暴食とアウァーリティア
「あー、苦しかった……」
奪還したカードを振って、加藤伊織さんを解放する。あのカードの中は相当苦しいそうだが……さすがビッグスリーと言ったところか。口にした言葉だけはしんどそうだったが、特に顔色や態度にダメージは表さなかった。それよりも足りなかったものがあるようで……。
指を鳴らす加藤さん。空中からいきなり猫が現れる。
「はい。摂取しまーす」
猫の頭に鼻を突っ込み、深呼吸をする加藤さん。エディの時も満足げに抱っこしてたし、きっと猫が好きなのだろう……指を鳴らして出たということは、装備品にするくらいに。
残った二枚のカードは、誰のか分からない。
「物書きくん」
栗栖さんが豚の頭のあった場所を示す。
「あそこに、もう一枚カード。おそらく、『エディター』」
四枚目のカード、ということだ。近寄って覗いてみる。確かにどこか、禍々しい雰囲気のデザイン。
拾い上げる。
〈
そう、記されていた。
「このカードは、僕が持っておいて方がいいんですよね」
僕の言葉に結月さんが頷く。
「急にその辺のアカウントに食いついたりしても困るし」
僕はカードをしまう。これで「七つの大罪」の内、五つの罪を攻略した。
「『King Arthur』の方々」
すずめさんがカードを掲げる。
「この二枚、知ってる方ですか?」
幕画ふぃんさんがすぐに近寄ってくる。それから感嘆の声を上げる。
「生きていたのか! この二人も『円卓の騎士』だ!」
幕画ふぃんさんの声に結月さんが振り返る。小さく鼻を動かして、一言。
「この匂いは……天さん? 砂漠ちゃん?」
元々「King Arthur」に入ろうか検討していただけはあるのだろう。救出された二人のアカウントは結月さんと面識があるようだ。
「そうだ」
幕画ふぃんさんが結月さんの声に応え、すずめさんの手からカードを受け取る。それから軽く振って、中にいるアカウントを解放する。
途端に姿を現したのは、長い黒髪の女性アカウント……何故か、「騎士」らしくなくミドル丈のドレス姿……と、何だかどこにでもいそうな大学生風の格好をした男性アカウントだった。
「ゾクゾクしちゃった……!」女性アカウント。「苦しすぎて、もう……たまらないというか、あれは、そう」
初恋。そう続ける女性アカウント。赤く染まった頬に両手を当てている。この人はいったい何を言っているんだろう。
「僕ももう、どうにかなりそうだった……!」大学生風アカウント。「まるで(ピー)みたいだったね」
どうやら十八禁ワードだったのだろう。僕の聴覚認識システムが自動でモザイク音を入れた。と、いうことはこの大学生はいきなり下ネタぶちかましたということだ。いったい何言ってんだこの人。
そう、「何言ってんだこの人たち」が彼らに対して抱いた最初の感想だった。しかし幕画ふぃんさんやAi_neさん、道裏さんは嬉しそうな顔を見せる。
「心強いぞ」
「生きていたんですね! よかった!」
「何とか、なりそうですね」
そんな歓迎を受けた二人のアカウントが僕たち「ノラ」メンバーのいるところにやってくる。
「お初にお目にかかります。でも花ちゃんは、初めてじゃないね」
「うん!」嬉しそうに、結月さん。「天さん、生きててよかったぁ」
「私、中村天人と申します」
ドレスの女性が、僕たち「ノラ」メンバーに向かって小さくお辞儀をする。礼儀作法はしっかりしているが……どこか漂う危険な香り。
「僕は砂漠の使徒。天さんと同じく花ちゃんとは初めましてじゃないけど、他の方々は初めましてかな」
「ノラ」メンバーに手を振る大学生アカウント。パッと見は爽やかそうな印象だが……やはりどこか漂う危険な香り。
僕の直感は正しかったのだろう。「King Arthur」の面々で唯一、二人の奪還に対して困ったような顔をしていたアカウントがいた。MACKさんだ。
