戦況は不利
「兎蛍と……佐倉は、もしかしたら……」
ナナシマイさんが駆け抜けながらつぶやく
ちらりと三面狼を見つめた。飯田さんと結月さんが懸命に接近を試みているが、どうにも上手くいかないらしい。結月さんは
ふと視線を横に流す。Ai_neさんが巨大なミミズに弾丸を撃ち込んでいるところだった。他にも色々な作家が幻獣、怪獣、奇獣の類と戦っている。國さんによる遠方からの射撃。抵抗する間もなく崩れ落ちていくモンスターたち。
「我々はあいつを倒すことに全力を尽くしましょう」
ナナシマイさんの視線の先に、サイクロプス。彼女の提案に僕は頷く。
「ふぃん様が正気を取り戻しています。きっと形勢は有利でしょう」
フレッド。そう告げて、ナナシマイさんが杖を剣に持ち替える。
「指示します。兎蛍と佐倉はあっちを手伝ってください」
オペラグローブの指先がピッと三面狼の方を示す。兎蛍さんと佐倉さんが告げる。
「承知」
「分かりました」
二人が三面狼の方へ駆けていった。僕たちは一直線にサイクロプスの方へ行く……。
「霊位魔法――
正気を取り戻した幕画ふぃんさんが魔法を唱える。暴れまわるサイクロプスの動きが目に見えて弱体化した。すぐさまMACKさんの操る少女人形が二本の短剣で迫る。MACKさん自身も長剣を振るって巨人に襲い掛かっていた。
絶妙なコンビネーション。
MACKさんが剣で足を掃い、少女人形が双剣でサイクロプスの体中に傷を負わせる。勝負は一方的か、と思われたが。
一つ目の巨人が怒号を上げると、雷鳴のような音が轟き渡り、幕画ふぃんさんがかけた魔法も弾き飛ばされ、MACKさんたちも撤退を余儀なくされた。どうやら簡単に倒せる相手ではないらしい。
「作家が産み出した怪物ですから……」
ナナシマイさんがつぶやく。
「一筋縄ではいきません」
彼女は手にした剣で一気にサイクロプスに切りかかる。ほんの一瞬、星の瞬くような速さで駆け抜けた彼女の後に、サイクロプスの角が熟れた果実のように落ちた。
「ふぃん様。ただいま参りました!」
「いい腕だ……」幕画ふぃんさんの白い鎧がきらりと輝く。手にした剣の黒さと、鎧の白さが対照的だ。
「単純な力比べでは勝てない。何か策を……」
と、MACKさんが言いかけた時だった。
「ゴリラの雪だるま……」
雪まみれの男子高校生が飛び出すとサイクロプスと組み合った。腕の太さは三倍くらい違うのに、でもしっかりと、組み合っている。プリーツスカートから伸びたたくましい脚にいくつもの青筋が走る。その脚にも、雪がくっついている。単純な力比べ。しかし、それでも負けていない。
体温を奪っているのだろうか。
サイクロプスの手が震え始めた。心なしか腕も強張っている。寒いんだ。そこにきて「脳筋ゴリラ」の剛腕。赤坂さんが道を開いた!
「女装! いいぞ、そのままだ!」
幕画ふぃんさんが再び手を伸ばす。
「人位魔法――
火炎。赤坂さんの冷気と炎の熱気がぶつかる。サイクロプスが目に見えて困惑していた。どちらにどのように対応していいか困っているのだろう。
その巨体にさらなる追撃。
MACKさん、少女人形、ナナシマイさん。三体による連続した剣撃。しかし巨体は一向に崩れない。
怒号。雷鳴。
MACKさんと少女人形とナナシマイさんが弾き飛ばされた。同様に赤坂さんも。幕画ふぃんさんの放った炎も強い風に吹き消される。身を起こした巨人が、その丸太のような腕を持ち上げる。
拳が床に叩き付けられる。クレーターのように床が凹み、僕たちが立っている場所にも亀裂が走る。
よろける。僕はほとんど倒れそうだった。『円卓の騎士』たちは見事に受け身をとっていたし、ナナシマイさんは僕をフォローしてくれたが、あまり形勢は有利ではない……というより、戦況は不利だ。
何か手は……と、思った時だった。
「虫眼鏡」。そうだ。これで任意の作家を引っ張ってきて助太刀させれば。
誰がいいだろう。戦場を見渡す。名前を知っている作家はAi_neさん、國さん、砂漠の使徒さん、そして……中村天人さん。
〈中村天人〉
そう「ペン」で綴って「虫眼鏡」で覗く。すぐさま僕の目の前に、天さん。
「『シエラ』で!」
いきなり転送されてびっくりしたようだが、天さんは僕の声にすぐさま応じる。
