怠惰

「基本的に遠距離戦。接近戦は『動きが遅くなる』という性質上不可」

 結月さんがまとめる。

「この段階で私は選択肢から外れる。正しく能力の行使ができず、たった今復帰したばかりのMACKさんも一旦戦力から外す」

 MACKさんが膝に手をつきながらつぶやく。「すまない……」

「私と同じ理由で葵ちゃん。……二人で戦局を観察しながら、作戦を練ろうか」

「はいっ」頼りにされたのが嬉しいのか、赤坂さん……女の子モード……が頷く。


「基本的に蛍ちゃんかメロちゃんかふぃん様かの攻撃になると思うのだけど……」

「他の『King Arthur』の面々は一旦この部屋から引き揚げさせたからな」

 幕画ふぃんさんがつぶやく。

「しかし私の魔力もそれほど多くない。全力はまだ出せん。できればお二人に頼りたい」

「いいよ」栗栖さん。「まぁ、私も今のところ攻撃手段がないけど。状態変化の術を使うのもありだけど、それだったら……」

「私の方が得意かもねぇ」メロウ+さんが楽しそうに笑う。「専、門」


「気になるのは」

 栗栖さんがロッドの先でオレンジ髪の方を示す。

「彼、鍛えられた体をしている。ただ魔法を使って遠距離戦を仕掛けるだけならあんなに鍛える必要はない。多分、接近戦も仕掛けてくる」

「確かにちょっとタイプかも」

 おどけて見せる結月さん。白い耳と尻尾ががパタパタ揺れる。

「ご明察」

 MACKさんが疲労の滲んだ声でつぶやく。

「Ai_neは近接戦闘特化型の魔法使いだ」


 と、風を切る音が聞こえてくる。栗栖さんがロッドを振る。魔法陣。見えない何かが吸い込まれていく。風の弾丸か。


「私は防御に特化した方が賢明かもね」

 栗栖さんがロッドを構えながら続ける。

「見えない攻撃を仕掛けてくる相手に対し、ここには守るべき対象が多すぎる」

「すまん」幕画ふぃんさんが詫びる。「自分の身くらいは自分で守りたいのだが」

 いかんせん魔力がな、とつぶやく。その気になれば僕がまた犬でも何でも書いてやればいいのだが、状況を素直に捉えるとそんなことをしている場合ではないのだろう。弾丸飛び交う中で弾避けもなしに弾を詰めるようなものだ。

「メロちゃんは、接近戦も強いし……」

 再び飛んでくる風の弾丸。栗栖さんが魔法陣で防ぎながら続ける。

「あいつの討伐はメロちゃんぶん投げで」


「任せてぇ」

 ノリノリのメロウ+さん。さっきから彼女の方にも風の弾丸は飛んできているはずなのにどうやって回避しているのだろうか? 

「熊もまとめて面倒見てあげるぅ」水晶玉が輝く。「攻、撃」



 それから起きたこと。

 何が起きているのか分からない、というのが正直なところだった。

 熊男が雄叫びを上げて苦しんでいる。Ai_neとかいうオレンジ髪の男性も、道裏星花とかいう赤髪の少女も苦悶の絶叫を上げて苦しんでいる。


「ほらほらぁ」

 メロウ+さん。敵方とは対照的にすごく楽しそうだ。水晶玉をくるくると回しながら笑う。

「悶、絶」

「ほどほどにしときなよ」

 栗栖さんがロッド片手に注意する。

「熊男は別として、あのアカウント二人は、取り戻すべき対象なんだからね。壊したら駄目だよ」


「分かってるよぉ。ほどほどにしとく」

 でもねぇ、とメロウ+さんがつぶやく。「あの熊男。何か、隠してるねぇ」

「何か?」結月さんが訊ねる。「臭いを辿る限り、特に何もなさそうだけど」

「うふふ」

 メロウ+さんがそっと懐からネックレスを取り出す。水晶の結晶が輝いている。美しい。彼女はそのチェーンを手にしたまま腕を伸ばす。ぶら下がる水晶。

「揺れてる」

 と、ネックレスが一点を示す。

「あそこに何か、あるのかもねぇ」

 メロウ+さんが見つめる先。

 それはさっきまで熊が眠りについていた布団だった。

「ちょっと頭の中覗いてみるか」


 そう、告げた瞬間。

 ばらりと世界が変わった。

 僕も幕画ふぃんさんもMACKさんも慌てて周囲を見渡す。

「これは……」

 と、困惑している内にことは起きた。


 見えたのは鉛色をした泥、泥、泥。

 流れもしない。が、固まりもしない。極めて鈍重な、液体。

「見えたものを見せてるから」水晶玉を片手にメロウ+さんがつぶやく。「共、有」

 分かった。

 これは見えているのではない。

 頭の中を映像が占領して、それが視界にも影響しているんだ。

 脳内のイメージが視界を埋め尽くしているんだ。


「熊男の心を読んでる」

 メロウ+さんの声が響く。これも、聞こえているのではなく、心に直接……。

「布団の中に隠しているものの情報を探る。ちょっと汚いよ」

 刹那。

 鈍い色をした泥が流れ始める。渦。視界の中央に穴が開いたのか、そこに向かって泥が流れ始める。

 まず、液体が落ちている。

 泥が水分を失い始めた。表面に無数の粒が浮かぶ。砂か? 土か? 

 少し、悪寒の走る光景だった。

 メロウ+さんが呻く。

「うえー。私こういうの苦手なんだよね……」

 嫌、悪。

 言いたいことは分かる。

 集合体が苦手、というやつなのだろう。細かいドットが集まったような光景が苦手。今、目の前に映し出されている泥から水分が抜けていく光景はまさに集合体の映像だった。ぶつぶつの集合体。悪寒。


「気持ち悪いからさっさと済まそ」

 メロウ+さんの水晶玉が輝く。いつの間にか、緑色。ペリドット……? 

 と、泥が一気に抜けていった。

 浮き出るように、何かが泥の中から出てくる。


 見えたのは、馬……いや、ロバか? 四足獣の、幼体。それの骨。


「〈怠惰アケーディア〉の象徴だわね」

 メロウ+さんの声が耳の奥に響く。

「驢馬、熊」


 と、また刹那に。

 視界が元に戻った。見えたのは、荒い息で膝をつく、三人の姿。

 熊男、Ai_ne、道裏星花。

「二人は苦しませる必要なかったかな……あ、でも、攻撃されたら困るから」

 メロウ+さん。水晶玉に両手をかざす。

「みんな、聞いてね」

 注、目。メロウ+さんが指示を飛ばしてきた。

「あいつの本体は、布団の中の驢馬の骨」

「つまり、布団に攻撃すればいいのかな」

 栗栖さん。彼女もさっきの光景を見ていたのだろうか。

「骨に損壊を与えれば熊にもダメージが行くと思う」


 作、戦。

 今度はちゃんと耳で聞こえるメロウ+さんの声。


「次の通りにいこっか」

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