アケーディア

「メロウ+さん! 栗栖さん! そちらは……」

「ダメージはなし」水晶玉を撫でるように操るメロウ+さん。「無、傷」

「でも分かったことが一つ」


 栗栖さんがロッドを構えながら一言。

「まぁ、見てて」


 響き渡る高音。ロッドの先に魔法陣が展開され、そこから光の弾が発射される。

 弾は一直線に熊男の方に行くが……。

「むーだだって。分かってんだろー」

 熊男の目前で弾は止まる。そして熊男が指を弾くと……。


 光の弾が、逆走した。

 僕たちのいる場所の近くに着弾する。抉られる床。クレーター。彼女たちの周りの床が抉れていたのはこういうわけか。

「あいつ、物体を低速にして止められるだけじゃなく、ベクトル操作もできる」

 栗栖さんがつぶやく。

「ベクトル操作の精度は高くない。はね返してきてもほとんどこっちには当たらない。でも、あいつの周囲に近寄った『相手』は動きが遅くなりやがて止まって、止められた状態では熊男の好きにベクトルを操作できる」

「……『相手』?」


 僕が訊ねるとメロウ+さんが頷く。

「熊男の両サイド固めてる二人のアカウントは動きが遅くならない」

 そんな、と僕がつぶやくとメロウ+さんがさらに続ける。

「あるいは熊男が二人のベクトルを細かく操作しているのかも、だけど、光弾の軌道を見るに精密操作はできないみたいだし、おそらく二人は自分の意思で動いている。『熊男にとって害があるか』が重要みたい」

 加えて、と、栗栖さんが再びロッドを振る。

 熊男の背後に魔法陣。ほとんどゼロ距離だ。この距離で光弾を発射すれば、例え止まっても多少のダメージは……と思ったが。


「……アヅキ」

 赤髪の少女の声。頭からやはりマツバギクを生やした女の子のアカウントが両手で何もないところを引っかくような動作をする。途端に空間がパクっと開いた。それはまるで僕が、そして作家たちが行うワープ時に出てくるような穴だったが、決定的に違う点が一つ。

 穴の向こうが、真っ暗なのである。

 そして。

 魔法陣から発射された光弾がものすごい勢いでその裂け目の中に吸い込まれていった。裂け目の向こう、暗闇の彼方に消えた後に、少女は空間を撫でるようにして穴を塞ぐ。僕にも分かってきた。


「ブラックホール?」

「そうみたい。どういう能力か全貌はまだ分からないけど、熊男が危なくなるとあのアカウントがブラックホールを使って助ける」

「……星花ちゃんの能力はそんなんじゃない」

 結月さんに支えられたMACKさんが痛々し気につぶやく。

「主に空間転移だ。確かに空間に穴を作ってものをしまったりはできる。でもあそこまで強力なバキューム機能はない。そして、あの子の能力には限界がある。使用時に代償を払うんだ。だから……」


 MACKさんの視線の先。

 星花ちゃん、と呼ばれたアカウントの口から赤い筋が垂れていることに気が付いた。MACKさんが続ける。

「基本的に星花ちゃんの能力は代償に『血液消費』をする。そこも曲解されてるのかな……口から血を垂らしている」

「あの子がなかなかに厄介。ベクトル操作は精度がないから突っ立ってても当たらないけど、例えばブラックホールで吸い込んでる途中にあの子が穴を塞ぐとかして軌道を変化させられるとこっちもコントロールが効かなくなる」

 栗栖さんがロッドを構えながら続ける。

「……さらに」

 栗栖さんの言葉に呼応するように、オレンジ色の髪の男性……彼もやはり頭にはマツバギク……が指を伸ばしてくる。次の瞬間。


「危ないよぉ」メロウ+さん。何か術を使ったのだろうか。一瞬で僕は彼女の後方に移動させられていた。「危、険」

 僕がさっきまでいた場所の、遥か後方。

 壁に、小さな穴が開いていた。

 僕は説明を求めるようにメロウ+さんを見る。

「早い話が空気砲。オレンジ色の髪の毛の方は風の弾を撃てるみたい。目視できない弾だから避けるのが難しい」水晶玉をふわふわさせるメロウ+さん。「弾、丸」

「それも曲解されている」

 今度は幕画ふぃんさん。

「銃が必要なはずだ。あんなに指からぽんぽん撃てたりはしない」


 と、栗栖さんが再びロッドを頭上に構える。魔法陣が展開され、辺りが一瞬、まばゆい光に包まれる。

「……こういうことをしても」

 と、栗栖さん。頭上の魔法陣から連続した光球を発射した。

「ビリヤードみたいに、止まっている弾を別の弾で弾くという芸当をしても……」

 オレンジ色の髪をした男性アカウントが飛び跳ねる。連続でぶつけられ、速度を落とすことなく熊男の方に接近する光弾。しかし。

 光弾は弾かれた。熊男の目前を見つめる。

 オレンジ色の男性が、巨大な盾を構えていた。


「オレンジくんは物体生成もできるみたい。それも結構複雑なやつ。材木や鉄塊みたいなシンプルなものじゃなく、組み合わせて『道具』を作ることができる。しかも……」


 オレンジ男が何かを詠唱すると。


 即座に空中に何かが生成された。よく見てみると銃のような形をしたそれは……ネイルガンだった。

 釘が連続して発射される。

 栗栖さんがロッドを振る。魔法陣。釘は魔法陣の中に吸い込まれていき、僕たちの後ろにまた別の魔法陣が作られる。釘はそこから飛びぬけていって、遥か後方の壁に着弾する。


「作れる『道具』の幅も広い」

「それも曲解だ」MACKさんがつぶやく。その後を拾うように幕画ふぃんさん。

「彼は単純な道具しか作れないはずだ。ネイルガンなんて複雑な機構を持った道具は作れないはず……」

 しかも、と今度はMACKさんが続ける。

「彼には『奥の手』がある。消費する魔力は激しいが、一度使えば戦局が変わるような切り札だ。まだそれは、使っていない様子だね」


「熊男はほとんど何もしてないじゃないですか」

 僕の声にメロウ+さんが笑う。

「まぁ、怠惰アケーディアだからねぇ」水晶玉がきらりと輝く。「横、着」

 さて、とメロウ+さんの目の色が変わる。


「攻めの手は緩めないよ」彼女の被っている帽子がふわりと揺れる。


「追、撃」

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