最後の女

「敵は透明人間だ。感知系の能力を持つ作家を囲んで守れ。まず敵の位置を割り出し、それから高火力の作家で叩け」

 ちありやさんの指示で「イビルスター」の作家たちが一斉に動き出す。レーダー、超能力、様々な感知系の作家が室内をスキャンする。


「左前方に二体、接近中! 後方に一体控えています! 挟み撃ちです!」

「了解!」

 右手をブラスターに変えた作家がド派手なレーザー光線を放つ。僕たちの後方。光線を受けた『エディター』がその体組織を崩壊させていく。

「こっちは任せて!」

 体がゴムみたいに伸びる作家が両腕を大きく伸ばし、壁を掴むと、そのまま人間パチンコの要領で前方に突進した。見えない何かが二つ、弾き飛ばされ前方の壁にぶつかった。後には崩壊していく『エディター』の姿があった。


「いいぞ、この感じ……」

 ちありやロボが天を仰ぐ。

「来ているな」

「誰が?」日諸さんがちありやロボの内側から訊ねると、ちありやさんが答えた。

「『イビルスター』幹部、最後の女だ」

「最後の女……」

 僕がじっとちありやさんを見つめると、彼はその巨大な体をこちらに向け、応じた。

「クララだよ。クララ・ローゼ」


 感知系! ちありやさんは続けて叫んだ。

「クララは確認できないか?」

「できます!」

 一人の作家が答えた。

「この『ライダーの間』最深部、扉の前です!」

「よし、綺嬋、スキマ、すぐに向かえ!」

「了解わね!」

「直ちに!」

 二人の銃使いが駆けていくのを見て、戯言遣いの偽物さんがつぶやいた。

「俺は残った『エディター』がいないか探して片っ端からやっつけていくか」

 彼はパワードスーツで宙に浮かんだ。その様子を見て鳴門悠さんも動き出す。

「僕も彼を助けよう」

 宿天武装を掲げてもの凄い速さで走り出す。


「む」

 かなたろーさんがカードをめくっていた。

「よくないことが起こるぞ」

「よくないこととは?」

 ちありやさんが訊ねる。

「まぁ、敵襲だろうな」

 興味もなさそうに、かなたろーさん。

「これだけ作家が集まっていれば対処はできる……はずだが、油断は禁物だな」


「クララは何を思ってライダーの間の最深部にいるんだ?」

 ちありやさんがつぶやく。

「あいつはこの基地の根幹の設計に携わっていたから、もしかしたらこの部屋のギミックを押さえようとしているのかもな」

 と、ちありやさんが考えているところで無線が入った。声からするに、どうも綺嬋さんだ。

〈ちありや? クララを発見したわね〉

「何をしている?」

〈操作盤を弄っているわよ……一応本物かどうか確認した方がいいわね。感知系の作家を一人……〉

「僕が行こうか?」

 飯田さんが挙手をする。あれ、珍しいな。この人が積極的に任務に関わろうとするなんて。


「僕も行きます」

 咄嗟に、だが。

 僕はそう発言していた。特に深い理由はない。ただ、何となく、クララさんという女性に会ってみたかったのと、これまでの苦労に対しこの部屋での脅威のレベルがあまりに低いことに妙な感覚があったから……と言うか。


「物書きボーイ。僕を守れよ」

 飯田さんがにやりと笑う。バシバシと肩を叩いてきた。スキンシップが激しい。やめてほしい。


 そういうわけで飯田さんと二人、綺嬋さんとスキマさんがいるエリアにゆっくりと進んでいった。

 二人はライダースーツがいくつも並んでいるエリアの、ガラスケースの後ろに隠れていた。二人の視線の先。大きな鉄のドアがあり、その足元にあるタッチパネルのような操作盤の前に、一人の女性の姿があった。モノトーンのワンピース。それに大きなバゲットハットを被った、小柄な女性……。あれが、クララさん? 


「来てみたはいいけどあれが本物かどうか区別がつかないわね」

 綺嬋さんがデザートイーグルを手にしながらつぶやく。

「一応、いつでも撃てるようにはしています。場合によっては『スロ』で凍らせます」

 スキマさんが獲物を狩るハンターのような目を女性に向ける。飯田さんが、眼鏡型端末をかけてスキャンを始めた。ほんの数秒、時間がかかった。


「体温がある。本物だ」

 飯田さんの言葉に、その場の空気が一気に緩んだ。

「体温の誤魔化しがきく道具なんかも持っていなさそうですし、一旦本物だと思っていいんじゃないでしょうか」

 僕の言葉に綺嬋さんが頷く。


「おうい、クララ」

 ガラスケースの後ろから声を飛ばす。

「助けに来たわね! 援軍わよ!」

 すると女性が「しーっ」と息を吐いた。


「今、大事なところです」

 綺麗な声だった。鼓膜を羽毛でくすぐるような、柔らかい声。

 何をしているのだろう。僕は迂回して彼女の手元を見た。タッチパネルのような操作盤の上。そこには、ホログラムと思しき白い綺麗な花がいくつか、ちょっとした花束のようにまとまって咲いていた。タッチパネルに、花? 僕が首を傾げていると、クララとかいう女性は手にしていたハサミで、ちょきりとそれを切った。

 途端にタッチパネルが、サイレンと共に叫んだ。

〈C-R.カテドラルエリアを遮断します〉

 クララさんが答える。

「そうしてください」

 タッチパネルが処理を実行する音が聞こえた。クララさんがこちらを振り返った。


「状況は逼迫していますね」

 やっぱり、美しい声。そう言えば声フェチとのことだったな。綺麗な声の人はやっぱりいい声の人を好きになるのだろうか。

「私の方でも少し対応を取らせていただきました。今、敵『エディター』の首領は進路に困っているはずです」

「何をなさったのですか」

 スキマさんの問いにクララさんが微笑んだ。

「ちょっと、意地悪を」



「さっきも言ったがクララはこの基地の根幹を設計している。クララの作品、『カテドラル・ラプソディ〜Advent Calendar 2021〜』に出てくる天才建築家ウィルフレッドの能力を使ったのだ」

