第13話 時代遅れの闘牛・その3
大関・赤闘牛は愛媛県宇和島市出身の25歳。
日本では珍しい、伊予の闘牛にちなんで四股名をつけられた。
地元の中学を卒業して、名門・
その四股名通り、突き、押しで一方的に相手を土俵下まで弾き飛ばすような、豪快な相撲を信条とする。
よく日に焼けた、筋肉質のたくましい体に赤いまわしを巻いた人気力士だ。
ハンタマとは歳が近いこともあって、打ち解けるのにそんなに時間はかからないだろうと踏んでいたが、ところがどっこい、この赤闘牛、現代っ子の割に、昔気質の気難しいお相撲さんである。
食事の方は、流石は力士と思わせる豪快な食べっぷりだったが、酒は日本酒をちびちびと飲むばかりで、一向に話が進まない。
大した話も出来ないまま、気付けばいい時間となり、その日はお開きとなった。
翌日の東赤スポーツには、他の各紙が赤闘牛の初日白星を伝えるなか、小さな記事でこう載った。
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『赤闘牛、酒を飲む』
綱取りがかかる大関・赤闘牛は、夕食に酒を飲んだ。日本酒一合。
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「誰だ!?こんな記事を書いたのは!」
当然ながら、編集長はおかんむりである。
「は、僕ですが。事実をありのままに書くのは、ジャーナリズムの基本です。東赤スポーツは、どこかの週刊誌みたいに、悪意を持って事実を捻じ曲げて書くようなことはしません」
「バカモン!土俵の上の事実を書け!」
どうもハンタマが真面目に仕事をすると、編集長の血圧が上がるようである。
彼の健康の為にも、そそくさと会社を後にして、再び両赤国技館に向かった。
2日目。
この日も大関は危なげなく快勝。
昨日と同じ焼肉屋でハンタマと食事をした。
こういう昔気質で、自分から心を開かないようなタイプには、まずは自分を信頼してもらうことが大切と考えたハンタマは、大関と同じものを食べ、同じものを飲んだ。
力士と食べ比べ飲み比べするなど、普通の人にとっては無謀以外の何物でもないが、そこはハンタマである。
顔色一つ変えずに、大関のペースについていった。
そんなハンタマを見て、赤闘牛の顔にも驚きの表情が表れる。
だが、翌朝の東赤スポーツの記事は、こうである。
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赤闘牛、酒を飲む。日本酒二合。
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要するに、まだ肝心の話は聞けていない。
初日よりは大関の心も和らいだように見えたのだが、まだまだ口は重いのだ。
3日目。
赤闘牛は三連勝。
食事も3日連続で焼肉だ。翌日の記事はこうだった。
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赤闘牛、焼肉。日本酒三合。
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昔と比べると今の記者は文章が下手になったと言われる昨今であるが、流石にこんな記事が書けるのは世界中探したってハンタマしかいない。
4日目。
大関は四連勝。
快調な滑り出しである。
翌日の記事はあまりにも稚拙なため、書くのを控える。
日本酒が四合に増えただけで、前日と同じである。
5日目も勝って、この日の酒は五合に増えた。
そんなところで、読者のみなさんはもうお分かりであろう。
この大関、場所中はずっと焼肉を食べ続ける。
そして連勝している間は、順にお酒の量を増やしていく。
これが、お酒が大好きな大関のやる気の上げ方なのだ。
勝ち星の分だけお酒が飲める。
負けた日には飲めないということにしているので、大好きなお酒を飲むためには勝つしかない。
13勝した先場所は、最終的に13合ものお酒を飲んだ。
それがどれだけの量かというと、一升瓶一本とお銚子三本である。
いくらお相撲さんとはいえ、流石に飲み過ぎである。
赤闘牛はその後も連勝を続け、8連勝で給金を直した。
だが目指すは優勝、そして横綱昇進である。
こんなところで立ち止まっていてはいけないと、ますますお酒を飲み、ますます連勝を続け、とうとう13連勝した。
これで先場所と同じだけの勝ち星をあげたのだが、まだ優勝は決まらない。
赤闘牛に優勝させてなるものかと、ライバルの横綱・
その両者の直接対決が、十四日目の土俵であった。
迎えた結びの一番、両者が土俵に上がると、館内のボルテージは最高潮に達した。
優勝は最早、大関・赤闘牛と横綱・鷹乃赤のどちらかに限られている。
この一番が、今場所の優勝の行方を決める大一番である。
実に250本もの懸賞金の垂れ幕がグルグルと土俵を回り、しばし観客の目から両雄を隠す。
余談だが、そこには千秋楽の優勝セレモニーで、有効トロフィーを渡す予定のパエリア氏からのものもあった。
ようやく土俵の上が見えるようになったと思ったら、すぐに時間いっぱい。
両者のものすごい気合が、土俵中央でぶつかり合って火花を散らす様子が目に見えるかのようだ。
だが、目の肥えた相撲ファンなら、立ち合う前に勝負の行方は見えていたことだろう。
新しく台頭してきた力に神経質になる横綱に対して、赤闘牛の体には気力がみなぎっていた。
そこにいるだけで身が切られるような真剣勝負の場にいながら、その顔には笑みのようなものさえ見てとれたのだ。
行事軍配が返り、激しくぶつかり合う両者。
しかし、得てして大勝負ほど、あっけないものだ。
一気の突き押しで横綱を土俵下に吹っ飛ばし、赤闘牛が快勝した。
どよめきとざわめきが交錯する国技館。
その瞬間、誰もが新横綱誕生を確信した。
あとは千秋楽を残すのみ。
赤闘牛が勝てばそのまま赤闘牛の優勝。
横綱昇進は確実だ。
もし負けても、横綱が負ければ赤闘牛の優勝。
横綱が勝った場合でも、優勝決定戦となり、そこで負けさえしなければ優勝である。
今の赤闘牛の勢いなら、たとえ決定戦になっても負けることはあるまい、と誰もが思った。
その前に、明日の取組で負けるはずがない。
なぜなら相手は格下の関脇・赤錦だからだ。
一方で、横綱・鷹乃赤の対戦相手は、もう一人の同じ横綱・赤富士である。
今場所はすでに二敗して、もう可能性はないが、これまでに優勝10回を誇る大横綱だ。
それにしても、順調すぎるくらいに順調である。
普通だったら緊張してもおかしくない状況にもかかわらず、寡黙な大関がいつになくリラックスしている。
その理由は、ここまで毎日続けてきている、ハンタマとの夕食であった。
この、力士に引けを取らない食べっぷり飲みっぷりの、とてもプロとは思えない記事を書く、丸々と太った新聞記者に、心癒されていたのである。
大関が食べれば、ハンタマも食べる。
大関が飲めば、ハンタマも飲む。
今までにも一般人と会食する機会は幾度となくあった。
中には大食い自慢の人もいる。
力士よりも酒が飲めるとうそぶいている輩もいる。
だがやはり一般人と力士では相手にならない。
酒の量が増えれば、すぐについてこれなくなる。
でもこの丸い人間は平気な顔をしている。
力士と食べ比べして負けない一般人など、初めて見た。
寡黙な大関も、こんな人間だったらいいかと、徐々に気を許すようになっていった。
ポツポツと自分のことを話し始める。
ハンタマの文章力のなさも幸いした。
普通の記者なら、うっかり余計なことを喋ってしまって、記事にしてほしくないことまで記事にされてしまうが、この記者ならば、話したことの半分も書けない。
相撲のことのみならず、プライベートのことまで口が軽くなった。
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