乙女の戦場

著;ミルキィ



 2月14日のバレンタインデーとは、キリスト教圏では家族や恋人など大切な人に贈り物をする日である。そして日本の女の子にとっては、自分の好きな人にチョコレートを渡す重要な行事の日である。現在では、友達や家族に渡す人も多くいるが、それでも好きな人に自分の気持ちをひっそりと伝える女の子も少なくない。つまりバレンタインデーとは恋する乙女にとって勝負の一日なのである。



ブラウニー

 1月6日の始業式が終わった帰り道で奏から相談事を持ちかけられた。ファミレスによって聞こうとしたがあまり人に聞かれたくない話だからと私の家で集まることになった。着替えてから家に来るので、5分もすればやってくるだろう。


「いったい何の相談だろ?」


 深刻そうな顔をした奏を思い出しながらつぶやいた。何か心配事や問題でもあるのだろうかと考えていると、ピンポーンとチャイムがなった。ニットワンピースを着た奏を自室に招き入れる。やはり顔がこわばっている。水色の絨毯の上に直接座り、


「奏、相談事って何?」


 少し緊張しながら問いかけた。奏も緊張しているのか、少し息を吐きだしてこちらをまっすぐ見つめた。


「美雨…あのね…実は…バレンタインにチョコを手作りしようと思うんだけど、何のチョコを作ったらいいかな?」

「えっ…」


 言われた言葉の内容に驚き唖然とする。


「いやいや、今日は1月6日だよ? バレンタインデーって2月14日だけど? 」

「そうだけど…」

「こんなに早くから準備しなくても1週間もあれば十分だけど… でもなんで突然手作りチョコを作りたいの? 」


 奏では顔を真っ赤に染めながら、目線をあちこちに向ける。わかりやすいな。


「いや、あの、ぶっ部活の先輩に渡そうかなって! ほら、えっと日ごろのお世話になってるから!」


 嘘だな。


「フーン、お世話になった部活の先輩に手作りチョコねえ~。」


 ニヤニヤと笑う。奏は耳まで真っ赤に染めながら下を向く。


「でも、わざわざ手作りじゃなくても市販のチョコでもよくない? 今は安くておいしいチョコも多いし。」

「だっ、ダメ! 手作りチョコじゃないとだめなの!」

「わかった。わかった。そんなに必死にならなくてもいいのに~。それじゃあ、手作りチョコを作るのね。」


 とりあえず、奏でを落ち着かせ何のチョコを作りたいのかスマホで検索する。

 あの奏が、手作りチョコか~。誰に渡すのかな~。



トリュフ

 スマホでチョコを検索するとチョコケーキ、チョコクッキーやチョコスコーンなど種類がいくつもあり、ナッツやドライフルーツの入ったものも含めると数えきれないほど大量の検索結果が出てくる。どれも難しそうで、顔を渋らせる。


「ところで奏って料理したことはあるの?」

「一応家庭科の授業で習ったけど…あんまり上手じゃないかな。特に包丁を使うのが苦手で…」

「それじゃあ材料が3つだけでできる簡単なレシピもあったし、このトリュフとかどう?」


 見せられたスマホの画面のレシピは、不器用な自分でもできそうな簡単なレシピだった。しかも包丁を使わなくてもいい。


「こんなに簡単だったらできそう! 今週の日曜日に一回作ってみない?」


 満面の笑顔で美雨に問いかけると了承してくれたので、今度の日曜日に私の家で実際作ってみることになった。




日曜日

 近所のスーパーで、板チョコ、生クリーム、ココアパウダーを購入する。失敗してもいいように少し多めに買っておいた。


「えっと、まずは生クリームを沸騰直前まで温める。」

「沸騰している間に板チョコを割っておくね。」


 こげないようにかき混ぜながら生クリームを温める。温めた生クリームを割ったチョコのボウルに全部入れようとすると、美雨から止められた。


「ちょっと待った。全部入れようとしないで、何回かに分けて入れて。一度に入れちゃうとチョコが分離しちゃうから。」

「へえ、そうなんだ。美雨よく知ってるね。」

「ああ、私の中学では手作りチョコを作るのが普通だったからね。バレンタインのたびに大量の友チョコを作らなきゃいけなかったの。」

「女子力あるな~。私なんか毎年徳用のチョコだよ。陸上に専念してたから。」

「へえ? まあ早く混ぜないと生クリームが冷めるよ。」


 慌てて生クリームを何回かに分けて入れていく。クリーム状になるまでしっかりと混ぜ合わせるとガナッシュになる。冷蔵庫で30分冷やしたガナッシュを丸めて、ココアパウダーをまぶすとトリュフの完成だ。サイズがバラバラだったり、やや形が崩れてしまったが、慣れていけばきれいに作れるだろう。