 端末の前で不思議な作業をしていたクララさんを連れて。

 僕たちはちありやさんの部隊に合流した。彼の方ではあの透明人間『エディター』は全部討伐したらしく、感知系の作家が口を揃えて「この室内にはもう敵はいません」と告げた。何でも件の透明人間エディターは独特のエネルギー磁場を持っているので特殊な機器を使えば視認できるらしく、感知系の作家たちもその機能を用いて索敵をしたのだとか。やっぱりSF作家たちは使うツールが違う。


 合流してすぐ、クララさんが口を開いた。

「私はこの基地に精通しています。無論、亡きギルド長とちありやさんしかアクセスできない場所もありますが、その場所を作ったのは私自身です。行くことはできなくても遠隔的に操作はできる。例えば、そう、出入口を全部開かなくするとか、ね」

「第五制御室へのルートを全部遮断したんだな?」

 ちありやさんの問いにクララさんが答える。

「ええ。今は誰も近づけないはずです。認証も私以外受け付けない設定にしました。今は私がいなければ、誰も第五制御室には入れません」


 作家軍団から安堵の声が漏れる。

「あそこを押さえられたらやばかったんだろう?」

「この基地が終わったら本当におしまいだからな」

「しぶとい敵だった……」


 待って下さい、とスキマさんが手を挙げた。

「敵を殲滅したわけではありません。こちらのキングを守る手立てはできたのかもしれませんが、敵のキングをとらないことには……」


「その通りだ」ちありやロボが頷く。

「ここで情報の共有をするぞ。援軍チームは『エディター』と交戦したか?」

「したな」戯言遣いの偽物さんが頷く。ちありやさんが続けた。

「現時点で敵『エディター』について分かっていることを共有してくれるか」

「敵の特徴その一、コピーのコピーはとれない」

 僕は戯言遣いの偽物さんコピー戦のことを思い出して指を折る。次の特徴は……スロとゴワイトアウトで敵『エディター』を拘束して尋問にかけようとした時の情報だ。

「その二、雑魚エディターは女エディターの一部。雑魚エディターを通じて特定の場所に行くことも、女の一部を使って作家のコピーをとることもできる」

「その三」いきなり飯田さんが口を挟んできた。

「体温がない」


「なるほど」ちありやさんが頷いた。

「もうひとつ訊く。現時点で敵『エディター』にコピーを取られ、なおかつ偽物の容疑が完全に晴れていない人間はいるか?」

「僕だね」鳴門悠さんが手を挙げる。

「僕は宿天武装を持っていたから体温の判定がなされていない。真偽を確かめる間もなく僕が相手をやっつけてしまったから、君たちは僕に関して判断を保留していることになる」


「なら……」と、ちありやさんが片手を挙げた。

「拘束させてもらう」

 蜘蛛のミュータント人間だろうか。口から糸のようなものを吐いて鳴門さんを拘束した。

「もっとマシな縛り方はなかったのかな」

 ……気持ちは分かる。

「よし。一旦は、クララを全力で守れば良さそうだな。総員、彼女を囲む陣形で、クララの外側に感知系、その外に援護射撃系、そして近接戦闘系やアーマー系は一番外側に来るように並べ。役割はもう分かるな?」

 作家たちが頷く。

「よし。散開!」

 ……と、言った時だった。


「ふうん。この人が……」

 聞き覚えのある声だった。自分がされて一番嫌なことを平然とやってくるような、不気味で、不協和音のある……。

 その場にいた全員が振り返った。

 僕たちの視線の先。

 クララさんを背後から抱き締める女性がいた。


「まぁ、氷のような瞳が綺麗」

 あの女だった。敵『エディター』の首領。黒い革のジャケットにデニムパンツを履いた、金髪の……。

「この人なら、私がコピーを取ってあげてもいいかも」

 女がクララさんの頬を舐める。そして、次の瞬間。


 クララさんは、それは美しい女性だった。色素の薄い真っ白な肌で、同じく色素の薄い氷河色の瞳。白金の髪、それを覆うバゲットハットに、モノトーンのワンピース。そんな彼女が表情を凍らせた、その瞬間、背後に全く同じ姿の女性が出来上がった……本物オリジナルとは明らかに違う、邪悪な微笑みを浮かべた女性が。


「どういうことだ!」

 ちありやさんが叫んだ。

「感知系! この部屋に『エディター』はいないんじゃないのか!」

「え、エネルギー磁場の反応は一切……」

 この時僕は気づいた。

「その探知の仕方じゃ駄目だったんだ!」

 くそ、こんな当たり前のこと……さっき確認し合っていたのに! 

「体温! 体温で検知しないと!」

 綺嬋さんが銃を構える。

「まだ『エディター』がいたってことわね?」

 スキマさんが叫ぶ。

「そうじゃなきゃ女がワープできたことに説明がつきません!」


「もう遅いわ」

 偽クララさんが両手を挙げた。

「これで私はこの部屋のギミックを全部使える」


 壁から音がした。ガラスケースの割れる音がした。金属の音、ブーツのようなものが軋む音、色んな音が聞こえてきた。そして僕たちには、何が起きているのかすぐに分かった。ライダーが……仮面ライーたちが僕たちを囲んでいる。


 ふふふ、と女が笑った。

「正義の味方に始末されるのはどんな気分かしらね」

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