不屈の精神

「と、いうわけで全滅だ」

 気が付けば。

 僕たちはまた霧の立ち込める交差点に立ち尽くしていた。

 ループしてる。またやり直しだ。最初から。一から。

 その深い絶望感が僕を飲み込む。そしてそれは多分……他のメンバーもそうだっただろう。 


 しかし飯田さんが両手を広げる。

「まず、分かったことだ」

 敗北を喫したのに。

 手も足も出なかったのに。

 飯田さんはまだやるつもりのようだ。ループから抜け出すつもりでいる。


「一定の戦闘力を持たない奴は、南雲さんに接近した段階で意識を失う」

 飯田さんが頭を掻く。

「まぁ、僕のことだな。花ちゃんに跨って南雲さんに接近した段階からもう意識がない」

「私も危なかった」結月さん。「慌てて距離をとった」

「すず姉と幕画ふぃんさんは手も足も出ないってわけではないな?」

 飯田さんの問いにすずめさんが答える。

「意識は保てる。戦闘もできる。ただあいつ、攻防走ともに異次元すぎる」

「僕からするとすず姉も異次元なんだが」

 飯田さんが首を傾げながら続ける。

「まぁ、化け物だな、南雲さんは」

「……恐れずにあいつの名前を口にすることを評価する」

 幕画ふぃんさんが飯田さんに告げた。

「『King Arthur』内でもあいつの名を口にするのを憚る奴はいる」


「名前なんてただの記号だろ」

 飯田さんがおどける。

「AとかBとかでもいいぞ。通じるならな」

「次の作戦はあるの?」すずめさん。彼女も諦めていないらしい。

「みんなで協力して殺人鬼だけ倒そうよぉ。あいつはここに置いていけばいいじゃん」メロウ+さんが困り果てたように告げる。「放、置」

 しかしすずめさんが首を横に振る。

「駄目。南雲さんも助け出す。『エディター』被害に遭っている人を見捨ててはおけない」

「まぁ、倒すことは無理でも一緒にループを抜けることは可能かもな」

 首をすくめる飯田さんにすずめさんが食いつく。

「どういうこと? 南雲さんに殺人鬼を殺されたらその段階で『殺人鬼の討伐』が不可能になってまたループするじゃない」

 すると飯田さんが道裏さんを見た。

「こっちには収納ガールがいる」



 二戦目。もっとも、メロウ+さんと赤坂さんにとってはもう何戦目になるか分からないが。

 斑分けはほとんどさっきと同じ。

 さっきと違うところがあるとすれば。


 結月さんが逃亡斑に加わった。機動力という点を買われたのだろう。

 黒狼グレイルが道裏さんを背中に乗せて走る。僕と赤坂さんはブロック塀の後ろに隠れる。メロウ+さんはありったけの宝石類を道端にばら撒いた。ばら撒く際は栗栖さんの転移魔法を使う。宝石類の中から小さな姿となって現れるメロウ+さん。周囲を観察し、奴の到来を確認するのだ。


「来る来る! 到、来!」

 メロウ+さんの号令で全員臨戦態勢に入る。

 ゆらりと霧の彼方で揺れた影。

 あの、圧。気を失いそうだ。

 ポケットに手を突っ込んで歩く南雲さんが見えた。遥か前方、十数メートル先の人間だったが、迫りくる怒気があった。腹をすかせた猛獣を前にする以上の緊迫感。迫りくる命の危機。心臓が止まりそうになる。


「よーし。テイクツーだ」

 飯田さんも倒れそうなはずだ。だがへらへら笑っている。この人は本当に、どこまでもふざけて……。


「ぬんッ!」


 たったその、一声で。

 僕は意識を失った。きっと射程に入ってしまったのだ。南雲さんの攻撃圏内に入った無力な生き物は意識を保てなくなる。

 たまたま僕はブロック塀の後ろに隠れていたから攻撃を食らうことは……要するに、感知されることは……なかった。

 しばらくして、彼の射程が僕のいる位置から離れたところで、僕は意識を取り戻した。頬に土がついている。それを払い落としながら立ち上がる。塀の向こうを見る。Ai_neさんの立ち位置を確認する。彼は僕たちの近く、ブロック塀のすぐ外側にいた。塀の向こうからでも、Ai_neさんが震えているのが分かる。


