災厄競売

名取

どの世の禍も金次第




 生ける種族は幸せを求める。だが不死の者は別である。

 久遠を揺蕩う彼らにとって、『福』と『禍』は、宇宙という天秤のバランスをとる二対の重石でしかない。


「あー。あーー。緊張するなあぁ」


 支配人兼オークショニアのオリアサグは、革手袋をはめた両手をわきわきとさせた。そんなアクティブな動きをしてもなお、商品を束ねる鎖が手から落ちない理由は、ひとえに彼の腕が6本もあるが故である。


「ねえ、少し落ち着いたら? 毎回同じことをしているだけなんだから、そんなに緊張することもないでしょ?」


 そんな哀れな様子を見かねたのか、彼の後ろをついて歩く商品の中の一人、小柄な少女が冷静に声を掛けた。オリアサグは冷や汗まみれの顔をそちらへと向ける。

「そりゃあ……君たちはそうだろうけども。イザベルなんて毎回毎回、大金で買われて、ちょっと一仕事して、そしたらまたここに帰ってくるだけじゃん? でも僕は、君たち商品を、いつも違う客の前に出さなきゃならない。めちゃくちゃプライドが高くて、機嫌次第で僕たちなんてプチッと文字通り因果ごと消し飛ばせる、万能にして不死の客たちの前にね。ああ、こんな大役、もういっそ投げ出せたらな」

 九つの目が不安げにパチパチと瞬き、牙の生えた口がぐるぐると唸った。少女はやれやれと肩をすくめ、首についた拘束具の内側を掻く。

 確かに彼の言う通りではあった。たとえばこの小柄な少女・イザベルは20回連続で『』として出品され続けていた。彼女のような存在は、ただその世に在るだけで、アトランダムに世界を地獄に変える類の人間忌子であり、そのため人類世界を所有する客たちには昔から定評があった。そして彼らは死を迎えるたび、契約によって魂だけがここ——災厄競売場に戻されるのである。


「どうしてお客様は、私たちを買うの?」


 イザベルの後ろから別の少女が顔を出す。金色と銀色の眼が好奇心に輝き、キョロキョロと辺りを見回している。

「ていうか、ここどこなの?」

「やれやれ。何度説明させる気なんだよ、イライザ。ここは『災厄のオークションを執り行う会場』だって何度も言ってるだろ? 早い話、宇宙の狭間に追いやられた化物ぼくたちが、悪趣味な創世主連中に災厄おたくらを売りさばいて儲けるための場所さ」

 オリアサグは四つの腕に握った鎖をじゃらりと鳴らしてみせる。その鎖はそれぞれ、各商品の拘束具へとつながっていた。

 見た者を呪い殺す絵画などの『美術』。

 災を秘めた樹の苗木などの『素材』。

 生命をひたすら貪り食う『病魔』。

 そして人の世を破壊する『忌子』。

「うちに来られるお客人っていうのは、皆、宇宙や世界をゼロから作ったり、その様子を観察したりと、そういう変わった趣味を持ってらっしゃる。そしてその宇宙なり世界なりには、必ず福と禍がある」

「福と禍?」

「そうだよ。福と禍のない世界というのは、水草のない水槽のようなものだ。より絢爛なアクアリウムを眺めて遊びたいと思ったら、より高等な福と禍を買うしかないのさ」

「でも、それで商売が成り立つの? 通貨は何なの?」

「無論商売は成り立つよ。こっちが必死にかき集めた禍を提供する代わりに、あっちは命の残り滓をくれるってわけ。ま、どの世界でも要らん物とされたうちらが生き長らえるには、そうやって稼いでくしかないよね」

 そう言って、オリアサグは舞台裏から幕を潜り、壇上へと上がった。ライトが照らす中、咳払いをした後、彼は声を張り上げる。


「さあ、お待たせいたしました! それでは、第21回オークションの開始と参りましょう!」


 湧き上がる拍手。ステージ上から客席を見回して、オークショニアは少しぎくりとする。どの客の視線も、期待に満ち満ちている。前回の競りがかつてない大盛況だったからだろう。

 そんなことを考えながら、オリアサグは一つ目の品を出した。

「えー、本日最初の品はこの『翡翠の病魔』。出品主様の世界におかれましては、支配階級である知的生命体の数を七分の五にまで減らした実績を持つ、まさに悪魔の病。放つ場所と季節さえご配慮頂ければ、さらに効果絶大。こちらの商品は、50エリークから参りましょう」

 それからは順調に進んでいった。やがてイザベルの番となり、退屈そうな顔で少女が壇上に立つ。

「次の品は、ご存知の方も多いかと。忌子の禍・イザベル。彼女のもたらす災いは、予測不可能。開けてびっくりのお楽しみ。しかし人類種の存在する世界であれば、おぞましい地獄を見られることを保証いたします。さてこちらは、65エリークから……」

 その時だった。客席の客の一人が立ち上がったかと思うと、瞬く間にオリアサグの目の前に現れた。

「うんざりだな。全宇宙一のオークション会場と聞いてきてみたはいいが、酷いものだ。いつまでこんな茶番に付き合わせるつもりだ? クズ野郎」

「は、」

「もう帰る。だが手ぶらで帰るのも癪だ。これをよこせ」

 客は、砂とも土ともわからぬ腕をするりと伸ばし、イザベルの頭を掴む。慌ててオークショニアが間に入る。

「お、おお、お金を払わない方に、お渡しする災厄はございません」

「お前に支払うものなど何もない」

 虚空に浮かぶ闇のように凄むその姿に、オリアサグが思わず動きを止めた時だ。イライザが飛び出てきて、その腕に噛みついた。

「いっ……このっ、ふざけるな!」

 客はもう片方の手を振りあげる。次の瞬間、イライザの姿は跡形もなく消えていた。まるで初めから何もいなかったかのように。

「……!」

「さて。ではこれはもらっていくぞ」

「いえ……それはできません。商品に敬意を払えない方には、ペナルティをお支払いいただく決まりです」

 オークショニアの一段低い声に、客はぴくっと動きを止めた。九つの目がぎょろりと睨み、六つの手には小さな光の球が現れる。

「あなたのようなクズの作った世界など、どうせクズでしかない。であれば、化物クズの腹の足しになるのが似合いの末路でしょう」

 光の中には、幾多の世界が映っていた。豊かな自然と動物、色とりどりの文化。一目でかなり手が込んでいることがわかる。

「なっ……や、やめろ! そこまで作るのにどれほど金をかけたと思ってる!」

 牙のある口から愉快な笑いが溢れる。

化物わたしの知ったことではございませんね」

 そうして小さなキャンディ大の宇宙を、彼はバリバリと頭から食い尽くした。


 かくしてこの災厄競売は、21回目で終わりを迎えることとなった。大金をかけて作った世界の数々を喰われ激怒した客により、オークショニア共々、存在を消されてしまったからである。


 だが、こういう噂もある。


 オークションを楽しみにしていた他の客が、その万能の力により、彼らを復元しようとしているらしいと。悠久を微睡む彼らにとっては、結局のところ禍も、禍を扱う競売も、そしてその回数も、福のひとつにしかならないのだろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

災厄競売 名取 @sweepblack3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説