「ふう、うまくできたよ。」

「うん、味もおいしいし、これだったら大丈夫じゃない? あとはラッピングと、渡す方法ね。直接渡すの?」

「直接渡すって、無理無理! 恥ずかしいよ!」


 手を振りながら全力で否定する。


「だったらどうするの? あっ靴箱は衛生的に汚いからやめた方がいいわよ。あんなの漫画のフィクションでしょ。」


 そんなのわかってるよ! でも考えてなかったどうしよう~



ブラウニー

 奏は直接チョコを渡さなくてはいけないと気づき完全に固まっている。目の前で手を振ってみるが反応がない。


「まあ、直接渡せなくても鞄に入れるとか他にも方法があるけどね。」

「あっ…そっか、部室のロッカーでもいいんだった…」

「でも、お世話になった先輩なんでしょ? 直接渡した方が気持ちもより伝わると思うよ。」


 奏は目線をさまよわせていたが、自分の作ったトリュフを見つめた。


「頑張って直接渡してみるよ。」


 小さな声だが決意のこもった声色で答えた。



 それから、私たちは何度か練習を重ねた。奏のトリュフも最初のころから成長して、サイズも均等でとてもきれいにできている。今年のバレンタインデーは月曜日なので、日曜日が丸々チョコづくりに使える。私は、今年はブラウニーを作ろうと思う。毎年手作りだと後片付けが大変なので、今年は市販のチョコにしようと思っていた。しかし奏が頑張っているから私も奏のために作ってあげようと、ブラウニーを焼いている。ナッツがたっぷり入った食べ応えのあるお菓子だ。そもそも毎年チョコを手作りしていたのは周りの女子と合わせるためだ。私の中学では仲良しのグループや部活の女子には手作りのチョコを渡さなくてはいけないという謎のルールが存在した。こういう集団心理があるから女子は面倒だと時々思う。

 ブラウニーはボウルにバターと砂糖を入れ粉っぽくなくなるまで混ぜる。そこに卵と溶かしたチョコを加えて混ぜる。ホットケーキミックスを加えてさらに混ぜていく。腕が疲れるが、ここで雑にするとおいしくならない。しっかりと混ぜ、型に流し、オーブンで焼いていく。10分もすると香ばしい匂いがキッチンに広がっていく。


「いい匂い~。焼きたては作った人の特権よね。」


 粗熱をとったブラウニーを切り、端っこを食べる。チョコの味が口いっぱいに広がり、噛むほどにクルミがコリコリと音を立てる。良くできたな。一つずつ水色のラッピングの袋に入れていく。明日、奏も渡せるだろうか? 頑張ってほしい。



トリュフ

 今まで一番よくできたトリュフを、赤い箱に入れていく。ハート形は、恥ずかしかったので正方形にした。百均なのに、なんか高級感がある。ピンクのリボンを蝶々結びにする。先輩受けとってくれるかな… 不安を抱えながら、今日は早めに就寝する。隈のある顔でチョコを渡したくないけど、今日は寝つきがよくなさそうだ…

 案の定早めに起きてしまった私は鏡の前で丁寧に髪をすき、色付きリップを塗る。髪型は短いのでお気に入りの髪留めでハーフアップの形にする。最後に鏡でしっかりチェックする。よし大丈夫。

学校に一番乗りするように通学路を速足で歩いていく。そのまま靴箱を通り抜け先輩に直接渡すために部室の前で待っておく。おしゃれのために少し短くしたスカートに風があたり寒い。しばらく待っていると廊下の向こうから先輩が歩いてくる。


「あれ、中平どうしたんだ? 今日は女子の朝練はないだろ。」

「あっ、あのこれもらってください!」


不思議そうな先輩に私は震える声とともにチョコを差し出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る