第3話 おじさんと父、父とエド、エドとおじさん

「いいか小僧、よく聞け。オレはお前と同じように、この山肌を駆け上がり、何度か赤目族の区域に足を運んだことがある」


「何度も……」


「あぁ。赤目族の区域に足を運ぶ度にオレは、赤目族の暮らしをそばの山の上から見ていた。8度目のとき、ーー」


ーーーーーーーー


20年前。黒目族のおじさんが小さい頃のお話。


彼は、8度目の赤目族区域への旅のとき、突然背後から魔獣に襲われ、


ザザザザザァ!


山肌から、赤目族の居住区に滑り落ちてしまった。


気づいたら、彼の目の前に、赤目族の少年がいた。


彼は必死だった。「相手は赤目族、殺される!」と思って、滑落の痛みに耐えながら、殴りかかろうと、木の棒を手にとった。


すると、赤目族の少年は、


「黒目族だよね?黒目族は、どんな暮らしなの?わしは知りたい!わしにもいっぱい教えてくれ!」


ーーーーーーーー


現在。


店のおじさんはエドにいった。


「ーーオレも、最初こそ警戒したんだが、少年(やつ)は、傷だらけのオレを空き家に運んで手当してくれた。少年(やつ)は、いろいろ、黒目族のことを知ろうとしていた。オレも赤目族のことを知りたかったから、オレたちはすぐに打ち解けた。すげえ楽しかった」


「僕は……僕も、黒目族のみんなが、楽しそうに生きていて、僕たちと一緒で、安心したよ」


「そうかぁ、安心したのは、オレのほうだ!小僧が素直でそういう優しい考えの持ち主だってな」


強面のおじさんは、目を細め、こちらを見つめている。


どこか、懐かしいような黒い目に、エドは心惹かれた。


エドは、なんとなくわかった気がした。


おじさんは、自分と同じで、きっとーー


「その赤目族の少年(やつ)は、ちょうど、小僧みたいな身長、顔つきだったなぁ。少年(やつ)とたわいもない話をして、オレは、赤目族についての噂はやっぱりウソだと思った。なーんだ、やっぱり赤目族も黒目族も同じじゃねえかってな」


遠くを見つめるおじさんに、エドは確信した。

おじさんの目は、とてもキラキラとしていて、子どものような目をしている。


きっと、おじさんは赤目族のことを知り、赤目族と黒目族が同じ人間であることを理解している。


「ーー」


エドは、嬉しかった。


黒目族にはおじさんのように赤目族を知りたがる人間がいて、赤目族にはおじさんの話す少年のように黒目族を知りたがる人間がいる。


なら、赤目族が黒目族を知ることは、可能なのではないか。


「おじさん、黒目族のことをもっと教えて!僕は赤目族のみんなが黒目族のみんなを誤解してると思うんだ!だから、赤目族のみんなに黒目族のことを知ってほしい!」


「小僧、すごいな、まだ若いのに……。残念ながら、赤目族と黒目族のいがみ合いは本物だ。ちょっと互いを知ったからって、どうにもならねえだろうよ」


「どうして?」


「お互いに意地になってんだ。オレが好奇心で赤目族のところに行っちまったばかりに、騒動に発展しちまった。バカオヤジが、赤目族のせいで息子がいなくなったと騒いだらしい。オレはそれからすぐに死に物狂いで帰ったってのに、柵のところで衝突が起きた。何人か、赤目族と黒目族、両方の兵士さんが死んじまった」


「え?」


「悔しいよな。でも、それが現実だ。黒目族は赤目族を攻撃する口実が欲しいんだ。逆も同じだろうよ」


「そう、か……。じゃあ、どうすれば……」


「権力が必要だ。信頼で権力を勝ち取り、赤目族の族長になって、いってやるんだ。『こんな柵ぶち壊しちまえ!』ってな」


「そうか、僕が族長になれば、なって柵なんかぶっ壊しちゃえば」


「あぁそうだな。お前さんは、優秀だから、きっとなれるぜ。信頼って面でオレには向いてねえがな、ハハハハ!」


「おじさんは、信頼できるよ」


「お!言ってくれるな小僧、おませさんかよ!」


そういって、バシバシとこちらの背中を叩くおじさんは、頼もしくてどこか親近感があった。


「僕がここに来たら、また僕と話してくれる?」


「これ以上は危ねえからやめとけ、オレの二の舞になっちまう」


「そっ、そうか……」


「あぁそうそう、いってなかったな。オレは、オレがりんごを作るのは、あの赤目族の少年への感謝の気持ちと、オレのせいで死んじまった赤目族の皆さんへの弔いだ」


「……あ、りんご、勝手に食べちゃってごめんなさい」


「いやあ、いいってもんよ!黒目族のいたずらなカギどもに食われちまったと思っただけだぜ!小僧のこと知れて、オレはよかった」


「ごめんなさい」


「いいっていいって!そうじゃなくてだなあ、あれだ、オレはいつでも赤目族のことを想ってるってこったーー」


おじさんは子どものように頬を赤らめながら、そっぽを向いて、


「ーーだから、気にするな。さぁ、だからこれ以上問題が起きねえように、早く帰れ。……あぁそれと、オヤジさんは元気か?」


「う、うん。どうして?」


「もしかして、その、さっき話した赤目族の少年が、お前のオヤジさんかもしれん。わからねえがな。まぁとにかく、こう伝えてくれ。『オレはお前のことを忘れねえで、赤いりんごを作ってる。あの日の恩は忘れねえ、いつか柵が取っ払われたとき、オレのりんごを食ってくれ』ってな」


エドは、急いで帰った。帰ってそれを父親に伝えた。


父は、育てた黒雑穀を大切に脱穀しながら、驚き、目を潤ませた。


「そうか息子よ、よくチャレンジしたな。無事でよかった。その話の少年は、たぶんわしだ。あいつも、無事だったのか」


父はいった。


「お前はお前が見たものを信じればいい。黒目族はどうだった?」


エドは悩むことなく、すぐに答えが頭に浮かんだ。


「黒目族は優しいおじさんだったよ」


父はそっと笑って、「そうだな、平和だな」と呟いた。


父は、静かに、黒雑穀をまた大切に脱穀し始めた。


さー、さー、さー。


脱穀機の静かな音が、ざわつく心を落ち着けてくれた。


父はいった。


「わしがなぜ、黒雑穀を育てているかわかるか?それはなーー」


ーー黒雑穀は、友の無事を願い、友のために作ってる。いつか、また目の鋭い黒目族(あいつ)が来たときに、美味しいもん、食ってもらいたいから。


珍しく熱く語る父を見て、エドは、ちょっぴり世界が広がった気がした。


「息子よ、わしがもし死んでも、どうか忘れないでくれよ」



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ーー


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