 遠い彼方では、すずめさんと、幕画ふぃんさんが戦闘していた。

 まず、すずめさんのマシンガン掃射。彼女は空を飛べる。立体的に起動しながら波状攻撃をする。幕画ふぃんさんがその足元をすくう形で剣戟、及び魔法攻撃を繰り返す。

 さすがに『円卓の騎士』とビッグスリーの攻撃を一度に受ければ、反応せざるを得ないらしい。

 それが例えば、子供の投げた小石程度なら、象は感知しないだろう。

 しかしネズミがかじりつけばそれなりに痛い。象は体を震わせる。本当に、その程度のダメージしか……『円卓の騎士』とビッグスリーが合わさってもその程度しか与えられないのが衝撃なのだが……与えられていない。

 南雲さんが鬱陶しそうに腕を振るう。


「ぬあッ!」


 その声を聞くだけで膝ががくがく震える。僕は何とか意識を保ちながら、飯田さんの指示を待つ。


「よし」


 飯田さん。南雲さんの遥か後方に立つ。……僕でさえこんな状態なのだから、攻撃的能力を何も持たない飯田さんなんてきっと失神寸前だろう。しかし彼はしっかり二本の足で立つと、腕を伸ばした。その手には、銃。Ai_neさんがジェネレートした銃だ。


「こっちに来い。ミスター南雲」

 一撃。風の弾丸が南雲さんの後頭部に直撃する。


「ぬんッ?」


 巨躯が振り返る。と、同時に。


 空を飛んでいたすずめさんと、駆け抜けていた幕画ふぃんさんが飯田さんの両隣を固める。


「行くよ!」

 すずめさんの号令。三人による一斉攻撃。すずめさんの掃射、飯田さんの射撃、幕画ふぃんさんの魔法攻撃。それら全てが南雲さんに当たっていたのかは分からない。

 しかし、鬱陶しくはあったのだろう。

 彼はその巨躯を揺さぶると一気に三人との距離を詰めた。

 飛んでくる。

 意識を失いそうだ。

 でも僕は必死に膝に力を入れる。

 様子を見守る。

 飯田さんが叫んだ。

「蛍ちゃん!」

 眩い光。転移魔法。

 すずめさんたち三人の前方十メートルくらい、上空に魔法陣が展開される。

 そこから落ちてくる、巨大な鉄の塊。縦横幅それぞれ四、五メートルはある。

 Ai_neさんがジェネレートしたものだ。


「轟ッ!」


 南雲さんが叫ぶ。その一撃で鉄塊が粉砕される。電子レンジ大の鉄が辺りにまき散らされた。すずめさんと幕画ふぃんさんが壁となって飯田さん守る。続いて、彼の号令。

「蛍ちゃん! 花ちゃん!」

 栗栖さんの魔法陣が両サイドのブロック塀に展開される。まるで、トンネルのように。そこから出てくる、黒狼グレイル。背中には、道裏さん。彼女が両手で虚空を掻く。

「アヅキ!」

 途端に開かれる異空間への裂け目。Ai_neさんの生成した鉄塊を粉砕したばかりの南雲さん。その視界に、突然現れる裂け目。


「ぬおッ?」


 叫び声。巨躯が裂け目に飛びこんだ。すぐさま裂け目を閉じる道裏さん。

 対象があまりに大きかったからか、ふらりと倒れ込む道裏さん。人型黒狼グレイルがそれを支える。狼が叫ぶ。


「うまくいった!」


「物書きボーイ!」

 飯田さんの号令……声が震えていた……で、僕は「脳筋ゴリラ」状態の赤坂さんに担ぎ上げられる。肩車。体格のいいゴリラ状態の赤坂さんだから軽々と出来る。僕はすぐさま、宙に字を綴る。

〈殺人鬼〉

「虫眼鏡」。途端に検索に引っかけられ、殺人鬼がレンズの下に現れた。

 僕は赤坂さんに担ぎ上げられている。

 レンズの下から地面までは、二メートル以上あった。

 間抜けな声、人体がアスファルトにぶつかる音。殺人鬼が二メートルの上空から落とされたのだ。


 すぐさま、聞こえてくる。

 彼は僕たちの傍で……ブロック塀のすぐ向こうで……準備をしていた。ハンドガンがキラリと光る。

 Ai_neさんの、無慈悲な銃声。


 くぐもった声。

 沈黙。


「やった!」


 歓喜の声。すずめさんたちのガッツポーズ。メロウ+さんの喜ぶ顔。


 それが、僕が「霧の立ち込めた町」で見た最後の光景だった。


 視界が暗くなる。


 もう何度目だろう。

 異世界転生……。

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