回復の潮流
「砂漠さんの能力って何でもありじゃないですか? この城の攻略も可能なんじゃ……」
ウィルスの支配から解放された兎蛍さんと佐倉さんを治しながら僕はつぶやく。砂漠さんが答える。
「もう何度かやってるんだよね」
僕たちは城を取り返せない。
砂漠さんがこの発言をすれば逆になるので、「僕たちはこの城を取り返せる」ことになる。しかしそのトライが失敗しているということは。
「『エディター』が『カクヨム』のかなり深いところまで侵食しているってことだね。システムエラーもエラーにならないくらいに」
腰に手を当てながら、天さん。いつの間にかドレス姿に戻っている。
「今救い出した彼らは何者?」
こちらもいつの間にか取り出していた猫を抱きながら、加藤さんが訊ねる。兎蛍さんと佐倉さんを示しているようだ。
「ギルド員。だが『円卓の騎士』直属だ」
幕画ふぃんさんが腰の剣に手を添えながら答える。『円卓の騎士』直属、ということは幕画ふぃんさんたちの部下みたいな扱いかと思ったが、場の空気から察するに、どうやらこの場にいる『円卓の騎士』の部下ではないようだ。
「あいつはどうなった?」
幕画ふぃんさんの問いに洋装だけどどこかオリエンタルな雰囲気もある佐倉さんが答える。
「分かりません。新人を守ろうとして戦ったところまでは覚えています」
「新人を守ろうとして?」
MACKさんの問いに童子のような姿の兎蛍さんが答える。
「つい最近、エディター騒動直後くらいに『カクヨム』にアカウントを作った女の子です」
「メイルストロムさんですか?」
僕があの血まみれシスターのことを口にすると、兎蛍さんはぽかんとした顔を僕に向けてきた。
「いや、違うが……あの子も無事だったのか?」
「外部と交信をとろうとしていました」
僕は城の外であったことを話す。
「ひとまず、よかった。こうして君たちも助けに来てくれたし」
沈痛な面持ちの佐倉さん。
「兎蛍は『翡翠の屋敷で変人と』で、佐倉は『ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない』で戦おうとしたのか……」
そうつぶやいてから幕画ふぃんさんが続ける。
「あいつなら真っ先にお前らの盾になりそうだがな」
「いえ、それは私たちが止めました」
兎蛍さんが首を横に振る。
「あの方が陥落したらいよいよこの城を守れなくなる。私たちにもしものことがあった時のためのバックアップになるよう説得し、私たちが戦いました」
「呆気なくやられてしまいましたが……」佐倉さんが自分の頭を撫でる。ため息。
「じゃああいつは無事である可能性があるということだな?」
幕画ふぃんさんが鋭い眼光を部屋の向こうに投げる。
「ここは……『祈りの間』……か」
言われてみて室内を見渡す。
石の壁の上部にはステンドグラス。外から明かりを受けて七色の光を床に落としている。大量の小蝿の大爆発を受けたからだろう。天井のシャンデリアは大破していた。龍人さんの
「この奥の大回廊にて狐女の襲撃を受けました」
佐倉さんが、渋い顔で幕画ふぃんさんに告げる。大回廊か、と幕画ふぃんさんがつぶやく。
「あいつの能力ならむしろ戦いやすそうだが……」
「何故か能力が正しく行使できず……」
と首を振った佐倉さんにすずめさんが小さな声で一言。
「『エディター』の影響を受けたんだろうね」
「俺たちも苦労しましたから」
Ai_neさんが道裏さんを見つめる。彼女も一度Ai_neさんを見つめ返してから、疑問を口にした。
「狐女だけにやられたんですか?」
「いや、違う」兎蛍さんが答える。「最初は山羊男だった。聞いていたのより小柄だったが。その山羊男にあの方が攻撃を当てたら……」
「分裂した。狐女が出てきた」佐倉さん。天さんが天井を見つめる。
「『円卓の間』で起きたことと一緒だね。山羊男に攻撃を当てると分裂し、『七つの大罪』が生まれる」
「守ろうとした新人ちゃんってさ、何て子?」
パーカーのポケットに手を突っ込んだ砂漠さんの質問。兎蛍さんがそれに答える。
「時雨ちゃん……國時雨ちゃん」
背後のドアで物音がしたのはその時だった。
皆一斉に振り向く。狐女のことがあったからだ。敵の襲撃か? そう思って全員構えた。しかし、みんなの目線の先にいたのは。
「大丈夫ですか」
修道服。顔面蒼白。血のような赤い染み。
僕たちが教会で救出したアカウント。メイルストロムさんだった。
「幕画ふぃん様に、後を追うように言われていましたので……」
ぞろぞろ、とメイルストロムさんの後ろからアカウントがたくさん姿を現す。全員剣を持ったり杖を持ったり弓を持ったり……臨戦態勢だった。MACKさんが訊ねる。
「ここまで何事もなく来れたのか」
「ええ、何とか」
「変な部屋がなかったか。トラックが飛び出してくる……」
メイルストロムさんが首を傾げながら答える。
「変な空間はありました。広い廊下みたいな部屋が。ですが何もなく……」
「あの『トラックの間』、〈
すずめさんが顎に手を当てる。
「〈
ふと振り返る。『祈りの間』の祭壇らしき場所。そこに堆く積まれたアカウントの残骸……のようなもの。〈
