。

 人為的に作られた満月の光は旗を通り、ピッチ上のある一点を指し示した。

 そここそが、赤崎紅葉が赤海の秘宝の残りを埋めた地点である。

 海の底をさらっても見つからなかったのは当然である。

 狩人とおばあさんは救急車を模した特別マシーンで、赤い点の下を掘り起こし、まんまと赤海の秘宝を手に入れたのであった。


「ま、赤間睦美も、絶対に旗を変えるなとは言われていたけど、その旗に仕掛けがしてあるということまでは知らなかったみたいだけどね。ハ、ハ、ハックショーイ!」

 ここは世界のどこか、怪盗赤ずきんちゃんの本部である。

 今回の戦利品を前に、みんなで祝杯をあげている。

 飲むのはもちろん、赤ずきんお気に入りの高級赤ワインだ。

「う〜、やっぱり冬空を水着で飛ぶのは無理があったわね。ハックショーイ!」

 セクシーなビキニから一転、赤いどてら姿の赤ずきんは、一目をはばかることなくズルズルと鼻をかんだ。

 ところで、赤海の秘宝とはなんだったのか。

 赤ずきんの前にあるのは、赤珊瑚で彫られた、お摩耶さんの像だった。

「赤崎紅葉は、財宝の残りを全てこの像を作るために使ったみたいね。それほどまでにお摩耶さんのことが大事だったのね、ロマンチックだわ、と言いたいところだけど」

 また、ブーッと鼻をかんだ。ロマンチックもへったくれもない。

「結局、赤崎は東京の奥さんのところに戻っているのよね。本当の秘宝は、家族だったってことよね」

 ちなみにオンセンロ赤海であるが、ピッチに穴が開いてしまったことにより、試合が中止になった。

 それにより、J1昇格は見送られたのである。


 一方で我らがハンタマである。

 生まれて初めての恋が最悪な形で終わりを迎えたことに、少なからぬショックを受けていた。

 おまけに誰が撮ったのか、ハンタマが旗を広げているところを、バッチリ赤外線カメラで捉えられていた。

 撮影したのは何を隠そう、赤ずきんである。

 彼女はちゃんとそれを、東赤スポーツ以外の各社に送ったのだ。

 この女、赤いものが大好きだが、腹の中は赤くない。真っ黒である。

 おかげでハンタマは一ヶ月間、世間の目から隠れるようにして暮らした。

 立派だった体格も瘦せおとろえ、まるで別人のようである。

 街で会っても誰だかわからないぐらいになって、ようやく外出できるようになった。

 フラフラと寒風に吹き飛ばされそうになりながら、薄情な都会を歩いていく。

 ああ、家に閉じこもっているあいだに正月も終わってしまったなあ。

 お餅におせちに年明けうどん、食べたかったのに。

 ある街角まで来ると、醤油と油の混ざったいいにおいが漂ってきた。

 その中に紛れもない化学調味料のにおいが混ざっている。

 これはまさしく、ハンタマが愛してやまない街中華の香り。

 ガラガラとガラスの戸を引き、油ぎった床に足を踏み入れる。

 日に焼けたメニューの張り紙、色あせたテーブル。

 はああ〜、落ち着くなあ。

 やっぱり僕は、洋食屋よりもこういうところが似合っているなあ。

「えーと、ラーメンにチャーハン、ギョーザ、レバニラ、ホイコーロー。それと中華丼に天津飯に麻婆豆腐もください。あとデザートに鶏の唐揚げと…」

 ハンタマが脂肪を取り戻すのもあっという間である。

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赤ずきんちゃんに御用心 いもタルト @warabizenzai

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