声フェチ
「第二ハッチへの近道は?」
ちありやさんに訊ねると、彼をアシストしているアンジェラが答えた。
〈現在地点は第一ハッチ近くのF倉庫ですね?〉
「合ってるわよ」綺嬋さんが頷く。
〈ルート、表示します〉
と、すずめさんのメットが光った。経路が表示されているらしい。すぐに彼女から指示が飛んできた。
「ついてきて」
全員、周囲を警戒しながら進撃を始める。
僕は「ペン」でシールドを描写した。特殊部隊なんかが持っていそうなアクリル板のシールドだ。
「G.O.W.A.T(ゴワット):業務執行機関に設置されている特殊部隊。略称は『Getting Out of Work And Taikin(労働からの逃避及び退勤)』の意」
「気が利くね! 物書きくん」
褒められる。戦場に似つかわしくない、何だかふわふわした気持ちになる。
僕も僕で、自分で書いたシールドで防護しながら先に進む。最低限の自衛ができると、「お荷物じゃない」という実感がわく。
すずめさんを先頭に真っ直ぐ第二ハッチへと向かった。道中、数体の『エディター』と遭遇したが戦闘のほとんどをすずめさんがやってくれた。余った僕は綺嬋さんとスキマ参魚さんに質問をした。襲撃を受けた時の、詳細について。
「詳細も何もないです。気づいたらギルド長が偽物にすり替わっていました」
軍隊的な、はきはきした口調でスキマさんが答える。
「どこかで『エディター』と接点がなかったですか? 『King Arthur』の時は城の防衛を担当していた幹部が感染して帰ってきたみたいですが」
綺嬋さんが首を傾げた。
「うちは『King Arthur』と違って立てこもりをしなかったわね。積極的に『エディター』を狩りに行っていたから多少感染して帰ってくる人もいたわよ。もちろん最新鋭のウィルスバスターで対応はしていたけど、『接点』なんて言われてもたくさんあり過ぎて困るわね」
「じゃあ、現状どこから侵入されたか分からない……」
「ああ、でもそう言えば」
綺嬋さんが天井を仰ぐ。
「基地のシステムダウンか、『カクヨム』の異常かは分からないけど、一瞬アカウントがフリーズしたことはあったわね。視界が一瞬ゴワイト……じゃなくてホワイトアウトして、すぐに元に戻ったけど、同じ症状を訴えたアカウントがたくさんいて、何だか気色悪かったわね」
「システムダウン……何かそれ、怪しいですね」
「でも基地の防犯システムに反応はなかったですよ」
スキマさんがぽつりとつぶやく。
「本当に、意識が一瞬途絶えたことを除けば大きな問題はなくて」
意識が一瞬途切れる……。
何だか身に覚えがある気がして、体の芯が震えた。何だ。何だろう。この嫌な感じ。不安な感じ。
「トラクタービーム……」
口をついてそんな言葉が出る。
本当に、何でそんな言葉が口から出たのか、自分でもさっぱり分からなかったが、しかし妙な説得力というか、不思議な力を持った言葉だった。僕は綺嬋さんに訊いた。
「この基地、トラクタービームって標準装備なんですか?」
「標準の定義によるわよ。気づいたらあった機能って感じわね」
「誰が設計したとか……」
「分からないわよ。誰か基地の設計に詳しい人に聞けば知ってるかもしれないわね」
「あの、これは本当に仮説の域を出ないんですけど」
僕は自分の内側からふつふつと湧いてきた疑問を口にする。
「単純な疑問なんですけど、トラクタービームで引っ張ってこられて意識失うって変じゃないですか?」
「変ってどういうことですか?」
スキマさんが首を傾げる。
「例えばリフトか何かで基地に回収されたら、エレベーターホールみたいなところに一回集められますよね? スキマさんみたいな飛行機や、ちありやさんみたいなロボットで基地に帰ったとしたら
「言われてみれば変な気もするわね……」
綺嬋さんが俯きながら考え込む。
スキマさんが、やはりきびきびした口調で告げた。
「何にせよ、これから『イビルスター』の面々が避難しているシェルターに行きます。その中にもしかしたら基地の設計に詳しい人がいるかもしれません。私も気になるからちょっと考えてみます」
ちらりと見えた左手首。ウサギの化物のようなタトゥーが見えた。それが何だか奇妙な迫力を持って迫ってきた。僕は少し考えた。
「それで、話を戻してあれなんですけど」
僕は聞き取りを続ける。
「ギルド長がすり替わっていることにはどうやって気づいたんですか?」
「さっきも話したけど、クララ・ローゼさんという方が気づいたわね」
「何を理由に?」
スキマさんが答える。
「声、らしいです」
「声?」
僕はそれこそ変な声を出す。
「音声出力ソフトか何かがおかしかったってことですか?」
「いや、クララさんの作品の登場人物が声フェチという設定わね」
「声フェチ」
いくら声が好きだからって、VR空間のアバターの声まで聞き分けられるのか?