「治療ができるアカウント、及び応援になるアカウントを連れてまいりました」
メイルストロムさんが背後に控えるアカウントたちを示す。さすが大所帯「King Arthur」。壊滅しているとは言え、二クラス分くらいの人数……ざっくり、五十人前後……のアカウントがいた。
「犠牲者がいるから弔ってあげて」
天さんがメイルストロムさんに頼む。メイルストロムさんは天さんに「ご無事で何よりです」とつぶやくと、祭壇の上に積まれたアカウントの残骸に黙祷を捧げた。
「戦力は増えたな。どれくらいの規模だ?」
いつの間にか腕時計型に戻っていたM.A.P.L.E.に飯田さんが訊ねる。
〈戦闘可能アカウントは『ノラ』メンバーを含めて四十七体います。回復及び後衛タイプのアカウントは十五体。どれにも属さないアカウントが三体〉
どれにも属さない、には僕も含まれているのだろうか。そんなことを思いながら兎蛍さんと佐倉さんの治療筆記を済ませる。メイルストロムさんが連れてきた回復系アカウントも、天さんや砂漠さん、戦闘に疲れた「ノラ」メンバーの容態を見る。
ふと、アイディアが降ってきたのは、「ペン」をしまおうとした時だった。
「あの」僕は近くにいた兎蛍さんと佐倉さんに声をかける。
「國時雨さん、でしたっけ? 守ろうとした新人さんのアカウント名」
「そうですが?」頭を撫でながら首を傾げる佐倉さん。僕はつぶやく。
「『検索』できないかな……」
「虫眼鏡」を取り出した僕に、飯田さんが指を突きつける。にやりと、意地悪そうに笑う。
「そのアイディア、ありだな」
「ペン」を構える。左手には「虫眼鏡」。僕は兎蛍さんに確認をする。
「旧字体の『国』、だから『國』ですね?」
兎蛍さんは目の前でタイピングをしながら応じる。
「この字です。『國』」
「國」の字が宙に打ち込まれる。
「『しぐれ』は……」
「『時雨』です」
再びタイピング。「時雨」の文字が浮かぶ。
僕は「ペン」で「國時雨」と書いて「虫眼鏡」で覗いた。
途端に目の前に座り込んだボブカットの女の子が現れた。パッと見た感じ、僕と変わらないくらいだ。
「検索」に引っ掛けられた女の子は、震えていた。目は外部との接触を拒否するかのように床の一点を見つめていて、両手で頭を抱えている。縮こまるようにして脚を閉じていて、今にも発狂しそうな気配があった。
「國さん!」
佐倉さんが傍に寄る。
「國さん! もう大丈夫だから!」
佐倉さんのその声で、女の子が顔を上げる。表情が弛緩する。まるで何かが、溶けていくかのように。
「さ、佐倉さん……兎蛍さん……」
二人が無事だったことに、安心したのだろう。ボブカットの女の子が突然泣き出した。表情作成ソフトが子供向けだったのだろうか。何だか漫画みたいな顔になって彼女は泣いていた。
「怖かった……怖かった……」
「大丈夫。もう大丈夫だから」
天さんが國さんを抱きしめる。女の子は泣きじゃくりながら、必死に語り始めた。
「……『円卓の騎士』の方のほとんどがやられたんで、籠城戦に出るしかないということで、みんなで逃げていたんです。そしたら『エディター』の追い打ちを受けて、佐倉さんと兎蛍さんが戦闘に出てくれて、私と『円卓の騎士』の方とナナシマイさんの三人で逃げたら、また『エディター』の追撃を受けて……」
「『エディター』の追撃? 狐女ならさっき「ノラ」の方々が倒してくれたぞ」
砂漠さんの質問に國さんが涙に濡れた目を向け、答える。
「違うんです。狐じゃなくて、狼……」
「狼?」結月さんが反応する。しかし國さんは続ける。
「やばいです、あいつ、とにかくやばい……」
震える國さんが先を続けようとした時だった。
石壁が大破した。アカウントの残骸が積まれた祭壇が吹き飛ぶ。ステンドグラスのほとんどが割れた。耳を突く轟音。瓦礫とガラスの破片とが暴風雨のように叩き付けてくる中、何とか頭を守った僕たちが見たもの。それは。
「うっあああああああ! あ! あああああ! あああああああああああああああああ!」
低い絶叫。狂気に満ちた。そしてそれはいくつかの声が重なっていた。聞こえてくる轟音。瓦礫の向こうに見えたもの。それは大量の『エディター』だった。
目視で確認できただけで、ドラゴン、ゴブリン、オーク、ユニコーン、キマイラ等々、おそらく「小説」から『参照型エディター』によって引っ張り出されたものたち。さらに汚染されたアカウントと思しきゾンビ軍団、ミイラ、ゴースト、悪魔のような存在に天使のような存在等々、人型のものでも数多くの『エディター』がいた。そしてその中央にいた、強烈な存在が。
三面。美術や社会の授業で見たことがある。あれはそう、阿修羅だ。しかし人間の顔をしていなかった。体は人間……筋骨隆々の男性……だったが、顔は人類のそれではなかった。
耳まで裂けた口。尖った耳。鋭い歯。突き出た鼻。
國さんの言っていた、「狼」という言葉の意味が、ようやく僕には理解できた。
僕はつぶやく。
「狼人間……」
結月さんが、絶望的な声を上げる。
「それも、三面六臂……」
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