悪魔

業終問ごおもんの時間わね!」

 拘束された『エディター』たちを前に、綺嬋さんが嬉々としている。僕はと言えば、妙な不安を覚えたまま二体のウィルスに対峙していた。氷が解け、誰の模倣コピーでもない、ただの人型のスライムと化した二体の『エディター』は、項垂れたまま何も発しなかった。

「拷問と言いましても、このような状態になられるとやりようがありませんね」

 スキマさんが頭を掻く。と、ちらりと何かが見えたのだろう。ヒサ姉が反応した。

「タトゥー?」

「あ、はい」

 スキマさんが袖をまくった。薔薇の怪物のようなものが入った手首だった。

「他にも色々入っております」

 と、両足なんかも見せてくれる。トランスフォーマーの絵があったので思わずテンションが上がってしまった。


「タトゥー自慢はさておきこいつらをどうさばくか考えるわね」

 綺嬋さんが急かす。僕はちょっと考えると、思い付きを口にした。

「誰かコピーされてみるというのはどうでしょう。スライムに飲まれる過程で何か頭に入ってくるかも」

「そんな無茶苦茶なことやれるわけないわね」

 と、にっちもさっちもいかなくなっている時だった。


「あらぁ、捕まっちゃったのね」

 不意に女の声が聞こえた。僕は咄嗟に捕らえたばかりのスライムの方を見た。二体並んだうちの片方。項垂れた人型が、うねうねと変形していくところだった。僕は「ペン」を構えた。

「ああ、それよ、それ。それが欲しいのよ」

 人型が変形し終わる。

「どうやって手に入れたのかしら。よかったら今度、話を聞かせて頂戴ね」

 変形した姿。それはあの、金髪女だった。かさぶたをそっと撫でられるような、たまらない不快感が胸を支配した。

 元のスライムが拘束された状態だったので、金髪女も拘束された状態だった。手枷足枷がはまった無力な女が出来上がる。しかし安心感はかけらもなかった。女がしゃべる。


「この子たちを捕らえるという発想自体はよかったかもね。どうしてあなたたちがこういう手に出たのかが気になるわ」

「お前たちがスパ……」

 と言いかけた僕の口をのえるさんが押さえて塞ぐ。どうして、と思っている僕に、のえるさんが無言で訴えかけてきた。相手にこっちの情報を与える必要はない。そう、言われている気がした。


「ひとつだけ教えてあげるわね。この子たちは私から作られてるの。どの子も私の一部なのよ。だからね、こういうことができるの」

 と、いきなり、女の隣で項垂れていたもうひとつの人型が弾け飛んだ。びちゃびちゃと辺りに水滴が飛び散る。さながら、人が弾けた後のようだった。飛沫は、血なのだ。

「その気になればこの子たちは潰せるの。だから捕えても無駄なのよ。こちらがあなたたちのことを知ることはあっても、あなたたちがこちらのことを知る機会はないわ」

 即座に、綺嬋さんがデザートイーグルを発砲する。怒りが頂点に達したのだろう。僕もその気持ちは理解できた。女のしゃべり方は癇に障る。綺嬋さんの鋭い一撃で女の額に穴が開いた。しかし。


「無駄だって言っても分からないみたいね」

 穴が開いたまま女はしゃべる。その頬には、悪魔のような微笑み……。

「この子は分身なの。私じゃないわ。倒したかったら私の本体を見つけなさいな」

 女の体がうねうねとうねり始める。次の瞬間、先程隣の人型が弾けたのと同じように、女の体が弾け飛んだ。僕は咄嗟に頭を覆った。再び瞼を開けると、女の姿は影も形もなくなっていた。


「くそ、逃げられた」

 僕がつぶやくと時雨さんもとい絶久さんが続いた。

「あの女がボスですか?」

 そうみたいです、と僕が返すと絶久さんが唸った。

「厄介な敵ですね。辺りにいる敵は全員あの女のようであの女じゃない」

「これからどうするべきでしょう?」

 僕が誰にともなく訊ねると綺嬋さんが返してきた。

「当初の予定通り援軍を確保しに行くわね。基地内にいるおたくら『ノラ』の面々と、『イビルスター』のシェルターに行って助っ人たちを集めるわよ。その後ちありやたちに合流するわね!」


「その、『イビルスター』のメンバーについて、なんだけど」

 すずめさんが手を挙げる。

「今し方ちありやさんから通信が入った。マイクをオープンにするからみんな聞いて」

 と、一瞬のノイズの後、音声が聞こえてきた。


〈諸君、順調かね?〉

 ちありやさんの声だった。

〈こちらは敵を殲滅しつつ制御室へと向かっている。達成度は六十%程度だ。現在中間地点の倉庫内にて作戦を練っている〉

「こちらもぼちぼち順調わね。第一ハッチでスキマと合流して『ノラ』のメンバーを二人拾ったわよ」

〈よろしい。では本題に入ろう〉

 重々しく、ちありやさんが告げる。

〈そちらに鳴門が向かっている〉


「鳴門? 生きてたわね?」

 綺嬋さんが狼狽える。どうしたんですか、と僕が訊くと、すぐに答えてくれた。

「あの若造、仲間を救うとか言って敵だらけのエリアに単騎で突っ込んでいったわね」

「強い方なんですか?」

 今度はちありやさんが返してくれた。

〈幹部の一人だ〉

 期待が高まる。


〈現在鳴門は真っ直ぐに第二ハッチへと向かっている。諸君も外部の敵を殲滅すべくハッチへ向かうはずだ。第二ハッチで彼と落ち合ってほしい。鳴門は戦力になる。少々無鉄砲なところはあるがな。しかしあれはあれで、ちゃんと考えてから突撃している」

「その鳴門さんって方はどんな方なんですか?」

 僕が訊くと、ちありやさんは余裕を声に滲ませながら答えた。


〈天使を狩る悪魔だよ〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る