「私は近寄らないぞ……!」
「MACKちゃん、そう言わず」
ドレスの女性が歩幅小さく近寄る。MACKさんのことが好きらしい。……MACKさんが好きなのかはともかく。
「そうだよ、僕たちと遊ぼう」
大学生風のアカウント。彼もMACKさんのことが好きなようだ。
「私は遊ばないぞ……!」MACKさん。後退り。しかし二人は続ける。
「僕たち『朝MACK』の仲じゃないか」
まるで一晩一緒に過ごした男女(の、男側)のような言いぶり。
「そうだよ。すっごくよかったんだから」
まるで一晩一緒に過ごした男女(の、女側)のような言いぶり。
「『朝MACK』って何ですか」
分かり切ってはいたが僕は訊いた。幕画ふぃんさんが答える。
「『モーニング・キラー』のことだ」
やはり。
そして、MACKさんが救出したばかりの二人との交流を拒む理由も、何となく察する。
この二人、アダルトなアカウントだ。掲示板サイトなんかでもよくあるが、アダルトワードを連発するアカウントは専門版に誘導されるか垢BANされる。おそらく二人は「カクヨム」界のちょっぴりオトナなアカウント。
しかし、彼らも『円卓の騎士』ということは、かなり有力なアカウントに違いない。
「このお城で何が起きたのか、知りたい」
猫を吸いながら加藤さんが訊ねる。やはりカード化されていたダメージはそれほどでもないようだ。彼女は元々、この城を占拠していた『エディター』の調査のために来ていたわけだし、情報収集は目的のひとつだろう。
「『円卓の騎士』だっけ? 『King Arthur』でも屈指の強さを誇るアカウントたちでしょ? あなたたちが何であんな目に?」
「一応僕、知ってるんですけど……」
ひとしきり、僕はメイルストロムさんから聞いた情報を共有する。主に加藤さん、及び「ノラ」メンバーに向けた説明だったが、さっきまでカードにされていた「King Arthur」のメンバーにとっても新鮮な情報なようだった。
僕の説明が終わったところで、ドレスの女性……中村天人さんが、口を開いた。
「あれは『エディター』騒動に対してどういう方針を取るか、という会議での出来事でした……」
彼女の言葉に砂漠の使徒さんが続く。
「僕たちは、基本的にレジスト陣営だ。積極的に『エディター』を狩りはしないが、反面防御はしっかり固めておく方針だった」
そこまで話が決まったところで、と、二人は一瞬黙った。
「山羊が現れた」砂漠の使徒さん。目が淀んでいる。その言葉に被せるように、中村さんが続けた。
「山羊男……悪魔のような男」
「おそらく『エディター』。どうやって城内に侵入したのかもおおよその見当はついている」
カードにされた状態で考えていたんだ、と砂漠の使徒さん。
「城壁の保護を担当する『円卓の騎士』が感染した状態で城内に入ったんだ。外と接点を持つアカウントの数は限られる。そして城壁の保護を担当していたアカウントは皆スキャンを受けさせていたが……そのスキャンを担当していたのが『円卓の騎士』の一人だった。彼はおそらく自分の検査はあまり入念にはしていなかったんだろうな。奢っていたのだろう。灯台下暗しというやつだ」
「ともかく、山羊男が唐突に『円卓の間』に姿を現した」
暗い表情の中村さん。そのまま話を続ける。
「まず一撃でギルド長がやられた」
「次の二撃目で『円卓の騎士』の三分の一がフリーズ。僕たちは反撃を試みたが……」
砂漠の使徒さんの言葉を中村さんが拾う。
「攻撃をする度に、山羊男が分裂するんです。出てきた分身は、それぞれ違う動物の姿をしていた……まず、サソリ」
「〈
「次に蛇とライオン。この二体は、対象をカードにできる能力があったらしい。『円卓の騎士』の中には魔物をテイムして戦わせることができるアカウントもいるんだが、召喚した傍からカードにされて動きを封じられていた」
