黒い霧
床に転がった鳴門さんの首はやがて消し炭のように黒ずんで消えた。その挙動はこれまで討伐してきた『エディター』に共通するものだったが、しかし同時に作家が殺された時の挙動とも似ていた……僕はそれを、「King Arthur」の城で見ていた。幕画ふぃんさんが敵に操られ、味方を切ってしまった時に。
鳴門悠さんが宿天武装を背中に収納すると、ため息をついて振り返った。すずめさんが銃を向ける。それから告げる。
「本物だと証明して」
すると鳴門さんは二度目のため息をついた。「不可能だよ」
「物書きくん」
すずめさんが銃口を向けたまま命じてくる。
「手錠を描写して。彼を拘束して」
「わ、分かりました」
僕は慌ててペンを走らせる。
〈――超合金で作られた手錠。いかなる物理的干渉からも耐えうる。極端な温度差にも脆弱性を見せず、どのようにして作られた手錠かは謎である――〉
完成したテキストファイルを鳴門さんに投げつけると、彼の手に描写した通りの超合金の手錠がはまった。鳴門さんが驚いたような声を上げた。
「すごい装備だね! 君はどんな作品を書くんだい?」
「か、書きません」
答えていいのか、躊躇いながら僕は後退る。
「ほう、じゃあ読み専?」
「そういうわけでも……」
「野次馬くんかな。『カクヨム』の騒動を覗きに来た」
まぁ、確かにそうとも言えた。だが野次馬だと見下されるのは何だか癪だった。僕は返した。
「人を探しているんです」
「ほう、人を」
手錠をかけられてもなお、鳴門さんは涼しそうな顔をしていた。背負った宿天武装も不気味な輝きを放っていた。
「複雑な気持ちわね。場合によっては今、目の前で鳴門が殺されたことになるわね?」
「目の前の鳴門さんが偽物だった場合はそうなりますね」スキマさんがきびきび答える。
「誰かこいつを見張らないといけないことになるわよ」
「私、見張りましょうか」絶久さんが挙手する。「拘束された人間を監視するくらいの能力はあります」
「じゃあ、任せるとして」
すずめさんが銃を下ろす。
「これからどうするか、だね」
「この先に『エディター』がいるんだ。倒した方がいいよ」
鳴門さんが笑う。ここで疑問が生まれる。
彼の話を信じるか? ……場合によっては罠かもしれない。
しかしもし本当に『エディター』による被害が出ているなら無視して通るわけにもいかない。困った。僕が判断を仰ぐようにすずめさんを見ると、彼女も困っているようだった。が、やがて決心したように告げた。
「戦力の分散は避けたい。彼の言う『エディター』を見に行く係と直進する係とに分けるのは本来の目的である『味方を集める』に反する。敵を討伐するならみんなで。無視するにしてもみんなで」
「俺は倒しに行った方がいいと思います」のえるさんが意見を述べる。「仮に罠だとしても、この人数を一網打尽にする罠なんてそうそう仕掛けられるもんじゃない。『イビルスター』の幹部が二名、『ノラ』も俺とすずめさんがいて、ヒサコさんみたいな戦力もいる。罠であっても対応できる。だから向かってみてもいいと思う」
「悩ませてしまったみたいで申し訳ないね」
鳴門さんが笑う。
「で、行くのかな?」
*
結果として僕たちは先にいるという『エディター』を始末することに決めた。綺嬋さんを先頭に、すずめさん、僕、ヒサ姉にのえるさん、拘束された鳴門さんにそれを監視する絶久さん、最後尾に狙撃手のスキマさんという編成だった。
「第二通信室にいる。広い部屋だが障害物が多いから気をつけたまえよ」
鳴門さんが余裕綽々といった様子で告げる。誰も何も答えない。
やがてその第二通信室と思しき部屋の前に来た。綺嬋さんが開扉する。
室内は真っ暗だった。綺嬋さんが銃を構えながら先陣を切る。すずめさんがカバーに入り、のえるさんとヒサ姉が扉の外で後衛を務めた。
しばし沈黙。
綺嬋さんとすずめさんからの言葉がない。
異変だと感づいたのはのえるさんだった。彼は剣を手にしたままそっと暗闇の中を覗き込んだ。
「一分待って俺から何もなかったら逃げろ」
ヒサ姉に、そう告げる。
「中に入る」
のえるさんが潜入していった。彼からの反応を待つ。
十秒。何もない。
二十秒。何もない。
三十秒。心臓に冷たいものが落ちた。
四十秒。早鐘を打ち始める。
五十秒。ヒサ姉の表情にも緊張が見えた。
……一分。
のえるさんは何も言わない。
パニックになった。短時間で『イビルスター』の幹部とビッグスリーの二人がやられた。何だ? 中に何がいる?
暗闇の中の敵。駄目だ。今のままじゃ不利すぎる。
ヒサ姉の無言の合図で一度撤退することにした。静かに、足音を立てずその場を離れようとした、その瞬間だった。
唐突に真っ暗な室内から、闇と見紛う黒い霧が噴出してきた。扉の近くにいた僕とヒサ姉は直撃してしまった。その瞬間、僕は自分の体が硬直するのを感じた。床に倒れ込む、のだが……。
ごとり。
とても人体が床に倒れた時に出る音とは思えない音がした。何が起きた? 体を見ようとするが微動だにしない。しかし代わりに、目の前のヒサ姉が見えた。彼女の姿を見て僕は自分でも分かるくらい気が動転した。
目の前のヒサ姉。
表情に色がない。ただにこやかな表情を浮かべるだけの町娘。しかしその体は。
フィギュアのようになっていた。光沢を放つ体。ポーズをとったまま固まっている。
「物書きくん、ヒサコさん!」
絶久さんが叫ぶ。駄目だ。近寄ったら君も……と、言えるわけもなく、そして目線で合図を送ることもできず、僕は倒れているしかなかった。霧はすぐさま絶久さんを飲み込んだ。
かわいい女子高生のフィギュアが一体出来上がった。彼女の表情にも色がなく、曲線を描いている体もどこか硬質になっていた。スキマさんが鳴門さんをつかんで距離をとろうとしたが、一瞬で黒い霧に飲まれた。後には服の下にうっすらタトゥーが見える、きりっとした姿のフィギュアが出来上がっていた。
と、ここで僕の体がころりと傾いた。部屋の中を見るような恰好になる。そこにはウサギの人形のフィギュアと、スカイスーツを着て硬直するフィギュアと、拳銃を構えて硬直したフィギュアとがあった。絶望で目の前が真っ暗になった。
「あーあ」
頭上で声が響く。
ハッキリ分かった。
鳴門悠さんの声だった。
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