「よく分からないのですけれど、クララさんはギルド長の星さんを慕っていました。恋愛感情とかではなさそうですけど、仲良くお茶しているのを見たことあります」
親しいから声で分かる。うーん、あり得そうであり得なさそうな……。
「そのクララさんという方は今……?」
「おそらくシェルターの警護わね。彼女も幹部わよ。もっとも、星氏の異変に気付いたこと以外は特に目立った活躍はしていなかったわね。一部の人間からは『暗部』とか『諜報部』とかって言われていたけど、自称『建設部緑化促進課』とかだったし、確かに何やってる人か分からなかったわね」
「スキマさんは何かご存知では?」
さぁ、という風にスキマさんも肩をすくめる。
「綺嬋さんやスキマさんみたいな幹部でも分からないって本当に謎じゃないですか。ちありやさんは何かご存知ないんですか」
「ちありやは星氏の次に実力はあったけど、派閥が別というか、ちありやはちありやで一応星氏を立ててはいたけど、別個でグループを作っていたわね」
はぁ、そんな派閥争いみたいなのが……と言おうとしていたら、スキマさんが。
「何か『戦隊ロボット愛好会』とか……」
趣味の集まりじゃねーか。
「まぁ、『イビルスター』は『エディター討伐』という目的のみで集まった雑多な集団わね。『King Arthur』みたいにジャンルで集まってその分野の防衛を目的とする組織じゃないわよ。その辺ちょっと勝手が違うわね」
「そういうもんですか……」
などと話している内に。
「何かが接近してくる!」
すずめさんが急に声を飛ばしてきた。と、即座に強い風が一陣、僕たちに吹きつけてきた。咄嗟に僕は自前のシールドで前方を守る。盾の後ろからすずめさんの方を見てみると、いつの間にやらすずめさんの銃口の先に、一人のアカウントが立っていた。どうやら男性……というか僕と同じくらいの若そうな人で、大き目の剣を肩に担いでいた。何となく、SF感はないのだけれど……。
「武器を下ろしてくれないか」
あくまでも、爽やかに。
その人物は笑った。
それから仕方ない、という風に担いでいた剣の先を床に下ろす。すぐに綺嬋さんが反応した。
「鳴門悠ぅ……あんたまた無茶な登場するわね! 撃たれても文句言えないわよ!」
ハハ、と彼は笑う。
「いや失敬! でもかっこよかったろう?」
下におろしていた剣を杖のように床に突き、微笑む青年。
黒髪に、あれはモノクル? 片眼鏡。甲冑をちょっと先鋭的にしたような、確かに見ようによってはSF風の出で立ち。手を覆うガントレットの形が流星のようで、かっこよかった。男の子趣味全開、という感じの男の子だ。
「のえるさんが言ってた助っ人かな? 助かるよ。難儀していてね」
そう、爽やかに微笑んでいる。
彼がどうやら、鳴門悠さんのようだった。
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