第15話 時代遅れの闘牛・その5

 結果は残念なことに、赤闘牛の二場所連続優勝はならなかった。

 前日までとは打って変わった覇気のない相撲を、決定戦でも取ってしまったのである。

 ああ、かわいそうに、とハンタマは思った。

 流石に彼でも、大関が優勝できなかったことを理解した。

 やっぱり、昨日のお酒が残っていたのかなあ。

 だって、あんなに飲んでいたものなあ。

 日本酒14合は、とんでもない酒の量である。

 13合で平気だったからといって、一合増やしたぐらいじゃ変わらないだろうと思っても、急に限界を超えてしまうことがある。

 そこがお酒の怖いところだ。

 しかし、そこは屈強なお相撲さんのことだ。

 ちゃんと決めた分だけ飲んでいれば良かったかもしれない。

 実は気分を良くした大関は、いつのまにかそれ以上に飲んでいた。

 それが翌日も残ってしまって、今日は今朝から気分が悪かったのである。

 完全な二日酔いだ。

 本来なら、一緒に飲んでいたハンタマが止めるべきだったのだが、ただでご馳走になれるとなれば、それを自分から妨げるようなことはしない。

 ちなみに、ハンタマはどれだけ飲んでも飲み足りない。

 あと二升は飲みたかったぐらいである。

 国歌斉唱をしながら、どうやって大関を慰めようかなぁ、とハンタマが悩んでいると、土俵上では表彰式が始まった。

 天皇杯と内閣総理大臣杯の授与のあとに、優勝力士インタビューがあった。

 続いてトロフィーや表彰状の授与に移る。

 まずは諸外国からの友好杯である。

 チェコ共和国、中華人民共和国、メキシコ合衆国。

 きらびやかなトロフィーもさることながら、副賞が凄い。

 ビール一年分だの、ザーサイ一年分だの、タコス一年分だの、その豪華さに驚いているうちに、ハンタマは大関のことなどすっかり忘れてしまった。

 いいなあ。僕だったら、ギョーザ一年分がいいなあ。

 一日につき100個だから、36500個だな。

 ギョーザのタレもついてきてほしいなあ。

 そのうちにスペイン王国からの友好杯の授与の時間になった。

 この日のために来日していたパエリア氏が土俵に上がる。

 親日家のパエリア氏だ。念願叶って土俵に上がれて嬉しそうである。

 土俵中央に据えられた台には、純金製の闘牛の角の間に真っ赤なルビーをあしらった、豪華なトロフィーが置かれた。

 闘牛のたまごである。

 そのデザインセンスはともかくとして、キラキラと照明を浴びて光る輝きは、館内からもため息が漏れるほどだった。

 この日のために練習したであろう日本語で、表彰状を読み上げる。

 先に表彰状が横綱に手渡された。

 次はいよいよ闘牛のたまごの授与である。

 パエリア氏がこれ見よがしに闘牛のたまごを抱えて横綱に手渡そうとした、そのときである。

 カン!カン!カン!カン!

 カン、カン、カン、カン、カン。カン!

 拍子木を鳴らす音が聞こえてきた。

 はて?これは土俵入りのときに鳴らすものであるが。

 すると、花道からお相撲さんたちが列をなして入ってくる。

 なんだ、なんだ?

 土俵入りはもうとっくの昔に終わったはずだが?

 館内のお客さんたちがあっけにとられて見ていると、お相撲さんたちはいつもの土俵入りのように、ぐるりと土俵のまわりを囲った。

 ザワザワとする場内。

 これでは土俵の上が見えないではないか。

 お相撲さんたちはいつもの土俵入りの仕草をすると、また拍子木のカンカンいう音に合わせて戻り始めた。

 徐々に土俵中央が見えるようになっていく。

 土俵の上で誰かが仰向けに寝ていた。

 あれは、横綱・鷹乃赤にパエリア氏だ。

 だが闘牛のたまごは、影も形もなかった…。

 お相撲さんたちの列が花道の奥に消えていったとき、突然館内放送が流れた。

「ぶえなすたるでーす!国技館の皆さん!横綱、優勝おめでとう。私もてっきり、今場所は赤闘牛で決まりだと思っていたけど、やっぱり勝負は最後まで油断しちゃ駄目ね。パエリアさん、スペインからはるばるご苦労さま。あなたが持ってきてくれた闘牛のたまご。この怪盗赤ずきんちゃんが、しかと頂いたわ。あら?でもお二人ともお昼寝のようね。お相撲さんにお昼寝は大事だけど、土俵で寝てたら負けになっちゃうわよ。それとハンタマさん、お酒はほどほどにしなくちゃ、また太っちゃうわよ。それでは、またどこかで会いましょう。あでぃおーす!」

 なんだ、なんだと、騒つく館内。

 怪盗赤ずきんちゃんだって?

 今、ハンタマって言ったよな。ハンタマって、東赤スポーツのあのハンタマか。

 もうみなさんにはお分かりと思うが、ほんの一瞬の隙をついた、鮮やかな怪盗赤ずきんちゃんの手口であった。

 突然現れたお相撲さんの一団は、オオカミが作ったロボットである。

 お相撲さんのような大きな人たちが土俵を囲んでしまうと、中で何が起きても見えなくなってしまう。

 そのロボットには、一体だけ本物の人間が混ざっていた。

 お相撲さんに扮装したおばあさんである。

 おばあさんはロボットが土俵を囲んでしまうと、まわしに隠し持っていた催眠銃を、横綱とパエリア氏に向けて発射した。

 そして闘牛のたまごを盗むと、ロボットのうちの一体の背中を開けて、そこに収納したのである。

 ロボット力士及びおばあさんは、きたときと同じように堂々と退出した。

 他のお相撲さんやスタッフの人たちは、狩人とオオカミによって、みんな眠らされていた。

 この大胆な窃盗劇は、テレビの大相撲中継で生放送された。

 そして、なぜか赤ずきんの口からハンタマの名前が出たことで、またしてもハンタマと東赤スポーツが、怪盗赤ずきんちゃんの手先ではないかという疑いを世間からかけられることになったのである。


「あー、えらい目にあったなぁ。やっと落ち着いたけど、いっときは家から一歩も外に出れないぐらいだったものなあ」

 それからしばらくののち、東赤スポーツの編集部である。

 ここ数日のドタバタを振り返って、ハンタマは大きくため息をついた。

 ちょっと痩せてしまったような気がする。

 これはいかん。焼肉でも食べて精をつけなければ。

 そういや赤闘牛はどうしているだろう?

 そろそろ連絡してみてもいいかもしれない。

 と、楽しかった夕食会を思い出して、電話をしようとした。すると。

「バカモン!お前は大人しくしておれ!」

 と、編集長にどやされた。

「東赤スポーツは、今後一切、相撲協会とも力士とも接触を禁じられたんだ!まったく、お前が仕事をするとロクなことがない」

「はあ、やっぱり僕はお酒でも飲んでた方がいいですかねぇ…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る