第10話 思い出のスイーツ・その5
「みなさん、今日が何の日かおわかりかしら?今日はスカの大魔神・赤村栄治の命日よ。そして毎年この日には、スカの大魔神社に生前の赤村栄治が大好きだった、あるお菓子がお供えされる。それは横須賀が誇る和菓子の名店・赤屋の紅羊羹。そう、この赤屋の紅羊羹こそが、神さまのお菓子。今頃スカの大魔神社にお供えされているわ。でもね、この赤屋、店じまいしちゃうの。だからその紅羊羹で最後の一本なんですって。そんな貴重なもの、怪盗赤ずきんちゃんがいただくしかないわよね。それでは、神さまのお菓子をいただいちゃうんですから。あでゅ〜」
電光掲示板の画面が切り替わり、小さなお社が映った。
暗くてはっきりとは見えないが、おそらくスカの大魔神社なのであろう。
怪盗赤ずきんちゃんのメンバーの誰かが撮影して、大胆にも横須賀スカジアムに集まった三万人もの人々に犯行の現場を見せようとしているのだ。
カメラが寄っていくと、たしかに赤い色をした羊羹らしきものが、お皿に乗せてお供えしてあるのが見えた。
ああ、またしても貴重なお宝が怪盗赤ずきんちゃんに奪われてしまう。
誰もがそう思ったとき、画面の中にずんぐりむっくりした人影が現れた。
いや、ずんぐりむっくりというより、もっとこう何というか、丸い。
丸くてぽちゃぽちゃの人間が、赤い羊羹に近づいていく。
その丸い人物は、お供えしてあった紅羊羹を手に取ると、おもむろに食べはじめた。
三万人のファンは思った。
あれは、どこかで見たことがある。
あれは、そうだ。東赤スポーツのハンタマ記者ではないか。
あいつ、怪盗赤ずきんちゃんの手先だったのか!
そこで映像が途絶えた。
グラウンドに目を移すと、すでに背番号14番は影も形もなかった。
「あー、悔しい!何でハンタマさんがあんなところにいたのよ!」
ここは世界のどこか。怪盗赤ずきんちゃんの本部である。
さっきから赤ずきんが、地団駄を踏んで悔しがっている。
その様子を狩人がさもおかしそうに見ていた。
「良かったじゃねえか。結果的に欲しいものは手に入ったし、ハンタマの奴にも一泡吹かせてやったしな」
彼らの前には、赤屋の紅羊羹が。
「もぐもぐ。ふむ、まあまあだな。これからは徹夜で研究するようなときには、羊羹を食べるのも悪くはない」
オオカミは素直ではない。おいしいと思ったら、ハンタマのように素直に感激すればよいのだ。
「ふむ、じゃないわよ。あなたも何でハンタマさんを捕まえなかったのよ」
「僕は頭脳労働担当だ」
オオカミは涼しい顔である。
「まあ、いいじゃないの。僕も久しぶりに赤屋の紅羊羹を食べれて嬉しいよ。天国から戻ってきたかいがあったなあ」
と、レッドリボンズの14番のユニフォームを着た男が満足気に笑った。
ここで作者からタネ明かしをしておこう。
あの夜、横須賀スカジアムとその周辺で何が起こったのか。
9回表ツーアウト満塁の場面でマウンドに上がった背番号14は、もちろん赤村栄治に扮した変装の達人、おばあさんである。
そのおばあさんがボールを投げるフリをして、実際にはバックスクリーン手前に陣取っていた狩人が、特製ライフルでボールを発射したのだ。
それがファンが聞いた、バアンという音である。
狩人が発射したボールは狙い過たず、キャッチャーミットに吸い込まれた。
一方でその頃、マッドサイエンティストのオオカミは、暗闇でもはっきりと映る超高性能カメラを携えて、スカの大魔神社の前で待機していた。
予定では、そこに赤ずきんが現れて見事に赤屋の羊羹を盗むところを撮影しようという計画だったのだが、ここで予期せぬ事態が起きてしまう。
そう、横須賀にいないはずの我らがハンタマが、たまたまそこにいたのである。
赤屋の紅羊羹のことを聞かされたハンタマは、すぐに横須賀スカジアムに向かった。
しかし来てみたはいいものの、どうしていいものかわからず、途方にくれてフラフラと赤下公園をさまよっていたところ、偶然にもスカの大魔神社の前を通りがかったのである。
念願の紅羊羹を前にして、食欲に歯止めが効かなくなったハンタマは、神さまのお供えものを食べるなんて、畏れ多いとは知りつつも、思わず食べてしまったのである。
しかし作者から親愛なる読者の君たちへ忠告しておく。
神さまのお供えものを勝手に取って食べてはいけない。
バチが当たる。
数日後。ところ変わって、東京にある東赤スポーツの編集部である。
我らがハンタマは、ハンタマに似つかわしくないことに、げっそりとしていた。
あれから横須賀レッドリボンズのファンから、東赤スポーツとハンタマが怪盗赤ずきんちゃんの手先ではないかという疑いをかけられ、その対応に追われてきたのだ。
この世に生を受けて以来、順調に右方向へと進んできた体重計の針も、初めて左に戻った。
この日も、当社とハンタマ記者は、怪盗赤ずきんちゃんとは一切関係ありません、という記事を、デカデカと一面に載せたばかりである。
ああ、さすがに神さまのものを取って食べるのは駄目だったよなあと、反省しきりのハンタマの目の前には、赤屋の紅羊羹が。
実はあの試合を見ていた赤屋のおばあさんの多大な熱意により、赤屋の営業継続が決まったのである。
同時に、紅羊羹を食べたいという問い合わせが赤屋に殺到した。
あの世界的な大泥棒の怪盗赤ずきんちゃんが狙うほどのお菓子ならば、自分も食べたいという人が大勢いたのである。
結果的に赤屋の経営は立ち直り、横須賀を代表する和菓子屋の名店として、全国にその名を轟かせることになった。
このことは、改めて怪盗赤ずきんちゃんのすごさを世間に知らしめることとなった。
失われかけていた老舗の味を守り、忘れられかけていたヒーローを人々の心に呼び戻したのである。
老朽化したスカの大魔神社も、新しいものに建てなおされることになった。
お参りする人の数も飛躍的に増え、スカの大魔神社はレッドリボンズファンの間で、聖地と呼ばれるようになった。
それにしても、と、赤屋の紅羊羹を見ながらハンタマは思った。
今回ばかりは、大好きな食べ物に振り回されたなあ。
しっかり食べて、痩せないようにしなくっちゃ。
と、紅羊羹をひと竿一気に食べたら、お腹が空いてきた。
おや、食欲が出てきたぞ。そうだ。甘いものを食べると元気になるんだ。
ハンタマは編集部を出ると、すっかり行きつけとなった甘味処へと出かけていった。
今日は何を食べようかな。
久しぶりに白玉が食べたいな。
そうだ、甘いものの後はラーメンを食べよう。
その後は回転寿しだな。ええとその後は…。
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