ダイイングメッセージは簡潔にしてくれ

御剣ひかる

死に際に残せる情報量じゃないぞ

 ラーメン店の二代目店主の妻が殺害された。

 常連客もいてそこそこ繁盛している店での白昼堂々の殺人事件に、地元、特に近所の人々はおののいていた。

 店舗の裏に被害者の自宅があり、彼女は居間でこと切れていた。頭を鈍器のようなもので殴られた跡があり、これが死因となっている。

 被害者が発見されたのは午後五時。夜の営業の支度に来ない妻を呼びに行った夫が遺体を発見した。

 彼女はテーブルにうつぶせていた。彼女の顔の下にはラーメン店の帳簿があり、これを書いている間に殺されたのであろうと推測される。

 犯行予想時刻は、被害者の夫と義両親と昼食をとった午後三時から、発見される五時の間だ。

「これは、もしかしてダイイングメッセージか」

 被害者と周辺をあらためた刑事が、机の上の帳簿に小さく書かれた記号と文字を見つけた。


 △ n=6 1=北


 「北」の後ろに何か書こうとしていたような形跡が見られるが読み取ることはできない。続いているのはカタカナの「ミ」に近い形かと思われるがただの波線にも見える。おそらく続きを書こうとしたが意識を失ったのだろう。「北」の文字もかなり歪んでいる。

「ぱっとみただけでは判らないな。まぁとにかく通常の手順で捜査するか」

 刑事は暗号のようなものに気を留めつつ、部下に捜査手順を指示した。


 事件から二日経ち、容疑者は身内ではないかという説が捜査班の中で固まってきた。

 外部から侵入した形跡もないし、物取りにしては現金や貴重品の類でなくなったものはほぼないそうだ。

 被害者がつけていた指輪がなくなっているが、押し入れの奥にしまってある手提げ金庫は手つかずだった。物取りの犯行に偽装するためではないかとみられている。

「そっと入って犯行に及んだけれど十分に部屋の中を物色する時間がなかった、という線は?」

「発見されるまで家族は異変に気づいていないからな。押し入れの中ぐらい探す時間はあるだろう」

 ということで、身内のアリバイ捜査とともに、被害者との関係について聞き込みが行われた。

 被疑者となったのは夫、義両親の三人だ。

 三人とも、犯行予想時刻の間に誰にも見られていない時間帯があり、誰もが潔白を証明されていない。

 しかも彼ら全員が被害者と何等かのトラブルを抱えていた。

 夫はひそかに浮気をしていて二年もの間、秘密の逢瀬を重ねていたのだとか。二十一回目のデートの待ち合わせでバレて大喧嘩の末、妻が矛先をおさめる形で収束したが夫は妻と別れて浮気相手と再婚したいと考えていた。

 義母は、息子夫婦になかなか子供ができないことを嫁のせいだとチクチクとイヤミをいったり、嫌がらせをしていたそうだ。

 義父は店の金を持ち出し遊興費として使用していたのが帳簿をつける嫁にみつけられてしまった。

「こりゃ難儀だな」

 刑事はふと、ダイイングメッセージらしき暗号の存在を思い出した。

 被害者についての聞き込みの中で、彼女はクイズやなぞかけが好きだったという元同級生の証言を得られていたのだ。

「これが解ければホシに近づけるだろうか」

 まず△だが、帳簿ということを考えると赤字という意味になる。

 ということは、子供、つまり赤子を欲していた義母の犯行か?

 しかし被害者がつけていた帳簿には▲も使われていたので逆に黒字という意味かもしれない。

 義母と結びつける根拠が薄らいでしまった。

 気を取り直して次の文字列を考える。

 n=6は残りの1=北と一緒に推測するのがいいのだろうか。

 方位と考えて、北が1なら6は南西か。いや、16方位では東南東となる。

 南西で結びつくのは夫だ。彼の浮気相手は三波みなみあかねという。茜は西という字に似ている。

 しかしこれも根拠としては薄い。

 暗号に頼るより、やはり刑事らしく地道な捜査をしなければならないな、と彼が考えた時。

「これ、ダイイングメッセージですか? だったら容疑者は義父じゃないですか?」

 巡査が暗号を見て、瞬時につぶやいた。

 彼はまだ現場での経験も浅い若者だ。若造が何を思いついたのやらと思いつつ、上司として一応話は聞いてやるか、と根拠を促した。

「三角数として考えた場合、n=6は21になるんです」

 三角数とは、正三角形の形に点を並べたときにそこに並ぶ点の総数のことだそうだ。

「なるほど。しかしそれがどうして義父につながるんだ? 夫じゃないのか?」

 被害者の夫は二十一回目の浮気デートがバレてしまったのだ。二十一という数字に一番近い。

「前の部分だけならそうですね。しかし最後の暗号の1=北、はおそらく北海道と書きたかったのかな、と」

 しかし書ききることができずに力尽きたのだろうと巡査は言う。続く波線のようなカタカナのミに見えるのは「さんずいへん」が崩れたのだろうという推測だ。

「都道府県にはそれぞれ番号が振られていて、21番目は、岐阜県です。なので、ギフ、イコール義理の父の義父です」

 巡査は得意顔で謎解きを披露し終えた。

 まさかそんなと思いつつ、義父を参考人として聴取すると、逃げられないと観念したのかあっさりと自白した。

「すごいな。あのメッセージから義父にこぎつけるなんて」

「大学の時にクイズ研究会に所属してたのが役に立ちましたね」

 捜査班達が盛り上がる横で、巡査部長はため息をついた。

「ダイイングメッセージはもっと簡潔なものにしてもらいたいな」


 死に際にこそ、人の本質があらわれるものだ。

 クイズ好きの被害者の魂は今頃、よくぞ解いてくれたと満足しているかもしれない。



(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイイングメッセージは簡潔にしてくれ 御剣ひかる @miturugihikaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