逆天機ギテルシュベル
著:海中華山羊
Prologue
神は信じる者を救済するというが、我々は信じぬ者たちの味方だ。
先の大戦で負けた俺たちには、居場所など存在しなかった。かつて俺たちのガルタシア帝国は世界の大半を支配するほどにその栄華を誇ったが、ニューロピア連邦とかいう反抗勢力の寄せ集めが造った〝神の雷〟とやらの力で戦争に負けた。後釜となった連邦政府下には、立場上俺たちのような旧帝国幹部たちは各地でテロリズムを行って政権奪取を狙うほか無かった。
だが、俺たちは民衆の反発によって生じる政府の綻びにつけ込むでもしないと政権奪取どころか〝器〟を取り戻す事さえできない。
「ケリー中佐殿、こんな真昼間から戦闘なんて本当に大丈夫なんですか?」
パトリー少尉がそう言うのも無理はない。何せ白昼堂々と人型兵器〈インぺギアームド〉を使って襲撃を行うなんてよっぽどの大義名分が無いと可能じゃない。
「何言ってんだ。今回の作戦は信じぬ者〈リジェクタンス〉の暴動の味方だ。今動かないでどうする。ほら見ろ、鎮圧に軍隊まで出動してるってことはあちらも本気だ。心配には及ばねえぜ? 」
俺たちが今作戦を行うのには、れっきとした大義名分があった。それが信仰を拒否するリジェクタンスの暴動の味方をすることだ。
ケリー中佐がそう言って、パトリー少尉に送ったマップには、おそらく中身はドロイドであろう兵士や大型四脚戦車が写っていた。
「ならば、こちらも遅れを取るわけにはいきませんね。 」
パトリー少尉はそう意気込むと、敬礼をし、先に発進していった。中佐もそれに続いて格納庫から機体を出撃口の手前まで歩かせた。すると、天井から降りてきたアームは機体を持ち上げ全方へそのままスライドさせた。光学迷彩の膜を全身に被ったら後は発進させるだけだ。
「サンダミニエル一号機、スタンバイ完了。」
そう言うと、目の前のシャッターが開いた。
「発進!」
勢いよく外へ風を切り裂くように飛び出た機体は背中のウイングを展開させると、目標に向かってゆっくりと飛んで行った。
(頼むから、今度こそ見つかってくれよ、〝器〟の坊ちゃん。)
そう思いながら彼は、大型四脚戦車への攻撃を開始した。
1
窓から見える建物のほとんどが緑に覆われていた。何も、目的は地球の環境保全らしく、連邦政府が近年新しく建てられている建物はどれもこの傾向が強く、建物以外にも今ぼくが乗っている太陽光で動く鋼鉄の馬車とやらもそうらしい。わざわざ富裕層の嗜みなんかにも手を出すあたりその徹底度が分かるが、そもそも人類が日常生活の中で地球環境を考えざるを得なくなった原因、地球上のあらゆる大陸が壊滅した原因は先の大戦争であり、その原因は、ぼくの父親〈ガルタシア・レオハート〉にあるらしい。
勿論ぼくが生きている事は、帝国滅亡の後始末を行ったニューロピア連邦政府の中枢しかおらず、その為ぼくの姓は養子として迎えてくれたエルザッツ家となっている。このことがばれれば、連邦政府は信用を失いかねないし、反対勢力は必ずぼくをお神輿として担ぎ出すだろう。ぼくは歓迎だが、立場上軟禁状態の人間にそんなことが回ってくることは無かろう。
「お屋敷へのルートは遠回りして後、裏口からお入りいただくことになります。」
そう言った年老いた御者の名は、ヨーゼフ・アルト。エルザッツ家に戦前から仕える執事らしい。
「何かあったのですか? 」
「どうやら本日制定されました条例に対する〈リジェクター〉達の暴動が起きており、その飛び火がこの辺りや屋敷の正門前でも起きているとのことです。」
この条例とは、神に基づく政権であるニューロピア政府がその活動の中心地であるいくつかの都市から〈リジェクター〉を追放するというものであった。信教の自由を大きく侵害するのであるから、反発がされるのは当然といえば当然であった。
「義父さまや義母さまは無事なのですか?」
「ええ。軍隊が鎮圧にあたっていますので。」
軍隊まで出動しているとはとても驚いた。
暴動がどのような事態になっているか確かめるべく、耳に付けられた端末の本体を起動させると、何やら見たことがない通知が届いていた。おそるおそる開いてみると、文は書かれておらず、何かの場所を指し示す地図だけが示されていた。更に驚いたのは、宛名が「ライル・レオハート」だということだった。暴動で担がれるのを防ぎたい連邦軍のものなのか、はたまたその逆なのかは俺には分からなかった。ヨーゼフさんに連邦軍からの依頼であることを伝え、なんとか馬車を降りてもらった俺は、地図の目的地へと足を進めさせた。
「ケリー・ハドネスだ。地上に残っていた残党兵を基地に集結させた。そろそろギテルシュベルを降ろしてくれ。頼んだ。」
着陸後、連邦軍の掃討をある程度終え、旧帝国一般兵を集めたケリーは連邦の監視が及びにくい高架下に仮設基地を建てていた。
「ケリー中佐、基地の付近で怪しい青年を捕らえました! 」
そう言った一般兵が拘束しているのはライルであった。
「ぼくは怪しいものなんかじゃない! レオハート宛に地図が送られてきたんだ! 信じてくれ! 俺の名前はライル・レオハートだ!」
「暴れるんじゃない!」
「待て。彼が〝器〟なのかもしれん。ギテルシュベルのロック解除が出来るかもしれん。その可能性を考えてご無礼はやめておけ。」
「ですが… 。」
「心配するな。違った場合、情報漏洩防止のために、その場で射殺しちまえばいい。」
ケリーは、彼が〝器〟、皇帝の遺児である可能性を信じつつも、何故自分たち以外の人間が基地の場所を知っているのか、危惧していた。他の部隊が送ったのかとも希望を持ちながら。
それが舞い降りる姿は、ライルにはまるで天使の様に見えていた。周囲に衝撃波を発生させないふわりとした着地は、見るものすべてに重量級の巨体であることを忘れさせた。
「前に立ちたまえよ、坊ちゃん。」
いくら自分が皇帝ガルタシアの遺児であるという確信があっても、銃口を突きつけられながらというのは恐怖でいっぱいであった。
(こんな無礼をしたことを後悔させてやる。)
そう思いながら、前に進むと、真っ白であったギテルシュベルの額に一つ目が浮かび上がった。一つ目はレーザーをライルの全身に光線を浴びせ、その真偽を確かめた。
すると、機体のコックピットハッチが開き、無機質かつ優しい声でこう言った。
『おかえりなさいませ。わが主。』
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