サイクロプスが腕を振り回す。広範囲に及んだ攻撃を、天さんは見事にかわす。ドレス姿でムーンサルト。スカート部分が花のように広がる。
「あっぶねー。死ぬところだった」
さっきは実際死んでいたのだが……今のは確かに危ないところだった。
「シエラね! みんなをパワーアップさせればいいんだ!」
すぐさまピンクのステッキを取り出す天さん。
「シエラ!」
「助かる……天人!」
幕画ふぃんさんが再び手をかざす。
「女装! 力がみなぎっているだろう! 手を貸せ!」
「女装じゃないんですけど!」
「脳筋ゴリラ」の赤坂さんが立ち上がる。ゴリラの雪だるま。身に纏っている冷気が明らかにさっきより重い。強化されているんだ。
「コンビネーションだ! 共に仕掛けるぞ。熱気と冷気だ!」
どうやら属性攻撃を仕掛けるつもりらしい。
幕画ふぃんさんが唱える。
「霊位魔法――
灼熱の熱波。続けざまに赤坂さんが叩き込む。
「ゴリラの雪だるま!」
冷たい拳。冷気の拳。何度も何度もサイクロプスに叩き込まれる。
「そういうことなら……!」
天さんのステッキが剣に変わった。
「サミュエル! アイザック!」
炎の剣と氷の剣が交互にサイクロプスを襲った。間髪を入れずナナシマイさんがMACKさんに告げる。
「同時に仕掛けましょう! 魔法を使う余力は?」
「ある!」
MACKさんが手をかざす。
爆炎。その広がる熱波の真ん中を突き刺すように。
「『リル』」
ナナシマイさんの杖から放たれた冷気がサイクロプスを突き刺した。
目に見えて巨人が弱る。
どうやら先程から発せられる雷鳴には自分の周りの攻撃を弾き飛ばす性能があるらしい。唱えているのか怒鳴っているのか分からないが懸命に口を動かそうとしている。だが雷鳴が発生する前に。
赤坂さんの冷たい拳。幕画ふぃんさんの灼熱の波動。天さんによる冷気熱気の連続攻撃。MACKさんの爆炎。ナナシマイさんの氷属性攻撃。
波状攻撃にあったサイクロプスはついに膝をついた。赤坂さんが飛びかかり、サイクロプスの頭を固める。直後。
「チェックメイトはもらうぜ」
いつの間にやってきたのだろう。一陣の風が吹いたと思ったら戦場の真ん中にAi_neさんが現れた。手には……拳銃。
鈍い音が一発。
サイクロプスの一つ目が弾け飛んだ。赤坂さんの腕を剝がそうともがいていた手に力がなくなる。「脳筋ゴリラ」が腕を離すとサイクロプスは崩れ落ちた。その巨躯が消し炭のように、ボロボロと崩壊していく……。
「なかなか手強い『参照型エディター』だったな」
幕画ふぃんさんが黒剣を収める。
「見事な連携!」天さんが手を合わせる。「みんなさすが!」
「さて、あっちの三面狼を……」
と、MACKさんが言いかけた時だった。
大きな影に包まれた、と思った次の瞬間、背後からあの音が聞こえた。
雷鳴。怒号。
僕たちは一瞬にして弾き飛ばされ、床に叩き付けられる。何とか頭を持ち上げた、その視線の先に見えたのは。
先程倒したはずのサイクロプス。ゆらりと立ち上がっていた。
潰れた目、折れた角、傷だらけの体、ところどころが崩れ落ちている。
しかし太い腕がしっかりと頭上に振りかぶられていた。
あれが振り下ろされたら。さっきの重い一撃を思い出す。床を砕く一撃。地割れ。クレーター。
全員が咄嗟の対応をとろうとした、その時。
再び、鈍い音。
銃声だった。しかしAi_neさんではない。
ナナシマイさんが視線を遠方に走らせる。その先にあるものが何か、僕には瞬時に理解できた。
彼女は透明の、ドーム状のバリアの中にいた。
右手にはライフルを構えている。しかし左手はかわいらしくサムズアップしている。ウィンク。
「危ないところでしたね!」
ボブカットの女の子、國さんが、素敵な笑顔をこちらに向けていた。
今度こそサイクロプスが倒れた。肺の奥から息が漏れていくような音。作品が『エディター』から解放され、「小説」へと戻っていく……。
やっと倒せた……。全員が息をつく。
僕は今度こそ、三面狼の方に視線をやる。援護に行かねば。
そして驚きに口を覆う。
力なく倒れる飯田さん。肩を負傷した結月さん。
そんな二人をしっかりと支える、兎蛍さんと佐倉さん……。
戦況は、不利。のようだった。
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