第12話 時代遅れの闘牛・その2

 ところ変わって、こちらは世界のどこかにある、怪盗赤ずきんちゃんの本部である。

 ズルズルと、ミートソースのスパゲッティをすする音が聞こえる。

 ということは、ミーティングの最中である。

「やれやれ、今度は謎かけか?どこかに卵を産む牛でも発見されたのかい?」

 ソファに足を伸ばしているのは、凄腕のスナイパー・狩人である。

「君は一日一個、卵を食べたまえ。卵黄に含まれるリン脂肪質という成分には、脳を活性化する作用があるのだぞ」

 自作の携帯ゲーム機で遊んでいるのは、マッドサイエンティストのオオカミである。

 こんなことをしなくても、脳を活性化させたければ真面目にミーティングに参加したら良さそうなものなのだが。

「もう、あなたたちは新聞を読んでいないのかしら?」

 リーダーの赤ずきんが呆れている。その口の周りは、ミートソースで真っ赤っかである。

「東赤スポーツなら、いつも読んでるぜ?」

「あれは新聞じゃないわよ。ほら、ここを読みなさい」


********************


『バレンシア公爵来日』

 ◯月某日、サッカーや闘牛で知られる情熱の国、スペイン王家につながる血筋の、バレンシア公爵・ルイス・ロホ・パエリア氏が来日する。

 親日家で知られるパエリア氏は、政府高官らと交流した後、大相撲真夏場所千秋楽にて、友好トロフィーを授与する予定だ。


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「ふうん、スペイン王家か。ロシア科学アカデミーの長官が来日するのであれば、興味もあるが」

 サッカーも闘牛も大相撲も、この狂った科学者には興味の外である。

「一度、闘牛の肉を食ったことがあるけど、硬くて食えたもんじゃなかったな。やっぱり牛は和牛が一番だ。それで、これが俺たちのターゲットにどう関係があるんだ?俺たちが狙うのは、赤いものだろ」

 狩人はハンタマみたいなことを言っている。

「やだあ、ワイドショーでやってたじゃないの。この人、チョーお金持ちなんだから」

 この台詞は赤ずきんのものではない。

 派手派手ギャルメイクの少女が同席していた。

 彼女は、性別不詳、年齢不詳、怪盗赤ずきんちゃんメンバーでさえその正体を知らない変装の達人、おばあさんである。

 今日はなぜかギャルに扮している。しかも美人だ。

「そうじゃないの。ちゃんと書いてあることを読みなさい。友好トロフィーの授与とあるでしょう?」

 おばあさんが美女に変装したときの赤ずきんは、いつも機嫌が悪い。自分の他に花があるのが気にくわないのだ。

「その友好トロフィーというのが、闘牛のたまごと呼ばれるお宝なのよ。純金製の闘牛の角と角の間に、卵型の巨大なルビーをあしらった超豪華なトロフィーなのよ。それが優勝力士に渡されるわけだけど、そんなのお相撲さんが貰ったってしょうがないじゃない?」

 赤ずきんは、ペロリと舌を出して、口の周りについたミートソースを舐めた。


 それから数日後のこと。

 こちらは我らがハンタマである。いつになく張り切っていたが、少々疲れが見えてきた。

「編集長、僕たちはとんでもなく難しいことに挑戦しているのかもしれません」

「一応、君の話を聞こうか」

「都内のオムライス屋さんを片っ端から当たってみましたが、どこのお店もニワトリの卵のオムライスばかりで、闘牛の卵のオムライスは売っていませんでした」

 いつもだったら、バカモン、そんなことは当たり前だ!と怒鳴り散らすところだが、最早編集長は呆れ返っている。

 淡々とハンタマがすっかり忘れていることを教えてあげた。

 そう、彼の職業である。

「それよりハンタマ君、今日が何の日か知っておるかね?」

「は、ええと、何の日でありましたかな。ああそうだ。僕が過去最高体重を記録した日です。いやあ、ここのところ毎日なんですけど」

「バカモン!今日は大相撲真夏場所の初日だ!とっとと仕事に行ってこい!」

 やっぱり怒鳴り散らしたところで、ハンタマも本来の仕事を思い出した。

 まったく、僕は怪盗赤ずきんちゃんとの対決で忙しいんだから、相撲なんて見ている暇ないのに。

 念のため言っておくが、彼の仕事は取材であって観戦ではない。


 外は夏真っ盛りである。

 都内でもセミがジージーと、うるさいぐらいに鳴いている。

 ただでさえ汗をかきやすいハンタマであるが、その声を聞くと、ますます暑くなるような気がする。

 いっそビルの壁がセミの鳴き声を吸収してくれればいいのにと思うが、岩には染み入るその声も、ビルの壁には反射してしまうようだ。

 そんな夏の盛りに、両赤りょうあか国技館にて毎年開かれるのが、大相撲真夏場所である。

 背が低いことを除けば力士体型のハンタマも、どうしてこんな暑い時期にわざわざ相撲を取らなくてはいけないのか、いつも疑問に思う。

 こんなときに相撲を取ったら、いくらお相撲さんでも痩せ細ってしまう。

 もしかすると力士は太り過ぎを防ぐために、定期的にダイエットを必要とするのではなかろうか?

 例えば硬い木をかじって、歯の伸び過ぎを防ぐネズミのように。

 汗だくになりながらも、両赤国技館に着いた。

 中はエアコンが効いていて涼しい。

 こんなことならもっと早く来れば良かったと、ハンタマは既に道すがらの地獄のような暑さを忘れていた。

 まるで三歩歩けば忘れるニワトリのようである。

 今回の真夏場所の目玉は、大関・赤闘牛あかとうぎゅうだ。

 先場所、13勝2敗の好成績で優勝した赤闘牛は、今場所も連続で優勝すれば横綱昇進を確実なものとする。

 鈍いハンタマも流石に気付いた。

 うん?闘牛?

 そうか、ここにいたじゃないか、赤闘牛が。

 闘牛のたまごとは、この大関・赤闘牛に関係した何かに違いない。

 早速取材を申し込んだが、スポーツ新聞の記者とはいえ、取組前の支度部屋に入っていけるものではない。

 マネージャーに頼んで、今夜食事の約束を取り付けた。

 初日の夜。

 場所は大関行きつけの焼肉屋である。

 銀座の高級クラブとかだったらどうしようと、少し緊張と期待とが入り混じった変な気持ちだったが、なんのことはない、ハンタマでもよく行くようなお店だった。

 今をときめく人気力士なのに、意外と庶民的である。

 とりあえず乾杯して、大人同士のコミュニケーションが始まる。

 初日の相撲に負けたら嫌だなと思っていたが、格下を危なげなく退けていた。

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