「〈
つぶやく赤坂さんに栗栖さんが続く。
「〈
「次に熊。こいつが現れた時点で『円卓の騎士』はほぼ動きを封じられた……あいつの傍にいると動きが鈍化する」
「〈
メロウ+さんが笑う。「討、伐」
しかしそんな「ノラ」メンバーの態度に構わず、砂漠の使徒さんが続ける。
「おそらく幕画ふぃんさんやMACKちゃんはこの辺りでやられたな。フリーズしたはず」
「面目ない」
項垂れる二人を前に、中村さんが小さな声で話を続けた。
「続いて戦闘していた私たちも長くは続きませんでした……。残った円卓の騎士が何とか山羊男に攻撃を当てられたのですが、次に現れたのは豚でした」
「〈
「そのようです。ここで私と砂漠ちゃんがやられた」
フリーズです。中村さんのその言葉で僕はメイルストロムさんからの情報を思い出す。
城の各地でフリーズした状態で見つかった『円卓の騎士』。そして『円卓の間』で殺されたギルド長。続く混乱。おそらく、カードにされたアカウントたちはこの混乱で『エディター』に支配されたのだ。フリーズ解除後に反撃を試みた『円卓の騎士』たちも……幕画ふぃんさん、MACKさん、中村さん、砂漠さん……例に漏れず、カード化されて閉じ込められ、そして現在の惨状、というわけだ。
「状況は理解できた」
加藤さんが頷く。そして彼女は、不意にこの部屋のドア……僕たちは異世界転生でこの部屋に来たので、そこにドアがあったことには気づいていなかったのだが……をノールックで示した。
「ところで、お客さんだね」
さすがビッグスリー。アカウントの探知にも優れるのだろう。数秒後、ドアを開けて出てきたのは、どうやら「King Arthur」のギルド員のようだった。白装束の、かわいらしい女性のアカウントだ。
「メイルストロムさんに頼まれて、皆さんを探しに来ました……ご無事ですか?」
つぶやく白装束。結月さんが「だいじょ……」と言いかけた時だった。
飯田さんが左手の腕時計を叩くのと、白装束から何かが飛んできたのはほぼ同時だった。
「花ちゃん、下がって!」
飯田さんが叫ぶ。
岩石。白い大理石のような石だった。人の頭くらいはある。それが唐突にこちらに飛んできたのだ。ターゲットは……「大丈夫」と応えようとした結月さん。しかしそんな彼女の前に。
滑り込む飯田さん。左手を真っ直ぐ伸ばし、飛んできた岩石を受け止めている。手には、機械的な……
彼はにやりと悪そうに笑ってから、つぶやく。
「守ってやるって言ったろ? 花ちゃん」
「……どうして分かった?」
白装束が飯田さんに訊ねる。背後には……尻尾。棘のように鋭利な毛が生えた、九本の尾。
「たくさん許してきたからな」
飯田さんにしては、何だか宗教的なコメントだった。しかしすぐに、彼は続ける。
「女性の嘘は、許す主義なんだ」
「気取った男は嫌いだよ……」
よくも、私の夫を……。そう続けた白装束が気配を変えた。
白い服が空気を孕んで膨らむ。禍々しいオーラ。こいつ、『エディター』か? しかし飯田さんが言葉を返す。
「気が合うね。僕も君が嫌いだ」
ま、人妻ってのは燃えるけどね。
飯田さんはやっぱり外国人みたいに、首をすくめてから、一言。
「行くぞ。M.A.P.L.E.」
〈承知しました。防犯モード、作動しています〉
H.O.L.M.E.S.とは違う、穏やかな女性の声だった……どうやら、あのグローブから聞こえてきているらしい。腕時計が、変形したもの?
飯田さんは、左手で受け止めた岩石を、塩の塊でも解すように握りつぶした。石の粉が彼の足下に散っていく。
「さて奥さん。一戦交えようか」
僕は思う。
こんな戦闘的な飯田さん、初めてだ。
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